第147話 弟たちの成長
「ユイトくん、あなたは本日お休みです!」
まだベッドから起きてもいないというのに、オリビアさんは朝の挨拶の後、僕の顔を見てそう言い放つ。
「……え、何でですか……?」
「その顔でお店には出せません!」
「かお……?」
ペタペタと両手で触ってみるが、特に何も……。
すると、オリビアさんは深い溜息を吐いて僕の前髪を上げる。
「ユイトくん、見辛くない? 瞼……、腫れちゃってるわよ?」
「あ……」
言われてみると、少し熱を持ってる気がする……。
「濡らしたタオル持ってくるから、ちゃんと冷やしておくのよ?」
「はい……、ありがとうございます……。あの、腫れが引いたらお店に……」
「今日はお休みです!」
「はい……」
もしかしたらオリビアさんは、僕が夜中に少しだけ泣いたのを気付いていたのかも知れない。
こんな事でお店を休むなんて……。
情けなくて溜息が出る。
*****
朝食を食べ終え、皆の前で僕は今日一日お休みだと言われてしまった。
仕込みもしなくていいそうだ……。
瞼はまだ腫れているみたいだけど、誰も何も言わないでいてくれる。
理由を訊かれないだけで、少しだけ気がラクになった。
「あれ? ハルト、ライアンくんたちと一緒に行かないの?」
ライアンくんとユウマは、フレッドさんに連れられて僕たちの部屋に向かったんだけど、ハルトは一人で庭に出ようとしている。
「ぼく、けいこ、してもらいます!」
「けいこ……?」
ハルトの後を追って庭に出ると、アーロさんとディーンさんが既に待っていた。
どうやらハルトは、お二人に庭で剣の稽古をつけてもらうみたい。
ハルトは嬉しそうに駆け寄って、お二人にお辞儀している。
僕、剣とか持った事無いんだけどなぁ……。
「ハルト、お兄ちゃんここで見ててもいい?」
「はい! ぼく、がんばります!」
「うん! 応援してるよ!」
僕は庭のベンチに座り、ハルトの様子を眺めていた。
最初はディーンさんが教えてくれている。
ディーンさんはハルトの剣の動かし方や斬り返すタイミングを丁寧に教えてくれて、それを聞くハルトも真剣そのものだ。
しばらくすると、今度はアーロさんに交代で教えてもらうみたい。
「よろしく、おねがいします!」
ハルトはアーロさんに一礼をすると、木製の短剣を構えた。
「やぁ――っ!」
声を張り上げてアーロさんに斬りかかるが、アーロさんは軽くあしらい、ここがダメだ。背中にも集中しろと言ってハルトの背中を素手でタッチする。
たぶん、怪我をしない様に優しくしてくれてるんだろうな。
だけど二人とも、怖いくらい目が真剣だ。
オリビアさんと僕がお店にいる間、ハルトはこんな風に頑張ってたんだなぁ。
ハルトが知らないうちに成長していて、誇らしいけど少し寂しかったり……。
「おにぃちゃん! みてましたか?」
「うん! ハルト、凄いねぇ……! カッコよくてビックリしちゃった!」
「えへへ……! けいこ、たのしいです!」
ハルトはディーンさんに手渡されたタオルで汗を拭くとまた、おねがいします! と言って稽古をつけてもらっていた。
「あ! にぃに~! にぃにもいっちょ、おべんきょしゅる?」
僕がハルトの様子を眺めていると、今度はユウマがとことことやって来て僕の腕を掴んだ。
サイラスさんが言うには、フレッドさんに勉強を教えてもらってるみたいだし……。
ちょっとだけ覗かせてもらおうかな?
「うん、ちょっとお邪魔しようかな?」
「いぃよ! こっちきてぇ~!」
ハルトたちに声を掛け、今度はユウマに連れられお勉強会に混ぜてもらう事にした。
「ユイトさん、珍しいですね?」
「はい。どんな事を教わってるのか、気になっちゃって」
「いいでしょう、こちらへどうぞ」
「お邪魔します」
ライアンくんとユウマの前には、何やら分厚い本が何冊も置かれている。
これ……、全部読んでるわけじゃないよね……?
