第44話 もうすぐお別れ


「いいかい? “妖精”っていう存在は、この国では未知のものとして扱われている。その姿を目撃したという者も昔はいたらしいが、今ではフェアリー・リングを見つけただけで幸運とされているんだよ」


 トーマスさんがハルトとユウマに妖精のノアが如何に珍しく、貴重な存在であるかを教えている。

 きちんと教えないと、気を付けていても他の人にノアの存在を話してしまう可能性もあるからだ。


 そして現在、“みち”ってなんですか? “ふぇぁり”ってなぁに? と、トーマスさんは二人の「なぜ、なに」の質問攻めにあっている最中だ。

 オリビアさんに、もっと分かりやすく教えてあげて、と怒られている。


 森で見つけたあの茸かぁ、絵本の世界みたいで可愛かったなぁ。あの案内してくれた梟さんもカッコよかったなぁ。


 ……そう言えば、あの梟さん、僕たちが帰るときずっと見てたな……。もしかして、ノアがついて来てたの知ってたのかな……?


「トーマスさん、森の案内をしてくれた梟さんいるじゃないですか」

「ん? “森の案内人”か? あの梟がどうかしたか?」


 ハルトとユウマを膝に抱えて、妖精の事を教えている最中のトーマスさん。ノアが頭の上に乗っかっているのには気付いてなさそうだ。

 オリビアさんが笑いを堪えているときの顔をしている。


「あの梟さんって、他の人が帰るとき森から出るまでじっと見ているものなんですか?」

「……いや? 出口の近くまで案内したら、さっさと飛んでいくが?」

「僕たちが帰るとき、森から出るまでじっと見てたんですよ。もしかしてノアのこと見てたんですかね?」


 そう言うと、トーマスさんは難しい顔をして唸ってしまった。ノアも頭の上で難しい顔をしている。真似っこかな? ハルトとユウマも真似をしだした。


「普段のあの梟の態度を知っていると……。見えていた可能性は高いな……」

「もしかしたら、ノアの事心配してるかもしれないですよね……? ノアが森の外に出て行っちゃったわけだし……」


 そう言ってトーマスさんの頭の上を見ると、何も気付いていなかったトーマスさんが頭の上に乗るのは止めなさい、とノアに注意していた。

 ノアはほっぺをぷーと膨らませて拗ねてしまった。トーマスさんの頭の上が気に入ってたのかも。


「そう考えると、やっぱりノアちゃんは森に帰った方が安全だと思うわよ?」

「のぁちゃん、いっしょ、だめですか?」

「ゆぅくん、のぁちゃんいっちょがいぃの……」


 ノアと別れなければならないと知ったハルトとユウマは、悲し気に俯いてしまった。


「もしもの時を考えないといけないよ? もしノアが他の誰かに見つかって、大騒ぎになったり、悪い人に捕まったりしても助けられないかもしれない。だけど森の中にいれば、案内されないとノアたち妖精のいる場所へは行けないんだよ」


 ここにいるより、森にいる方が安全なんだと、トーマスさんは二人に優しく諭す。

 ハルトとユウマも目にいっぱい涙を溜めながら、最後にはうん、と小さく頷いた。


 元はと言えば、僕がお菓子をあげると言ってしまったのが原因だ。悪い事をしてしまったな……。


 ハルトとユウマはノアと一緒にいれないと知り、森に帰るまでに少しでも一緒にいたいとくっついて遊んでいる。


 ……そうだ! いいことを思いついた!

 ちょっとオリビアさんに相談してみよう……!






