第47話 冥王様がくれたもの

 意気揚々と命令したカリヴェルだが、おばあちゃんはどこまでも自由だった。「自分の身内に攻撃するわけないだろう?」というのは、実の兄を殺した彼への嫌味なのか……。


 唖然とするカリヴェルは、わなわなと震え出す。

 でもおばあちゃんは研究のことしか頭にない人で、しかも禁術の研究をさせてくれたからといって、雇われ魔導士のように彼の意のままに働くつもりはさらさらないのだ。


 魔女は、例え王族であっても手に負えない。

 言葉が通じるだけで、分類は魔物に近いのかもなとすら思えてきた。


 とはいえ、おばあちゃんが敵に回らないことは何よりの朗報だった。


「ユズリハ、あんたらどうすんだい?この男を捕縛するのかい?」


 そう問われて、私は困ってしまった。

 これからどうするんだろう。


 ウィルグラン殿下は表向きは病死になっているから、今さら弟に謀殺されましたと公表するのはいらぬ混乱を生むだけだ。

 かといって、完全になかったことにするのも難しい。


 ここからの判断は、シュゼア殿下に任せるしかないのだが。

 ちらりとその顔を見ると、ようやくすべてが明らかになったとはいえ現実を受け止めるには少し時間がかかりそう。


「いったん、捕縛して様子を見るしかないよね」


 ハクが冷静にそう言った。

 ウィル様を見上げると、やりきれない思いが滲み出た表情で頷く。


 しかし、形勢不利と見たカリヴェルが急に声を上げた。


「私はこんなところで立ち止まるわけにはいかない!」


 上着の内側から、小さな魔石と巻物スクロールを取り出す。


「何をっ……!?」


 黒い巻物スクロールは、呪術師がよく使う耐久性の高い布だ。魔石まで出したということは、補助魔力を必要とするほどの術が発動される。


 それが開いた瞬間、赤い光を放つ五角形の魔法陣が宙に浮き、白い光を放った。


 眩しくて目を開けていられず、必死でウィル様の腕をつかむ。

 冷たい空気と魔力の波が部屋を包み込み、息苦しさを感じた。


「はっ……!ぐぁっ……!」


「ウィル様!!」


 突然、ウィル様がみぞおちを押さえて苦しみ始める。額には汗が滲み、片膝をついたウィル様は剣を落とした。


「ウィル様!?どうしてっ」


 手を握ると、弱々しく握り返される。

 ウィル様の身体を観察すると、白い光が彼の中から少しずつ溶け出しているように見えた。


「ユズ、魂が逆流している!」


 おばあちゃんがウィル様の様子を見て叫ぶ。


「逆流!?」


 人の魂は、本来であれば健康な体にうまく馴染んでいる。逆流は、無理やり引き剥がされる状態ってことで、普通の人間にそんなことは起こらない。一度死んだ人間以外は……。


 カリヴェルは苦しむウィル様の姿を見て、勝ち誇ったように笑った。


「あははははは!魔物の核を引きはがすための魔術を、人間用に書き換えさせたんだ!まさか使う日が来ようとは……私の勝ちだ、兄上!」


 こうしている間にも、ウィル様の中から白い光がゆらゆらと出て行っている。


 でも私はここでふと気づいた。


「……どうして」


 おかしい。ウィル様だけなんて、おかしいのだ。


「どうして私は平気なの?」


 ハクも同じことを思っていたようだ。目を合わせると、心配そうにこちらを見ていた。


「もしかして」


 思い当たるのはただ一つ。


 ポケットを探ると、手に丸い石が当たった。それを取り出すと、妖しげに光を放っている。


 冥王様がくれた石。

 これこそが、私だけ無事な理由だった。


「ユズ!ダメだ!!」


 ハクが制するのも振り切って、私は石をウィル様の手に無理やり握らせた。

 その途端、一気に呼吸が苦しくなる。


 屈んでいることすらできず、急激に意識が遠のいた。

 ウィル様、さっきまでこれに耐えていたんだ。私には到底耐えられない。


 身体の内側から、熱が持って行かれる。


 かろうじて目を開くと、ウィル様が驚いた顔でこちらを見ていた。


 あぁ、無事でよかった。

 ふにゃりと笑った私は、深い深い眠りに吸い込まれていくみたいに意識を失った。

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