第145話 すれ違い
「ふわぁ~……」
目を覚ますと、窓の外は少しどんよりとしている。
雨降りそうだなぁ……。
念のためにオリビアさんの分も進めとこ……。
ポヤポヤしたままゆっくりと体を起こし、ハルトたちを起こさない様にそっと寝室の扉を閉めて顔を洗いに行く。
「おはようございまふ……」
「ユイトさん、おはようございます」
「おはようございます」
フレッドさんとアーロさんは相変わらずキリっとしている。
僕たちが寝ている間も、四人は交代で見張りを続けてくれているのだ。
僕も見習わないと……。だけど頭がまだ覚醒しない……。
そんな僕がおかしいのか、フレッドさんとアーロさんは二人して笑っていた。
昨夜、トーマスさんは夕食を済ませると、サイラスさんたちと話をした後またすぐに家を出てしまった。
元気を貰ったとお礼を言われたけど、どうせなら一緒にいたかったなぁ……。
だけど、ちゃんとプレゼントを渡せてよかった!
とっても嬉しそうにしてくれてたし。
*****
「おはようございまーす!」
「ユイトくん、アーロさん、おはようございます!」
「おはようございます!」
パン屋のジョナスさんのお店に来ると、長女のミリーさんが笑顔で対応してくれる。今日はパンの他に、一緒に注文してもらってる小麦粉類も受け取るからちょっと大変。
邪魔にならない様に店内で待っていると、奥からジョナスさんが顔を覗かせた。
「ユイトくん、アーロくんも。おはよう、ちょっとこっちにおいで」
「「?」」
僕とアーロさんは顔を見合わせ、二人でジョナスさんの後ろに付いていく。
中では従業員さんたちが忙しそうにパン生地を形成したり、焼き上がったパンに丁寧にクリームを詰めて仕上げている。
「ここはいつ来ても美味しそうな匂いがします……!」
「本当ですね、これは堪らないです……!」
ジョナスさんは僕たちの顔を見ると、嬉しそうに微笑んでいる。
そして、今まさに焼き上がったパンをオーブンから取り出し、僕たちの前に天板ごと置いた。
そのパンを見て僕は驚いてしまう。
「わぁっ!
久し振りに食べたいなぁと僕が言ったのを、ジョナスさんが興味を持って試行錯誤してくれたメロンパン……、ならぬメローネパン。
ジョナスさんは僕の反応を見てにやりと笑うと、うんと頷き、食べてごらんと一つ差し出した。
「うわぁ~! いい匂い……っ! いただきます!」
僕は口を大きく開けて焼き立て熱々のメローネパンを口いっぱいに頬張った。
んん~~~……!
「……ユイトさん、お味は……?」
僕が味わってゆっくり食べていると、アーロさんがゴクリと喉を鳴らしながら僕に感想を訊いてくる。
ジョナスさんはアーロさんにも食べてごらん、とメロンパンを一つ差し出した。
僕は隣に並ぶアーロさんに無言のままうん、と頷く。
「私も……、いいのですか……?」
「あぁ、どうぞ」
「では、いただきます……!」
アーロさんは差し出されたメロンパンを受け取り、ガブリと大きな口を開けて頬張った。
「んんっ!!」
それだけ発すると、また大きな口を開けてガブリともう一口。さらにもう一口。
アーロさんは夢中で食べている。
「フゥ……! 美味かった……!」
そしてアーロさんがメロンパンを食べ終わり一息つく頃には、僕やジョナスさんたちに優しい目で見られている事に気付き、耳までまっ赤になっていた。
「いやぁ、いい食べっぷりだったな!」
「いえ、その……。大変美味しかったです……!」
「そうかそうか! よかったよ!」
その食べっぷりが気に入られてか、アーロさんはジョナスさんに焼き立てのメロンパンをたくさん持たされていた。
「ユイトくん、この前言ってた商店の来る日。六日後なんだけど、都合はどうだい?」
「六日後……、大丈夫です! 九時課の鐘の後ですよね?」
「あぁ、色々持って来てくれるらしいから。場所はこの店だよ」
「ありがとうございます! 楽しみにしてます!」
ジョナスさんにお礼を言い、小麦粉や食パンをたくさん持って一旦帰宅。
せっかくのメローネパンが潰れるといけないからね。
「あぁ~! いいにおい、です!」
「あーろしゃん、なにもってりゅの~?」
「あぁ~……! ユイトさん、助けてください……!」
そして帰ると、案の定ハルトとユウマに見つかり、アーロさんはメロンパンを強請られていた。
まぁ、アーロさんは元からあげるつもりだったらしいけど、ユウマによじ登られて可哀そうだった……。
