第46話 裏切り?

 見張りの兵や魔導士をサクサクと倒し、私たちは塔の最上階へとやってきた。


 木の扉の向こうからは、人の気配がする。巧妙に隠されてはいるけれど、私が探知すると確かに中に二人の魔力反応があった。


 私たちはウィル様を先頭にして踏み込むことにする。全員が「自分が最初に行く」と言ったのだが、誰も譲らなかったので、フェイの針を4本いただいてくじを作って決めた。


 ちなみにフェイの針は人間の髪の毛と似たようなもの、抜いても切っても痛みはないから大丈夫。


――カチャッ……


 中に入ると、大きな水槽のようなものが所狭しと並んでいた。

 ただし、水槽の中身は水ではなく薄緑色の培養液みたいな薬品でとても気味の悪い光景だった。


 そしてその中にはもれなく小さな魔物が浮いている。いずれも生きていて、元気そうに泳いでいるもの、眠っているもの、じっとこちらを見ているものとそれぞれだった。


「おや?お客様が来たようね」


 私たちが扉の前で立ち尽くしていると、女性の声がした。背の高いその人は紫色のローブを纏っていて、振り向きもせずに何か手を動かしたまま。


 シュゼア殿下が「魔女だ……」とぽつりと言った。


 そして、その魔女を私は知っている。

 顔が見えなくても、声だけですぐにわかった。だって、家族なんだから。


「おばあちゃん?」


「「おばあちゃん!?」」


 ウィル様とシュゼア殿下が険しい顔でその人を見つめる。

 ようやく振り向いたその魔女は、にこりと笑って言った。


「ユズリハじゃないか。元気にしていたかい?ハクまで、こんなところに何しに来たんだい」


「お元気そうですね、ベルガモット様」


 面倒ごとだと思ったらあなたですか、と言わんばかりの責めた目をするハク。私はこの一連の出来事に祖母がかかわっているのかと思うとぞっとした。


 今すぐ帰っていいかな!?


「ユズのおばあさんというと、例の……?」


 遠慮がちに問うウィル様に、私は言った。


「はい。そうです。例の『こんにちは~』くらいの感覚で人を呪ったり助けたりする気まぐれな魔女です」


 気まぐれ、という表現は他人から見た場合だろう。

 実は魔術の研究が大好きという、実に魔女らしい魔女だ。そこに倫理観や常識が通用しないだけで……。


「ここで何をやっていたの?おばあちゃん」


 今、私の足元で鳴いているフェイはきっと、おばあちゃんが生み出した魔物なんだと予想がついた。この部屋の中にいる小さな魔物たちもそう。


 彼らはいずれも希少種で、この国にはいない。まして、親のいない幼体がこんなところにいるなんて絶対におかしい。


 もう聞かなくても大体わかってしまったけれど、念のため聞いておく。


「何って、魔物の核を召喚して育てる研究をしているんだよ。迷宮めぐりをするよりも、よほど効率がいいだろう?」


 出た、効率重視。やはりそこに倫理観はない。


「ドラゴンタイプのキマイラも?おばあちゃんが召喚したの?」


「あぁ、あの子は魔力が安定しなくてね。他の魔導士に任せていたら、幼体のまま脱走してそれで急速に成長したらしいんだよ。生け捕りにしてくれたら、薬に使えたのに残念だ」


 街で暴れたあのキマイラは、やはりこの塔で生まれた魔物だった。


「なんでこんなことを……」


 魔物たちを眺めながらハクが嘆いた。彼は彼で今さらおばあちゃんに倫理観を説くつもりはなく、「後始末が面倒なことをしましたね」という嘆きである。


 ただし、自国を乱されたウィル様とシュゼア殿下は納得できないのは明らかで。ぎりっと歯を食いしばり、淡々と会話する魔女を睨みつけた。


「こんなことをしてどうなるか……わからないのですか!?」


 ウィル様は怒りを振り絞るように訴えかけた。でもおばあちゃんにその想いは届かない。


「あぁ、あんた昔うちに来た子だね?前と器が違うけれどわかるよ。こんなことをしてどうなるかって、おかしなことを聞くんだね」


「おかしなこと?」


「だって私たち魔女は薬や魔術を生み出し、行使するのが生業だ。あんた、自分が剣で斬られたとしてその剣を打った鍛冶屋まで恨むのかい?生み出す側の人間は、その使い道にまで責を負っていられないよ」


