第60話 憧れの人と煮込みハンバーグ
九時課の鐘が鳴り、現在、僕はキッチンでトーマスさんの煮込みハンバーグを作っています。そしてオリビアさんは閉店作業。ダリウスさんとジュリアンさんは面白いからと席を移動して、いまコーディさんはハルトとユウマの隣でガチガチに緊張しています。
「コーディくん、トーマスも着替えてくるから、少し待っててちょうだいね」
「……は、はぃ……!」
「おにぃさん、だいじょうぶ、ですか?」
「おにぃしゃん、きんちょーちてりゅの?」
ハルトとユウマは心配して、隣でずっと声を掛けている。コーディさんは小さな声でダイジョウブ……、と繰り返しているけど、本当に心配になるくらいの緊張ぶりだ。
「ヒィ……ッ! ヤバい……! あんなの初めて見た……!」
「ダリウス、笑いすぎだって……! フフッ」
「なんだよ~! お前だって笑い堪えてんの、バレバレだからな?」
ダリウスさんとジュリアンさんはずっとあんな調子。
「面白いって言えばよう、トーマスさんが弁当抱えてきたときもビックリしたよなぁ」
「お弁当ですか?」
「あ、あったな、そう言えば。ギルドに入ってきた瞬間、みんな凝視してたよな」
「そうそう! あのトーマスさんが大事そうに抱えてるから、よっぽどヤバい物なんだろうって緊張感凄かった……!」
「そしたら弁当だって言うからさぁ~!」
「皆ハァ? って! あのいっつも冷静で何事にも動じないって感じのトーマスさんが? って!」
ビックリしたよなぁ~、って笑ってるダリウスさんとジュリアンさんには悪いけど、僕はトーマスさんがそんな風に思われているなんて知らなくてお弁当を渡してしまったから、ちょっと罪悪感が……。
あの時は確か、ちょっと可愛い模様の布に巻いた気がする……。ごめんなさいトーマスさん、なんて一人考えていたら、ようやくトーマスさんが入ってきた。
「遅くなってすまない。ユイト、今日は悪かったな」
「いえ、大丈夫です。トーマスさんも良くなって安心しました」
トーマスさんが入ってきた瞬間、コーディさんが固まるのが視界の端で確認できた。ハルトとユウマは椅子から飛び降り、トーマスさんに駆け寄っていく。
「おじぃちゃん! もう、だいじょうぶ?」
「じぃじ、もぅおねちゅなぃ?」
「あぁ、もう大丈夫だよ。心配かけてすまなかったな」
トーマスさんは足元に駆け寄ってきた二人をひょい、と抱き上げて顔を合わせる。
「んーん、げんきになって、よかった!」
「もぅいっちょ、あしょべる?」
「あぁ、いっぱい遊べるぞ!」
「「やったぁ~!」」
二人はトーマスさんにぎゅ~っと抱き着き、とっても嬉しそう。
トーマスさんも顔を綻ばせている。
「トーマス、こっちに座って待ってて? いまユイトくんがハンバーグを作ってくれてるから」
「あぁ、ありがとう。……ん? コーディか、珍しいな。食べに来てくれたのか?」
「……!」
オリビアさんがさりげなくコーディさんの隣の椅子を引いて、ここに座る様に誘導した。トーマスさんも何の疑問も持たずにその席に座ってくれる。
良かったですね! コーディさん! ……何か喋って!
「ハハ! トーマスさん、昨日俺たち、その子らと約束したんですよ! なぁ~?」
「「ねぇ~!」」
「そうだったのか! ……ありがとう。来てくれるか不安だったから、安心したよ……!」
昨日のハルトの事を思い出しホッとしたのか、そう言って突然、トーマスさんが隣のコーディさんの肩を抱き寄せた。
ありがとう、ありがとう、と何度もお礼を伝えている。
「……! ……イエ! ヤクソク……、シタノデ……!」
コーディさんは瀕死の状態だ……。
ダリウスさんとジュリアンさんは声を出さずに笑い転げている。オリビアさんもよかったわね、と温かい視線を送っている。
ん、煮込みハンバーグもそろそろ出来そうだな。
「じぃじぃ~、おにぃしゃんね、じぃじちゅきなんらって!」
「ん?」
「たすけてもらって、もくひょうって、いってました!」
「……フワァ!?」
コーディさんがまた耳と尻尾をピンと立てて驚いている。まさかまた、ハルトとユウマにバラされるとは思ってなかったんだろうな……。
しかも憧れの人、本人の前で……。
それを聞いたトーマスさんは、目を丸くして驚いている。
「なんだ! そうなのか……? コーディは全く話してくれないから、てっきり嫌われていると思っていたよ……。目標だなんて照れるな……、オレも頑張らないといけないな!」
そう言って照れ臭そうに頬をかき、またコーディさんの肩を抱き寄せ、とっても嬉しそうだ。コーディさんはまっ赤になっているが、煮込みハンバーグが出来たので僕は先にこちらを優先した。
ダリウスさんとジュリアンさんは、声を出さずにまた笑い転げている。息も絶え絶えで辛そうだ。
「トーマスさん、どうぞ。熱いですから気を付けてくださいね」
「あぁ、食べたかったんだよ! ありがとう、いただきます」
「ゆっくり召し上がってくださいね」
トーマスさんが食べるのを確認して、僕は明日の分の仕込みに入る。
オリビアさんも釣銭の確認をして問題なかった様だ。二人で明日はどれくらい用意するかの相談。
生地の準備をしていると、トーマスさんがコーディさんに食べてみるか? とハンバーグを一口フォークに刺した。コーディさんの尻尾の揺れ方が激しすぎて、千切れないか心配になる。
こうやって見たら、ケイレブさんにそっくりだな……。
しばらく見守っていると……。……あ、食べた。耳も尻尾もピンと立ってる。トーマスさんが旨いだろう? と聞いてるな。もぐもぐと頬張りながら、コーディさんもコクコク頷いている。よかった、よかった……。
ハルトとユウマはお昼寝の時間を過ぎていたので少し眠そうだ。目がとろんとしてる。
「二人ともお昼寝してなかったもんね。少し寝る?」
「おひるね、します……」
「ゆぅくんも……。ねんねしゅる……」
「じゃあ一緒にお部屋行こうか。オリビアさん、先に二人を寝かせてきます」
「わかったわ。こっちは準備しておくわね」
「はい、お願いします」
二人を連れて行こうとしたら、トーマスさんが声を掛けてきた。
「ハルト、昨日はごめんよ……。おじいちゃんの事、怒ってないかい……?」
トーマスさん、昨日はショック受けてたからなぁ。するとハルトは僕の手を離れ、トーマスさんの足元にぎゅっと抱き着いた。
「んーん……。おじぃちゃん、げんき。ぼく、うれしいです……」
「そうか、ありがとう……。ごめんよ、眠たいのに。おやすみ」
「ん、おやすみ、なさぃ……」
トーマスさんはどこかホッとした様子で、ハルトの頬を撫でていた。
オリビアさんとコーディさんは、それを見守りながらなぜか二人で涙ぐんでいる。
あの二人は、もしかしたら話が合うかもしれないな、なんて思ったりした。
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