*****
「わぁ~……、やっぱり降ってきちゃいましたねぇ……」
お店を開ける直前、ザァ──ッと雨の降る音が聞こえだした。
この前の雨よりはマシみたいだけど……。
「ホントねぇ……。でも今日は平気よ? 足も痛くないわ」
オリビアさんは左足をポンポンと叩くと、ニコッと笑みを浮かべる。
「でもムリしないで、オリビアさんは座っててくださ~い!」
「あらあら。ふふ、ありがとう」
やっぱりオリビアさんの体が心配だから、今日はなるべく椅子に座って休憩しててもらう事にした。
開店してしばらく経つけど、雨のせいなのか、なかなか来店する気配がない。
せっかく仕込んだけど、ピザは冷凍しておこうかな……。
「オリビアさん、お客様も来なさそうなので、家でゆっくりしてもらっても大丈夫ですよ?」
「そうねぇ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら……」
「はい。何かあったら呼ぶので、ゆっくり休憩しててください」
「ありがとう。じゃあ行ってくるわね?」
「はい」
オリビアさんが家の方に向かうと、お店の中にはポツンと僕一人。
ここにはラジオや音楽もないので、雨の音だけが響いている。
「静かだなぁ~……」
行儀は悪いけど、カウンター席に座りながら頬杖をつく。
最近いろんな事がありすぎて、こんな風に静かな時間ってなかったかも。
初めてのお給料でオリビアさんとトーマスさんにプレゼントも出来たし、欲しかった調味料も手に入った。
なんかこっちに来てからいい事ばっかりだなぁ……。
そんな事を考えながら首に掛けたネックレスを弄っていると、バシャバシャと誰かが走ってくる音が聞こえる。
(わ、雨なのに大変だな……)
そう思い、ふと扉の方を見ると、ちょうど窓の外に見慣れた姿が。
え、うそ!
慌てて扉を開けると、そこにはびしょ濡れ……、になってはいないけど、ローブを着たアレクさんの姿が。
「アレクさん! 雨なのに……」
「いやいや、今度は抜かりなくローブを着てきたからな! 成長しただろ?」
「ふふ、ホントですね! 今日はアレクさんがお客様第一号です!」
「え? マジで? まぁ、雨だしなぁ……」
雨に濡れたローブを店の外で脱ぎ、アレクさんはカウンター席へ座る。
「あ、チキンナンバン! メニューに入ってる!」
「えへへ、それ人気があるんですよ! 一昨日は品切れになっちゃって……」
「へぇ! あれ美味いもんなぁ~!」
アレクさんは一緒に食べたのを思い出したのか、今日はチキンナンバンにすると言って注文してくれた。
鶏肉を揚げながら話を訊くと、行商市の後にイーサンさんに仲間と共に集められ、帰る前に追加の任務が加わったと嘆いていた。
危険な事じゃなければいいんだけど……。
「はい、お待たせしました。チキンナンバンです。セットのスープは
「おぉ~! 美味そう! いただきます!」
アレクさんは嬉しそうにスープから味わっている。
雨の中来たから、体が冷えてるんじゃないかな……?
「ハァ~……、沁みる……」
しみじみと呟くアレクさんに、ちょっと笑ってしまう。
「ふふ。アレクさん、おじいちゃんみたい」
「何でだよ! ユイトももうすぐ分かるって!」
「そうですか?」
「そうなんですー!」
「……ふふ」
「……ハハ! 何だコレ」
意味の持たない会話でも、こうやって話しているだけですごく楽しい。
胸の奥が、ぽかぽかとあったかくなる感じ。
もう少しだけ、こうやって話してたいなぁと思ってしまう。
「ハァ~! 美味かった! ごちそうさま!」
アレクさんはお替りしてお腹いっぱいになったのか、満足そうに一息ついている。
美味しそうに食べてくれると、なんだか僕まで嬉しくなるなぁ。
「そう言えば、ユイトの誕生日っていつ?」
「僕ですか? 僕は冬生まれなのでまだ先ですね……。十二の月になったら十五歳になります。アレクさんは?」
「オレ? オレはユイトと初めて会った日。あの日が誕生日……、っていうか、拾われた日?」
「えっ!? あの雨の日……? お誕生日だったんですか!?」
「うん、あのユイトにびしょ濡れで可哀そうって思われてたあの日!」
「もう……! あれは……、その……。すみませんでしたっ!」
トーマスさんとオリビアさんにポロっと言った一言を、まさかずっと覚えているなんて……!