「それは屁理屈だ!」


 シュゼア殿下が反論するも、鼻で笑われた。

 見た目は40代女性だが、おばあちゃんはもうこの道50年の魔女である。こんな風に批難されることは慣れているから、いちいち相手にはしない。


「それに私がここにいるのは、カリヴェルに呼ばれたからだよ。禁術を使っていいなんていう愚か者はめったにいないからね」


 すごい言われようだな、カリヴェル。でもやはり、ここで禁忌を犯していたのはカリヴェルの指示だった。


 そして、おばあちゃんの言葉を受けて、奥の扉からそのご本人がゆっくりと登場する。


「愚か者だなんて手厳しいですね。もう私は後戻りなどできないのですよ」


 濃い茶色の髪に菫色の瞳。

 端整な顔立ちのその人は、間違いなくカリヴェルだった。その顔は、とても禁忌を犯した人に思えないくらい爽やかで清々しい。


 こんな人が、実の兄を謀殺しただなんて……。

 じっと観察していると、ウィル様が一歩前に出た。


ねずみが入り込んだか……。おとなしくしていればいいものを」


 二人の視線がぶつかり、緊張感が部屋に広がる。


「まさか本当に死に戻ってくるとはね。忌々いまいましいことだ」


「カリヴェル、お前はなぜこんなことを……?」


 怒りを通り越し、憐憫の目を向けるウィル様にカリヴェルは吐き捨てるように言った。


「なぜ?あなたを超えるためですよ、ウィルグラン兄様」


「俺を超える?」


 カリヴェルは水槽に手を当て、不気味に笑った。


「わが国には、大きな魔石が採れる迷宮がない。弱い魔物しか出ない迷宮だけだ。魔物がいると脅威にもなるが、資源にもなる。だから私は迷宮を、魔物を生み出せないかと考えた」


「そんなことをすればどうなるか、わかるだろう!?魔物は手に負える存在じゃない!」


「だから幼体を育てて、従順なまま狩るのです。牛やヤギと同じですよ」


 この人はもう正気じゃない。

 シュゼア殿下も、次兄の逸脱した思考に絶句していた。


「あなたにはわからないでしょう。昔から完璧な兄に嫉妬していた私の気持ちなど。教育係も部下も、皆口を揃えて『兄上はもっとできた』『兄上ならこれくらい……』と私を否定する。成長するにつれ、絶望が募っていった私の気持ちなどあなたには理解できるはずもない」


「カリヴェル……だから俺を殺したのか?」


 ニッと口角を上げるその顔は、狂気に満ちていた。


「ええ、そうです。ただ、絶望と共に、あなたへの憧憬の念も確かにあった。だからこそ、あなたがトーリアのことを幸せにしてくれるだろうと思っていたのです。それなのに……!あなたはトーリアのことすら、物のように私に譲り渡すと言った」


「それは違う!俺は二人が想い合っているのなら、一緒になればいいと」


「ええ、あなたは清廉な人ですから、自分の愚かさにも罪にも気づかずにそんなことを口にした。それを聞いた私がどれほど惨めで、どれほどあなたを憎んだかわからないでしょう?」


「それは……!」


「トーリアは、父親である公爵から脅されたんですよ。兄上に捨てられて王太子妃でなくなるくらいなら、おまえがウィルグラン殿下を殺して、王太子に就いた私と一緒になれと。彼女は、婚約者を殺せと実の父親から言われて薬を手渡されたんです」


 追い詰められたトーリア妃は、自分でその毒を飲んで死のうとしたという。彼女はカリヴェルを愛していたけれど、ウィル様のことを殺したいだなんて思っていなかった。


 カリヴェルは異変に気付き、その毒を奪った。


 そして、自ら兵に指示をして兄を殺させた。


「トーリアは今でも、後悔に苛まれていますよ。私があなたを殺したのは、自分のせいだと思っている」


 ウィル様を殺し、王太子の座に就いたカリヴェルには困難ばかりだった。

 離れゆく人心、自責の念を拭えない最愛の妃、兄と比較され続ける日々に終わりは来なかった。


「兄の亡霊が出るという噂が流れたとき、何度『いっそ本当に呪い殺してくれればいいのに』と思ったことか。優秀な兄からすべてを奪ってやると思い、実行したのは紛れもない事実なのだから……!でも今こうして本当によみがえったあなたを見ると、もう一度冥界へと送ってあげなければと思います。この国は私が、ウィルグランという過去に囚われないよう導かなくては……!!」


 私は銀杖ぎんじょうを握りしめ、防御態勢に入る。

 絶対にウィル様を守らなきゃ。ハクも警戒心を高め、臨戦態勢をとった。


 正気を失ったカリヴェルは、勝利を確信したように命令する。


「さぁ!魔女ベルガモットよ!こいつらを冥界へ送ってやれ!!」


 ウィル様は剣を抜き、カリヴェルにその切っ先を向ける。

 黙ってやられるつもりはない、その気迫が伝わってきた。



 ところが、命令されたおばあちゃんはやや首を傾げてさらりと言った。


「自分の身内に攻撃するわけないだろう?あんたバカなのかい?」


「「「「は?」」」」


 薄暗い部屋の中が、かつてない静けさに陥った。

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