第45話 魔女の秘技・お母さん召喚

 今、私たちは塔の裏側にいる。林の中、警備の兵は魔法で眠らせたので、会話をするくらいは問題ない。


「「はじめまして」」


 かしこまって挨拶を交わしているのは、シュゼア殿下とハクだ。

 なぜハクがここにいるのかって、それは私が魔女に伝わる秘技・お母さん召喚を魔法陣で発動したから。


「よかった、まだ起きていてくれて」


 前回、蛇獣人の一件でそうしたように何の前触れもなく召喚してしまったが、ハクはいつも通りの白いシャツに緑×黒のチェックのベスト、グレーのズボンというお出かけできる格好をしている。

 寝間着だったら困るなと召喚してから思ったのだが、それは杞憂だった。


 銀杖ぎんじょうを握りしめ、にこにこ笑う私に向かって、ハクは苦笑いで返す。


「そろそろ喚び出されるんじゃないかって思ってたからね。ここ二日は、出かけられる格好で寝ていたよ」


 さすがはハク!私の動きが何となくわかっていたらしい。


 シュゼア殿下はハクを私の召喚獣人か神様だと思ったみたいで、ものすごく驚いて腰を抜かしかけた。


「えーっと、こちらは私のお母さんです」


「「違うから」」


 ハクとウィル様の二人から同時に突っ込まれる。


「魔女は獣人から生まれるのか……?でも男?え?」


 しばし混乱中の弟王子様はウィル様に任せて、私はこれまでの経緯をハクに説明した。

 だんだんと彼の表情が曇っていくのは、気にしたら負けである。


 耳がぴょこぴょこしてるのは、呆れているからなのかそれとも周囲を警戒しているからなのか。どっちもだろうな……。


「まったく。喚び出されるときはいつも問題が起こったときだよねぇ。もうちょっと計画的に動けないの?君たち」


 たち、ってことは私とウィル様二人セットで指している。

 ウィル様は苦笑いで「すまない」と呟く。


 ハクは私のつたない説明でもすぐに現状を理解してくれて、塔へ潜入することを渋々だけれど了承してくれた。

 塔に張られている見えない結界を感知し、彼は言った。


「これって相当な高位魔導士が関係してるんじゃないかな。普通の魔導士や魔女じゃ、ここまで精巧な結界は張れないよ。魔力に無駄がない」


 手のひらをかざし、私も目を閉じて結界の状態を確かめる。


「なんていうか、うまいよね。きめ細かくて柔軟。うちのログハウスに張ってある結界と似た造りだわ。こんなのがあるなんて、大迷宮のボス部屋くらいなのに」


「魔女って一体どんな家に住んでるんだよ」


 シュゼア殿下に突っ込まれた。

 でも魔女の家はいろんな素材や劇薬もあるから、聖樹の森を破壊するような事故があってはならない。外からの攻撃を防ぐというよりは、中からの爆発や延焼を防ぐという方に重きを置いているのだ。


「まさかこの塔も、外からの侵入を警戒しているんじゃなくて、中から何かが出ないように……?」


「あり得るな。そしてその何かっていうのはもしかすると……」


 ウィル様の視線が、私の肩に乗っているフェイに向かう。お留守番をさせたつもりが、結局ついてきてしまったのだ。


「キュル?」


 か、かわいい。小首を傾げる仕草が堪らない!!

 こんなかわいい魔物ばかりなら、世界は平穏なんだけれどなぁと思った。


「実際に目で確かめる必要がありそうだねぇ」


 諦めたハクは、嘆くように言う。

 そしてさっさと塔の裏口へと足を進めた。


 私は銀杖ぎんじょうを右手に携え、ウィル様の後ろを歩く。シュゼア殿下は私の隣を歩き、皆に魔法防御力が高まる祝福をかけてくれた。

 まだ動揺はしているが、このあたりは抜かりない。


 びた鉄の扉を開けると、薄暗い階段が上へと続いていた。三人くらいは並べる幅があり、フェイも私の肩から降りてちょこちょこと階段を上っていく。


 等間隔に備え付けられているランプには、まだ新しい蝋燭ろうそくが燃えていた。

 最近では魔力ランプが一般的なのに、この塔の設備は古いままだった。


 階段にはところどころに黒ずみが残っていて、それも何十年も経ったように感じられる古いものだ。


「なぜこの塔だったのかしら。他にも塔や倉庫はあるのに」


 私がそう呟くと、シュゼア殿下が壁に手を触れつつ答える。


「ここなら、王族が暮らす居住区から一番遠い。何かあっても逃げる時間が稼げるって思ったんじゃないかな。本館でおかしな研究をするわけにはいかないでしょ」


 となると、やはりカリヴェル様がここで禁忌に手を出しているということになる。

 私はこの予想が外れて欲しいと思っているけれど、きっと一番外れて欲しいと思っているのはウィル様だろう。


 前を歩くその広い背中からは、かすかに緊張感が漂っていた。

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