第43話 妖精さんの名前
ハルトとユウマと一緒に、僕もいつの間にか寝てしまったようだ。
ふと机の上に目をやると、タオルの上に寝かせたはずの妖精さんがいない。慌てて周囲を見渡すと、部屋の窓枠部分に腰掛け、外の景色を眺めながら足をプラプラと遊ばせていた。
「妖精さん、おはよう。お昼寝できた?」
ハルトたちを起こさない様にそっと声を掛けると、顔をこちらに向け嬉しそうにふわりふわりと飛んでくる。僕がそっと手を差し出すと、ゆっくりと掌に足を下した。
ここでふと、自分がこの子のことを“妖精さん”と呼んでいる事に気付く。
「妖精さんのここでの名前、付けたいなぁ」
ポツリとこぼすと、妖精さんは目をぱちぱちさせて僕の顔を凝視した。もし他の人に妖精さんなんて聞かれたら大変だもんね。
「妖精さんの呼び方、考えてもいいかな?」
そう問いかけると、にっこりと笑みを浮かべ大きく頷いてくれた。
う~ん……。強そうな名前は、この子のイメージじゃないもんなぁ……。ふんわりとした優しい響き……。
リリー、ルー、モナ、ん~……、なんかどれもしっくりこないなぁ……。
フォル、フィン、ネット、ノア……、
ノア!
なんかいま、すごくしっくり来た気がする!
「ねぇ、妖精さんの呼び方、“ノア”っていう名前はどうかな?」
妖精さんは名前を聞くとぱちぱちと目を瞬かせ、淡い緑色の光を纏いながらぱたぱたと羽を動かし始めた。にこにことご機嫌な様子だ。
「気に入ってくれた? これからきみのこと、“ノア”って呼んでもいい?」
僕が尋ねると、嬉しそうに大きくこっくりと頷いてくれた。
「これからよろしくね! ノア!」
そう言うと、今日出会ったなかで一番の笑顔を見せてくれた。
うん、やっぱりとっても可愛い!
ハルトとユウマもお昼寝から目覚め、改めてノアとご挨拶。
二人はのあちゃんと呼ぶようだ。
「さ、パステク食べに行こっか」
「ぱすてく、たのしみ、です!」
「じぃじ、おぃちぃってゆってたの!」
「ほんと? 食べるの楽しみだねぇ」
「のぁちゃん、いっぱい、たべてほしい、です」
「のぁちゃんいっちょ、うれちぃねぇ」
ノアは二人に答える様にぱたぱたと羽をはためかせ、にこにことハルトとユウマの顔を見つめている。仲良くなれそうでよかった。
「妖精に名前を……?」
「あら……」
「え、もしかしてダメでしたか……?」
ダイニングでトーマスさんとオリビアさんに妖精さんに名前を付けたと伝えると、お二人とも困惑した表情を浮かべた。
「身体は何ともないのか?」
「気分が悪くなったりしてない?」
「? はい、大丈夫です」
心配そうに僕の顔色を見るお二人とは対照的に、僕の肩ではノアがにこにこと微笑んでいる。
「そうか……。なら、問題はないのか……?」
「“契約”とかじゃないのかしらね? 不思議ねぇ……」
「“契約”……、ですか?」
この世界では、森に棲む魔物や魔獣には、人が認識する為に付けられたその種族の名称があるらしい。
種族全体を通して呼ぶ名前はあるが、個別に識別するための名前は存在しない。
名前を付けるとするなら、
魔力を与えずに、“奴隷の首輪”で逆らわない様にする卑劣なやり方もあるが、これはこの国の法によって禁止されている行為らしい。
「僕、妖精さんって呼んでるのを誰かに聞かれたらマズいなと思って、ここでの呼び方を考えたんです。ノアって呼んでもいいと頷いてくれたので、たぶん契約とは……、違うのかな……?」
「ここでの呼び方か……。仮契約みたいなものか?」
「そうねぇ、私たちだけの呼び方という認識なのかしらね? あだ名、みたいな……」
「あ、そんな感じなのかも」
ね、と左肩に座っているノアに話しかけると、こっくりと頷いてくれた。うん、とっても可愛い。
僕たちが話し込んでいると、ハルトとユウマがオリビアさんのスカートの裾をくんと引っ張り、パステクを強請ってきたのでこの話は一時中断。
皆で二人に謝り、一番美味しそうな真ん中の部分をあげる事にした。
「あまくって、おいしいです! のぁちゃん、どうぞ!」
「のぁちゃん、ゆぅくんのもどぅじょ! おぃちぃよ」
二人は一番甘そうな部分をノアに差し出しているが、ノアにしたらまだまだ大きくて、食べづらいだろう。
「ノアはお口が小さいから、もっとちっちゃくしてあげたら食べやすいと思うよ」
「これくらい? のぁちゃん、たべれる?」
「どぅじょ、のぁちゃんかわいぃねぇ」
ハルトが差し出したパステクをあ~んと口いっぱいに頬張ると、ノアは目をキラキラさせて全身で美味しいと訴えている。
次にユウマが差し出したパステクをまた口いっぱいに頬張り、うっとりとした表情で味わっていた。
そんなハルトとユウマ、ノアを見つめるトーマスさんとオリビアさんは、これでもかというくらい破顔し頬が緩んでいた。
◇◆◇◆◇
※作品へのフォローと評価、とても嬉しいです。ありがとうございます。
本当はユイトにハワードさんの牧場で仔牛にミルクを飲ませてもらう予定だったのに、なぜか妖精が出てきて自分でビックリしています。
お話を作るのって難しいですね……。
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