その後ろでは、サイラスさんは黙々と武器の手入れをしている。
こっちにはあまり興味はないのかな?
「さぁ、ユウマさん。昨日のおさらいをしましょう」
「はぁ~ぃ!」
『こんにちは。私の名前はフレッドです。あなたのお名前を、教えてください』
『ふれっどしゃん、こんにちは! ぼくのおなまえは、ゆぅまでしゅ!』
は……?
「え? 今、なんて言ったんですか……?」
二人の言葉が聞き取れなかった……。
「これは他国のカトエール語ですね。ほら、ユイトさんが屋台を手伝っていた方の母国ですよ」
「あぁ! カビーアさんの……! でも、どうしてユウマも一緒に……?」
ライアンくんが覚えるのは分かるけど、ユウマはなぜ……?
「殿下もカトエール語を勉強している最中なので、ユウマさんも幼いうちに色々覚えて損はないと思いまして」
何より、ユウマさんが楽しそうですので……。
そう言うと、フレッドさんはユウマを優しい目で見つめる。
それがとても意外だった。
「おべんきょ、たのちぃの! おともらち、できりゅって!」
「そうだね、他の国の言葉を覚えたら、その国の人たちとお話しできるもんね?」
「うん! ゆぅくんね、いっぱぃちゅくりゅの!」
「そしたら僕にも紹介してくれる?」
「うん! にぃにもみんな、おともらちね!」
ユウマもそんな事を考えてるなんて……。
弟たちが僕の知らない間に、どんどん成長していく。
それに比べて僕って、ちょっとした事で落ち込んで間抜けだなぁ……。
「ユイトさんも挨拶を覚えてみましょうか?」
「あ、はい……! 教えてください!」
「では、私に続いて言ってください。『こんにちは』」
『こ、こんにち……は』
『僕の名前は』
『ぼくの、なまえ、は』
『ユイトです』
『ゆいと、です』
「うん、いいですね。次はこれを……」
「は、はい……!」
*****
「ユイトく~ん、ちょっといい?」
フレッドさんとの勉強会の途中で、オリビアさんから声が掛かった。
「あら、お勉強の途中だった? ごめんなさいね?」
「いえ、こちらは大丈夫ですよ。問題ありません」
た、助かったぁ~……! フレッドさん、容赦なく詰め込んでくるから頭がパンクしそうだったんだ……。
ユウマが楽しそうに勉強してる手前、僕も逃げられないし。
オリビアさんが来たから一旦休憩だ!
「ユイトくん、ちょっと来てくれる?」
「あ、はい。フレッドさん、ありがとうございました!」
「はい。いつでもどうぞ」
部屋を出る際、サイラスさんはよかったな、と言って笑っていた。
まさか気付かれているなんて……。
部屋の外に出ると、なんだか空気が美味しく感じる……。
「オリビアさん、どうしたんですか? 忙しくなってきたなら、僕やっぱり出ます……」
「あ、お店はのんびりしてるから大丈夫なんだけど……。あのね、ユイトくんにお客様なのよ……」
「え……」
もしかして……、と思ったけど、昨日の今日で僕の顔なんか見に来ないよね……。
「いま家の玄関の方で待ってもらってるから。声掛けてくるわね?」
「あ、分かりました……」
誰だろう? 心当たりは全くないんだけど……。
そう思いながら玄関の方へ近づくと、外から話し声が聞こえる。
先に出たオリビアさんと、もう一人……、女の人……、だよね。
アレクさんじゃないと分かって、少しだけ落ち込んでしまった自分が嫌になる。
ハァ……、もう……!
アレクさんはブレンダさんの恋人なんだから!
気を取り直して扉を開けると、そこには銀色の髪が眩しい、一人の見知らぬ女性が立っていた。
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