第61話 教訓


「ユイトくん、本当にいいの?」

「え? 大丈夫ですよ? ちょっと恥ずかしいですけどね」

「じぃじとばぁばといっちょ! たのちぃねぇ!」

「わくわく、します!」

「ほんと? よかったわ。ごめんねぇ、我がまま言っちゃって……」


 なぜオリビアさんが謝っているかと言うと、トーマスさんが今日は皆で一緒に寝たいと言い出したのだ。

 最初はハルトとユウマと一緒がいいのかな? と悠長に考えていたら、どうやら僕も含めて“皆一緒”にらしい。

 なんだか昨日と今日ですっかり気弱になってしまったと、トーマスさんは言っていた。

 オリビアさんが寝室のドアを開けると、ベッドでトーマスさんが申し訳なさそうに待っていた。


「じぃじ~! ゆぅくんきたよ~!」

「ぼくも! いっしょ、ねます!」

「ユウマ! ハルト! ありがとう、待ってたよ!」

「「きゃあぁあ~~~!」」


 元気よく飛びついた二人を、トーマスさんは嬉しそうに膝に抱え、二人の頬にちゅっとキスまでしてる。

 くすぐったいのかハルトは笑っているが、じぃじのおひげいたぃのやぁ~! と、ユウマは上体を後ろに反って逃げていた。

 それでもトーマスさんは嬉しそうだ。


「まったく、嬉しそうにしちゃって……!」

「なんだ、オリビアもこの子たちと一緒で嬉しいだろう?」

「おばぁちゃん、いっしょ、うれしくない?」

「ゆぅくんいっちょ、ねるのぃや?」

「嬉しいに決まってるじゃないのぉ~~~! もう! 可愛いわね!」

「「きゃあぁあ~~~!」」


 どうやらオリビアさんも嬉しい様だ。ハルトとユウマの頬にちゅっちゅとキスをしてる。

 僕は少し照れがあるのでベッドの端の方で寝ようとしたんだけど、トーマスさんはユイトはこっちだぞ、と言って端を却下されてしまった。


 並び順としては、端からオリビアさん、ハルト、ユウマ、僕、トーマスさん。五人だとちょっと狭いわね、とオリビアさんは笑っていたけど、皆すごく楽しそうだった。


「ほら、もう灯りを消すよ。皆、おやすみ」


 そう言って、トーマスさんは僕たちの額にちゅっとキスをしてくれた。

 恥ずかしがるオリビアさんにもしていたので、オリビアさんは顔がまっ赤になっていた。

 仲良しでなによりです。


 僕は緊張して寝れないかなぁ~なんて思っていたんだけど、何故だか安心してぐっすり眠ってしまった。

 オリビアさんとトーマスさんがお疲れ様、と言った気がしたけど、もしかしたら夢だったのかもしれない。






*****


「ほら、ユイト。朝だぞ、おはよう」

「……ん~?」

「ハハ、ぐっすりだったな」

「……おはよぅ、ござぃます……?」


 ……あれ? いつもの見慣れた天井じゃ、ない……。


「あぁ、おはよう。皆もう起きてるぞ」

「……ぅわ! また寝坊しちゃった!?」


 僕はビックリしてベッドから飛び起きた。

 そうだ、昨日はトーマスさんとオリビアさんと一緒に寝たんだ。

 またやってしまった! 焦る僕を、トーマスさんは笑ってまだ焦る時間じゃないぞ、と髪を優しく梳いてくれた。






「じゃあ、いってきます」

「はい、気を付けてね! いってらっしゃい!」


 朝食後はいつもの買い出し。

 昨日はダリウスさんたちが来たからちょっと焦ったけど、今日は少なめでもいいかもねって。

 トーマスさんによると、冒険者の人たちは昨日のうちに東の森に出た魔物の討伐に出掛けていて、反対側にあるこの村には来ないんじゃないかと教えてくれた。

 下級の魔物だけど数が多いと厄介らしく、その森が王都への街道沿いにあるから、被害が出る前にと領主様から討伐依頼が出てるらしい。

 だから昨日は、冒険者の人たちは食べたらすぐ出て行ったんだな。





 買い出しが終わり戻ると、トーマスさんがハルトとユウマと一緒に裏庭で洗濯物を干していた。

 裏庭の木にロープを張ってそこに掛けていくんだけど、ハルトとユウマは洗濯物を引きずらないかちょっと心配。

 三人ともすごく楽しそうだ。こうやって見ると、本当の家族みたい。