*****


「はい! ではノアと一緒に、美味しい蒸しパンを作りましょー!」

「「はぁーい!」」


 ノアはぱたぱたと羽をはためかせ、バンザイをしながらぴょんぴょんと作業台の上で跳ねている。


 オリビアさんに相談した後、僕たちはお店のキッチンに立って一緒にお菓子を作る事にした。

 ノアと少しでも長く、楽しく過ごせる様にね。


 ホントはクッキーやマドレーヌにしようかと思ったんだけど、ノアの歯じゃ噛めないかなと思ってふんわり柔らかい蒸しパンを作る事になりました。

 蒸しパンなら、ノアの小さい手でも千切れるからね。


 材料は小麦粉、卵、牛乳にパン屋のジョナスさんから譲ってもらったベーキングパウダー。入れる具材は林檎メーラにバナナ、さつまいもスイートパタータの甘いものを中心に。


 先にスイートパタータを皮付きのまま細かく刻み、柔らかくなるまで蒸して冷ましておく。

 これは蒸し器が熱いから、僕が担当。


「では! ハルトはこの小麦粉をこのふるいに入れて、サラサラの粉になるように揺らしてください!」

「はぁーい!(ピシッ)」

「ユウマは、この牛乳と卵を混ぜてください!」

「はぁーい!(ピシッ)」

「ノアは、この粉をハルトが振ってるところに上から少しずつ、混ざるように入れてください!」

<ピシッ>


 ノアは返事の代わりに、ハルトとユウマの真似をして了解! とばかりに敬礼のポーズを決めた。


 その様子をカウンター席で見守っていたトーマスさんとオリビアさん。

 お二人の顔はこれでもかと破顔し、頬が緩み切っている。


「あぁ~! のぁちゃん、たいへん、です!」


 ハルトとノアは少し粉を溢してしまい、小さいノアは顔中真っ白の粉まみれになっていた。慌てているが、羽がぱたぱたするせいで余計に粉が舞っている……。

 こういう時は被害を一番受けそうで大変だな……。オリビアさんが真っ白になったノアの顔を優しく拭いてあげている。


 ユウマはまだ小さいのに、この頃お手伝いをたくさんして慣れているのか、混ぜ方が様になっているような……。


「ユウマ、なんか混ぜ方がカッコいい!」

「えぇ~! ゆぅくんかっこぃ? ありぁと!」


 ユウマは褒められて嬉しいのか照れているのか、顔がむふふと緩んでる。


 ユウマが混ぜた牛乳と卵を、ハルトとノアが頑張って合わせた粉とさっくり混ぜる。

 蒸しパンは二種類作るので、この粉はあらかじめボール二つに分けておく。

 メーラとバナナはノアが食べられるくらいに細かく刻み、さっきの粉に加えてさらに混ぜる。

 スイートパタータが冷めたら粉に加え、ダマがない位になったら大丈夫。型に流して蒸し器に入れて、あとは中火でじっくり火を通すだけ。


 ハルトもユウマも、お手伝いする姿が様になってきた気がする。二人がもう少し大きくなったら、兄弟三人で一緒にキッチンに入る事もあるのかな……? いまから楽しみだ。






「ハルトとユウマはまだ危ないから、森まではお見送りに行けないんだよ」

「そうよ? 森までは遠いし、おばあちゃんもついて行けないの」


 森まで一緒に行きたいと泣き始めたユウマと、行きたいけど我慢しなきゃと唇をぎゅっと噛み、泣くのを我慢しているハルト。

 あぁ……。僕のせいでもあるから、心が痛いな……。


 そんな沈んだ空気の中、ノアは一生懸命僕たちの周りをぱたぱたと忙しなく飛んでいる。


「ん? ノア、どうしたの?」


 ノアがお店の扉の前でバイバイと手を振ったと思ったら、次は扉を開ける真似をしている。

 トーマスさんたちも何をしているんだとその様子を見守っていると、ノアはもう一度バイバイをして、今度は扉を内側から開けて外に行き、外側から開けるように開いて、そのまま内側に入る様な動きをしている。

 そしてハルトの肩に乗り、ほっぺにぎゅっと抱き着いた。

 そしてバイバイと手を振った後、もう一度一連の動作をして、今度は泣いてるユウマのほっぺにぎゅっと抱き着く。


 バイバイをした後に、もう一度扉を開けて入ってくる……。

 一度目はハルトに、もう一度出入りして、二度目はユウマに……。


 ……ん?


「ノア、もしかして、帰った後もまた会いに来るよって、こと……?」


 僕がそう言うと、ノアは目を見開いてこくこくと大きく頷いた。そして薄っすら光りながら僕たちの周りをすごいスピードで飛び回っている。

 ちょっ……、あぶない! あぶないって!


 自分がスピードを出したのに目を回したノアを見て、ハルトもユウマもいつの間にか笑顔になっていた。

 ちょうど蒸しパンもふんわりと蒸し上がり、お店の中が優しい匂いに包まれる。

 目を回して寝転がっていたノアも出来上がりに満足そうだ。


 そしてもうすぐ、お別れの時間がやって来る。

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