第149話 ユイトの特技


「あら、お話は終わったの?」


 エレノアさんとブレンダさんと別れた後、お店を覗くとオリビアさんは洗い終わった食器を拭き上げている所だった。

 お客様も一組だけ。店内は落ち着いている。


「はい。今日はありがとうございました」

「いいのよ~! 私もいっつも助けてもらってるし、たまにはね!」


 オリビアさんは僕の顔を覗き込むと、腫れも引いたわねと言って頬をウリウリと両手で挟んだ。

 まさか自分が定休日以外で休むなんて、夢にも思わなかった。

 だけどあのまま出ていたら、きっと色々聞かれたかもしれないな。


「お昼どうする? ハルトちゃんたちと一緒に家で食べる? ここで食べてもいいわよ?」

「じゃあ……、ここで食べようかな……」


 たまにはお客様気分を味わうのもいいかも。


「わかったわ! お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

「えぇ~、どうしようかな~。ふふ、なんか新鮮です」

「逆に私は緊張しちゃうわ~!」


 そんな会話をしながら、僕はカウンター席に座り調理を始めるオリビアさんを眺めていた。

 オリビアさんの首元には、僕たちの贈ったネックレスがキラリと光っている。

 大事にしてもらえていると分かり、やっぱり贈ってよかったと心から思う。


「なぁに? そんなに見て。もうすぐ出来るからね」

「はい、楽しみです」


 鼻歌交じりにパスタを作ってくれるオリビアさん。

 パスタを茹でる音と、鼻を擽るミートソースのいい匂い。

 いつもの活気のある店内とはまた違って、ゆったりとした時間が流れているこの空間が心地良い。





「ごちそうさまでした」


 手を合わせ、ホッと一息つく。

 お店のメニューとは少し違って、特別にミニハンバーグもトッピングしてくれた。

 サラダも付いて、ボリューム満点だ。


「お腹は満足しましたか?」

「はい、ありがとうございます! とっても美味しかったです!」


 美味しいものでお腹がいっぱいって、すごく幸せ。


「あ、オリビアさん。さっきエレノアさんに、僕たちもバージルさんたちと一緒に視察に行くって聞いたんですけど……」


 行商市には行くって聞いてたけど、牧場は決まらずにそのままだった気がするんだけど……。


「……あら? 昨日ユイトくん、分かったって言ってなかったかしら……?」


 オリビアさんは首を傾げて考え込む。


「え? あ、僕……、聞いてなかったかも……」

「あぁ~……、そうね。ユイトくん、昨日ぼんやりしてたから……。仕方ないわよ」


 そう言うと、オリビアさんは笑いながら僕の食器を片付けていく。

 自分でやると言ったのに、大事なお客様ですから、と言って触らせてくれなかった。


「何でもイーサンがモッツァレラを気に入ったらしくてね、晩餐会に使いたいんですって。ライアン殿下も馬に会いたがってるし丁度いいかって。ソフィアさんたちはビックリしてたらしいけどね!」

「ですよね……。今なら、ダニエルくんとソフィアさんの気持ちが理解できます……」

「ふふ、ユイトくん全く気付かないんだもの」

「だって、まさか王様が来ると思わないじゃないですかぁ~……」

「そうよねぇ~! でもライアンくんも楽しそうだったし、いいんじゃない?」


 まぁ、そのおかげでハルトとユウマはライアンくんと友達になれたんだけど……。あの二人なら、王族とか関係なさそうだよなぁ~、なんて。


「そう言えば、トーマスさんとオリビアさんは、バージルさんと元々お友達だったんですか?」


 会話もくだけた感じだったから、いつから知り合いなんだろうと気になってたんだ。確か、二十年以上昔って聞いた気がするんだけど……。


「あぁ、バージル陛下とトーマスは同級生なのよ! ちなみにアーノルドもイーサンもね!」

「えっ!? そうだったんですか……!?」


 バージルさんと同級生って、凄い事なんじゃ……?


「私はトーマスと同じパーティになってから知り合ったんだけど、私も最初は秘密にされててねぇ。後で仲間をお仕置きした記憶があるわ~」


 懐かしい~、なんてにこにこしながら言う事じゃないと思うけど……。

 そっか、同級生なら納得……。

 でも王族と同じ学校って、貴族とかしかいない気がするんだけど……?

 今度トーマスさんが帰ってきたときに訊いてみようかな。


「あ、そうだ! オリビアさん! ユウマが他の国の言葉喋ってたんです!」


 しかも結構な長文を。


「ふふ、カトエール語でしょう? 私も驚いちゃったわ!」


 オリビアさんも、ユウマが他国の言葉を覚えている最中だと知ってビックリしたらしい。

 カトエール語は、覚えるのもなかなか難しいとも言っていた。


「ハルトちゃんも稽古つけてもらってるでしょう? アーロくんになかなか筋がいいって褒められちゃったわ!」

「僕なんか剣も持った事も無いのに……」


 二人とも、まだ小さいのに……。


「「僕の弟(うちの子)、天才では……?」」


 思わずハモってしまったけど、僕とオリビアさんは至って真剣だ。


「僕も二人に負けない様に、何か始めようかなぁ~……?」


 そんな事をポロっと呟くと、オリビアさんはきょとんとした表情で僕を見つめる。


「ユイトくん、それ本気で言ってる?」

「え? はい……。だって、僕の特技って何もないし……」


 ハルトとユウマを見て焦っている訳ではないんだけど……。

 自慢出来るような事が、何もないんだよなぁ~……。


「ハァ~……! ユイトくんは自分の才能を解ってないわ! ユイトくんの作る料理は絶品なのよ!?」

「えぇ~……? ありがとう、ございます……?」


 オリビアさんは熱弁してくれるが、僕の他にも一組だけお客様がいるから……! 声を抑えてほしい……!

 ほら、案の定クスクスと笑われている……。


「じゃあ……。僕、料理をもっと美味しく作れるように、頑張りますね……?」


 そんなに褒めてくれるなら、もっと色々作ってみようかな? なんて。


「これ以上私たちを夢中にさせて、どうする気なの……!?」


 そう言ってオリビアさんは信じられないという顔を向ける。

 ……一体どうすればいいのか、僕には分からない。


 とりあえず今度、オリビアさんの好きそうな物を試しに作ってみようと思い立った。

 喜んでくれるかなぁ~? 今から楽しみだ。


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