「ユイトくん、南瓜キュルビス蒸しあがったわ~」

「はーい! ありがとうございます」


 今日の日替わりコロッケは、キュルビスに炒めた挽き肉とチーズを入れたもの。

 甘くて美味しいから、僕も好きな一品。


「そう言えば昨日のコーディくん、とっても可愛かったわねぇ~!」


 オリビアさんは、キュルビスをボウルに移しながらにこにことしている。


「しっかりしてそうなのに、トーマスさんの事になると緊張してましたよね」

「そうなの、それで私もちょっと楽しくなっちゃって……!」


 オリビアさんの計らいでトーマスさんと会えたけど、ハルトとユウマに目標にしている事を本人にバラされてガチガチになっていたコーディさん。

 心の中で応援してしまったよね……。

 最後はとっても嬉しそうにまた来ます、って言ってたから安心したけど、嬉しそうに振る尻尾がジュリアンさんにバシバシ当たっててとっても痛そうだった。


「トーマスさんが憧れって、僕もなんだか嬉しくなっちゃいました」

「そうよね、家族が褒められるのって誇らしいわ。あ、この皮はそのまま入れていいの?」

「はい。栄養もあるみたいなので、すり潰して入れちゃいます」

「この種も取っとくの?」

「はい。皮付きでも、煎ったらおつまみになるみたいなので。でもハルトとユウマにはまだ固いから、皮だけ剥こうかと思ってます」

「おつまみになるの? トーマスが喜びそうねぇ」

「トーマスさん、お酒好きなんですか?」


 確か、僕たちがこの家に来てから一度も飲んでない気がするんだけど……。

 あ、そう言えば前に一度だけ、料理を食べてお酒が欲しくなるって言ってたな。


「お酒は嗜む程度よ? 家ではあんまり飲まないわねぇ。お祝いのときとか、知り合いが来た時くらいかしら?」

「じゃあ機会があれば、お酒に合う様な料理も作りたいですね」

「えっ! それほんと!?」


 僕がぽろっと零した言葉に、思いの外食いついたのがオリビアさん。

 オリビアさんも飲んでなかったけど、もしかしてお酒好きだったのかな?


「え? お酒の味は分からないですけど、合いそうなものなら出来るかなぁって……」

「やったぁ~! なら今度、トーマスの依頼の人たちに作ってくれない? いっつも同じ様なものしか作れなくて困ってたのよ~!」


 ……え、確かその人たちって、偉い人って言ってた様な……?


「もし来たら、ユイトくんのご飯も食べてもらいましょう、って言ったでしょ~?」

「え、冗談じゃなかったんですか……?」


 あれはオリビアさんの冗談だと思って、正直あんまり真剣に受け止めてなかった……。


「やだ……! 本気って言ったじゃないの~! ユイトくんが作ってくれたの自慢するって! これで安心だわ! ユイトくん、よろしくね!」


 やったぁ~、と喜んでいるオリビアさん。

 そこに洗濯物を干し終えたトーマスさんたちが入ってきた。


「どうしたんだ? 楽しそうだな」

「おばぁちゃん、とっても、うれしそう、です!」

「ばぁば、どぅちたの~?」


 オリビアさんは笑顔で振り返り、どや顔で答えた。


「あの人たちが来る度に悩んでたお酒のアテ……! ユイトくんにお願いしちゃった!」

「ほぅ、毎回悩んでいたからな。それならオレは、あの、前に作ってくれたマッシュルームをにんにくガーリク唐辛子チィリで食べるやつがいい」


 アヒージョですね? トーマスさんはなかなか覚えてくれない。僕とオリビアさんには伝わるけどね?


「いいわね! あれも気に入ってくれそう!」

「ユイト、よろしくお願いするよ」

「頼もしいわ~! ユイトくん、お願いね!」

「は、はぃ……」


 ……それって結構、責任重大じゃない……? ハルトとユウマはがんばれ~! と応援してくれている。

 あと十日くらいあったよね……? 大丈夫……、その間に考えよう……。



 そして僕は、余計な事は口は滑らせてはいけないと、この日痛いほど学んだ……。

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