「ハハ! 気にしてねぇって。優しいユイトくんのおかげで? 服も貸してもらえたし? 美味い料理も食えたしな!」
「もう~……。根に持ってるじゃないですか……! 誕生日、言ってくれればよかったのに……」
「えぇ? 言ったらもしかして、お祝いしてくれた?」
アレクさんは両腕をテーブルに置いて、ワクワクといった風に身を乗り出してくる。
「まぁ……、そうですね。簡単なものですけど……」
「あぁ~! マジか! 言えばよかった~……! 因みに、どんな感じで?」
「え? お祝いですか? そうですねぇ……。お店ならパンケーキとか甘いものなら作れるので、それをフルーツで飾るとか……」
「あぁ~! 甘いものか! 昔は誕生日に貰うケーキ? 憧れてたなぁ~!」
誕生日に貰うケーキ……? こっちでもあるんだ……。
「それって、白いショートケーキですか?」
「白い……? いや、長方形でズッシリしたケーキなんだけど、なんか稼ぐようになって食ったらちょっと想像してたのと違ったって言うか……。胃がもたれるって言うか……」
あ、もしかして前にオリビアさんが言ってた、パウンドケーキみたいなやつかな?
「ユイトの言ってる白いケーキってどんなやつ?」
「あ、ショートケーキですか? ふわふわのスポンジ生地に、ホイップした生クリームと甘い
「ふ~ん……。ふわふわのスポンジ? って言うのが想像つかないな……」
「生地自体も美味しいんですよ! もし作ったら、アレクさんにもあげますね!」
「マジで? やった! 楽しみにしてるな!」
「そこまで期待に応えられるか分からないですけど……。成功したら、ですからね?」
「ハハ! 分かってるって!」
嬉しそうに笑うアレクさんを見ながら、アレクさんが王都に帰る前に作れるかなぁ……? なんて、頭の中でちょっと計算してみる。
「そう言えばさぁ、あのフレンチトースト? っていうやつ。あれはメニューに出さねぇの?」
「……え、フレンチ、トースト……、ですか?」
なんでアレクさんが知ってるんだろう……?
それを聞いて、少しだけ胸がザワザワしてる。
「あぁ、ブレンダが作ってくれたんだけどさ。あれも美味いよな!」
「あ、はい……。美味しい……、ですよね?」
ブレンダさんの……?
僕は、ブレンダさんが恋人に食べさせたいって言うから、教えたのに……。
「ユイトに教えてもらったって言ってたから、この店でも食べれるかと思ったんだけど……」
僕は頭を殴られたような衝撃を受けて、何も考えられなかった。
ブレンダさんの事が出てから、ずっと頭の中がグルグルしている。
「ユイト? 大丈夫か……?」
「え、あ、はい……。何ですか……?」
アレクさんは心配してくれているけど、今の僕は、ちょっと上手く笑う自信がないかも……。
「なんか調子悪そうだな……? どうした?」
「……いえ! 大丈夫ですよ? 何も心配ありません!」
「そうか……? じゃあ、オレそろそろ帰るな。これからまた集まらないといけないんだ」
「あ、気を付けてくださいね……?」
「あぁ、ありがとう! じゃあ、また来るな!」
「はい……、また……」
アレクさんは代金を席に置くと、扉を開けて帰って行く。
扉が閉まる直前、アレクさんと目が合い、嬉しそうに手を振ってくれた。
あぁ、もうダメだ……。
「アレクさん……! 待ってください……!」
僕は扉を開けてアレクさんを追いかける。
僕の声に振り返ったアレクさんは、慌てて僕の傍に駆け寄ってきた。
「ユイト……! 雨なのに風邪ひくぞ……!?」
「あの、これ……!」
「え?」
僕はアレクさんの顔を見ない様に、貰ったネックレスを差し出した。
アレクさんは困惑した様に立ち止まっている。
「……これ、やっぱり返します……! ごめんなさい……!」
「ユイト……、なんで」
「受け取れないです……! ごめ、ごめんなさぃ……」
なかなか受け取ってくれないアレクさんの手を掴み、僕は貰ったネックレスを無理矢理握らせる。
アレクさんはそれ以上、何も言ってこなかった。
そして僕は逃げる様にして店へと走った。
一度もアレクさんの顔は見ずに。
見るとたぶん、泣いてしまうと思ったから。
店の中に入ると、扉を背にしてズルズルと思わずその場にへたり込む。
「……うっ、うぅ……!」
誰も居なくてよかった。
こんな姿を見せたら心配されてしまう……。
アレクさんの事を思うと、胸が張り裂けそうに苦しくて、切なくて。
好きになっちゃいけないんだと思うと、悲しくて余計に息が出来ない。
僕は誰にも気づかれない様に、声を殺して泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます