第146話 臆病者


「アレク! 漸く来たか! ……って、おい。どうした? 顔色悪いぞ?」

「……何でもねぇ」


 集合場所のギルドに着くと、ギルマスのおっさんが扉の前で立っていた。

 どうやらオレを待っていたらしい。

 部屋の中にはオレの仲間と、他の冒険者たちが既に集まっていた。


 開いてる席に座ると、一斉に視線が集まるのが分かる。

 ……が、そんな事今はどうでもいい。

 ユイトと別れてから、どうやってここに来たかもほとんど覚えていない。

 頭の中はずっと、泣きそうになりながら謝るユイトの顔だけが浮かんでいた。


 ハァ……、何で突っ返されたんだ?

 ユイトが気に入ってくれてるとオレが思い込んでただけか……?

 二人で出掛けたときも、行商市も、全部楽しんでくれてると思ってた……。

 今日だって、作戦会議の前に少しだけでもユイトの顔が見たかっただけで……。


 もしかして、しつこかったか……?

 鬱陶しいとか思われてたらマジで立ち直れねぇ……。


 ハァ……、


「……どうしたんだい? アレクが落ち込むなんて珍しいね?」


 オレがでっけぇ溜息を吐くと、隣に座る仲間のエレノアが小さな声で訊いてくる。

 顔は正面を向いてるから、オレの仲間以外は誰も気付いてなさそうだ。


「別に……」

「別にって顔じゃないな。後でちゃんと訊かせてもらう。終わったらアレクの部屋に集合だ」

「……」

「返事は?」

「……わかった」

「よろしい」


 何でオレの部屋なんだよ……。

 こういう時のエレノアは、オレが頷くまでずっと言い続けるからな……。

 素直に頷くのが一番早いって、この数年で学習した。






*****


 作戦会議が終わったのは、もうとっくに日が暮れた後だった。


 他の冒険者たちはまた、例の魔法陣の見張りに就く為、大まかな内容だけ共有し解散した。

 オレたちは護衛依頼も絡むせいか、最後まで残されて作戦を聞かされる。

 いつもなら面倒くせぇなと思うだろうが、今日だけはこれがあってよかった。

 何か気が紛れるものがないと、ずっと落ち込んだままだろうし……。



「あら、お帰りなさい! 今日は夕飯どうするの?」

「いや、今日は……、いいや……」

「そう? 何だか顔色悪いんじゃない? ちゃんと休みなさいね?」

「そうする……」


 オレたちのパーティが泊まってる宿屋の女将は、いっつも笑顔で楽しそうだ。

 かなりの情報通らしくて、他の冒険者や商人も色々相談に乗ってもらってるらしい……。

 今はそれがスゲェ羨ましい……。

 まぁ、ここでは言わねぇけど……。




「あれぇ~? アレクさん、ネックレスまた着けてるんですか? 失くしたと思ってましたぁ~!」


 オレの借りてる部屋に向かうと、何故かオレよりも早くステラが座っていた。

 優雅に紅茶なんか飲んでんじゃねぇよ……。


「お前は呼んでねぇだろ……。ってか、どうやって入った……?」

「だってだってぇ~! 後ろから面白そうな話が聞こえちゃったから~! 思わずわたしも来ちゃいましたぁ~!」


 部屋に入った事については何も答えない……。

 鍵……、壊したんじゃねぇだろうな……?


「すまないな、アレク。ステラも心配してるんだ」

「心配ねぇ……」


 そんな風には一切見えねぇんだけどなぁ……?

 オレとエレノアより年上のくせに、一番ガキっぽいし……。


「わたしだって大事な仲間の心配くらいしますよぉ~! ね、エレノアさん!」

「そうだな、ステラはいつも周りをよく見て援護してくれるから助かるよ」

「でしょでしょ~? アレクさんも褒めてくれていいんですよ!」

「はいはい、助かってますよー」

「まっっったく、心がこもってません~!」


 ギャーギャーと煩いが、本音を言うと少しだけ気が紛れたのは助かった……。

 癪だからぜってぇ言わねぇけど……。


「……で? アレクがそうなってる原因は一体何だい?」


 エレノアがテーブルの上で腕を組み、聞くまで帰らないという顔をしている。

 隣にいるステラも興味津々でこっちを見てる。


「直球だな……」

「慰めてほしい訳じゃないんだろう? 私も心配なんだよ」


 正直、言いたくなかったんだけど……。

 一人でウジウジしてるよりは、いいかもしんねぇし……。


「……れた」

「「え?」」


「渡したコレ……、突っ返された……」

「え……「エェ―――――っ!?」


「あぁ~ん! アレクさんがぶったぁ~!」

「お前がうるせぇからだろ!」


 ハァ……、だから言いたくなかったのに……。

 ユイトも最近は好意を持ってくれてるんじゃないかって、浮かれてた自分がマジで恥ずかしい。


「でも、最初は受け取ったんだろう……?」


 エレノアがオレを可哀そうな目で見ながら訊いてくる。


「まぁ、オレが勝手にあげたっつーのもあるけど……。気に入ってるって言ってたし……」

「勝手に……。でも最近楽しそうにしてたんだろう? リーダーがアレクの機嫌がいいと言ってたし……」

「あ、マイルズさんもですよ~! いい事だって、にこにこしてましたぁ~!」

「全員にバレてんのか……」


 ハズいな……。

 どんだけ浮かれてたんだよ、オレ……!

 全員にバレていたという事実に、思わず頭を抱えてしまう。


「そりゃあ、あんだけ嬉しそうに出掛けてたら誰だって気付きますよぉ~! 女将さんも噂してましたぁ~!」

「マジか……!」


 仲間だけじゃなくて、宿の女将にもバレてるって……。

 ……なら、さっきの態度でフラれたってバレバレじゃん……!


「でも急に返されたのかい? 気に入ってるって言ってたのに?」

「なんか……、昼飯食いに行ったときは嬉しそうだったと思う……。でも帰るときに急にボーっとしだして……」

「ん~……。アレクが何か言ったんじゃないか? 相手の気に障るような事とか、傷つく事……」

「特に……。誕生日の話して、ケーキ作ってくれるって約束して、フレンチトーストは出さないのかって訊いただけだ……」

「約束はしてるじゃないですかぁ~! でも、なんでぇ~……?」


 オレの話を聞いて、ステラも疑問に感じたようだ。


「フレンチトーストって……。あのフレンチトーストか……?」

「え? あぁ、ブレンダが昨日作ってくれた……」


 昨日、仲間と一緒に食わせてもらった甘いやつ……。


「それだ……!」

「「え?」」


 エレノアは真顔でオレを指差し、立ち上がった。


「アレク、もしかして相手はユイトくんか?」

「……えっ? オレ言ったっけ……?」


 そんなにバレバレだったのか……?

 めちゃくちゃハズいんだけど……。


「それはブレンダが……! あぁ~! すまない! 私がちゃんと教えておけばよかった……!」

「何だよ……?」

「わたしも全くわかりません~!」

「アレク! キミは何もするな! 私が誤解を解いてくるから!」

「誤解……? ってなん……、の……?」


 オレの返事を聞く前に、エレノアは部屋の扉を開けて走り去る。


「行っちゃいました……、ね……」

「何なんだ、一体……」


 オレとステラは意味が分からず、椅子に座ったままだ。

 しかも誤解って……?


「まぁ~……、何とかなりますよぉ~! きっと!」


 ステラに慰められるのは癪だが、ユイトとこのまま終わるのは嫌だ……。


「何でもいいから……、ちゃんと、やり直したい……」

「本気なんですねぇ~、アレクさん。大丈夫、きっと上手くいきます! 私たちは味方ですからねぇ~!」


 ステラがオレの肩をポンポンと慰めるように叩く。

 いつもなら撥ね除けるけど……。


「……サンキュ」


「えっ!? 今お礼言いました!?」

「……言ってねぇ」

「まぁ、そういう事にしといてあげましょ~!」


 ニヤニヤと笑うステラを見て、クソ……、やっぱ礼なんて言わなきゃよかったと少し後悔する。


 他人任せで意気地がないと言われても仕方ないと思う。

 でも、それだけ今日は堪えたからな……。

 いつからこんなに憶病になったのか分からないが、少しでも関係を修復できるなら藁にだって縋りたい。


 飛び出していったエレノアに、オレはほんの少しだけ望みを掛ける事にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る