第44話 参謀がいません

 その夜、私の部屋にはシュゼア殿下とウィル様がいた。

 キマイラ討伐の勇姿が民衆に伝わり、シュゼア殿下は一躍人気者になってしまったのだが本人は「どうでもいい」と冷めている。


 どうやらウィル様の活躍を公にすることができず、悔しいようだ。お兄ちゃん子、かわいい。

 くすっと笑うと、シュゼア殿下にものすごく睨まれた。

 そろそろ懐いてもらいたい。


 フェイがテーブルの上のりんごを食べている前で、私たちは今後のことを話し合う。


「あのキマイラはどこから来たと思う?なぜ城の方角から現れたのか、広場の直前まで目撃証言がないから探りようがない」


 ウィル様の問いに、シュゼア殿下が苦い顔になる。


「全部が全部、まだ調査中です。キマイラの近くにいた者はいずれも重傷で、話を聞ける状態ではありませんから」


「そうか」


「ただ、城内や王都では魔物が増えていることは確かです。そこにも一匹、おかしなものがいますしね」


「きゅる?」


 私たちが一斉に注視したので、フェイがリンゴをもぐもぐしながらかわいく鳴いた。


「確かに、フェイが王城に……アストロン王国にいるのはおかしいですもんね。キマイラなんてもっとおかしいです」


 例えば、フェイとキマイラの発生源・・・が同じであるのなら。

 それを探らなければ、もっと危険な魔物が発生しないとも限らない。


「シュゼア」


「はい」


 重苦しい空気の中、ウィル様が真剣な顔で尋ねた。


「城の北側にある塔はなんだ?巡回ルートからあそこだけ外れていて、絶対に近づくなとまで言われた」


 城の北側には、いくつかの塔が建っている。魔導士の訓練施設だったり、研究塔だったり、備蓄倉庫だったり。役割はそれぞれあるらしいけれど、立ち入り禁止だとは聞いていた。


「結界が張り巡らされていて、警備も厳重だった。忍びこもうとしたが、二階までしか行けなかった」


「ウィル様いつそんな危ないことしたんですか!?」


 衝撃的なお知らせだ。知らない間にウィル様がそんな危ないことをやっていたなんて……!


「すまない。ユズを危険な目に遭わせたくなかった」


「結界が張ってあるなら、私に解除できたかもしれないのに……頼って欲しかったです」


 隣に座るウィル様の手をぎゅうっと握り、無事でよかったと心底思った。


「あの辺りは、カリヴェル兄上にしか権限がありません。魔女や薬師の一部が出入りしていて、何かを研究しているとしか」


「それはいつ頃から?」


 ウィル様が知らないということは、ウィルグラン殿下が亡くなってからだろう。

 私が尋ねると、シュゼア殿下がぽろっと何でもないように言った。


「う~ん。あれはいつだったかなぁ。兄上の亡霊が出るって噂を流してひと月くらいの頃だったと思うけれど、その頃からあやしい者がカリヴェル兄上の元に集まるようになって」


「ちょっと待ってください!?噂を流したってどういうことですか!?」


 亡霊が出るっていう噂はシュゼア殿下が意図的に流したものらしい。


「亡霊が出るとか蘇ったとか噂を流せば、ぼろを出すかと思ったから」


 さらっと大事なことを言ったね。

 じとっとした目を向けていると、シュゼア殿下は必死で弁解をする。


「でもそのおかげで、公爵領で毒性のある植物が栽培されていることにたどり着いたんですよ!」


「…………」


 もしもカリヴェル様が、本当にウィル様を暗殺したんだとして。

 周囲からの期待と重圧に耐えられなくなったころに、亡霊が出るという噂を耳にしたらどうなるだろうか。


 精神的に追い詰められるに違いない。


 式典の終わりに見たあの狂気に満ちた目が、脳裏によみがえる。

 活躍して民衆の心を掴んだシュゼア殿下のことを、敵だと思ったのかも。自分の地位を脅かす者だと思ったはず。


「シュゼア殿下、危なくないですか?」


「そうだな。これまでは研究に没頭して王族の責務を放棄している第三王子だったが、これからは実力のある王子としてまつりごとに担ぎ上げられる可能性がある」


「ええっ、でも母の実家は特にこれといって欲を出していませんし、何より僕は王位になんて興味がない」


 はっきり否定するシュゼア殿下だが、それをどこまで、誰が信じてくれるだろう。

 火のないところに、煙どころか大火事が発生するのが権力争いだと思うんだよね……。


 しばらく無言の時間が過ぎる。

 ごきげんなフェイがテーブルの上を駆けまわるけれど、私たちの空気は一向に良くならなかった、


 こんなとき、ハクだったらどうするだろう。

 ウィル様も私もどちらかというと突っ込むタイプだし、シュゼア殿下も意外にやらかしている。参謀がいない、致命的な組織じゃないかな!?


 どうしたものかと悩んでいると、ウィル様がやはり突撃案を出してきた。


「今から例の塔を見に行こうと思う」


「「え!!」」


 私とシュゼア殿下の声がハモった。そしてやはり血は争えないのか、シュゼア殿下はすぐさまそれに賛同する。


「わかりました。兄上がいるなら心強いです。僕なら結界を解除できるかもしれません」


「あぁ、任せる」


 二人はすぐに席を立ち、塔に侵入しようと決意を固めた。


「ユズ」


「はい」


「ここで待っていて欲しい」


「そんなことできるわけがないでしょう!?」


 危険な場所に二人だけで行くなんて。銀杖ぎんじょうの魔女は戦力になりますよ、と言いかけたらウィル様がふいに私を抱き締めた。


「ユズに何かあれば俺はもう立っていられない。だからここで待っていて欲しいんだ」


「そんなの私も一緒です!」


 なんなら私が行くからウィル様は待っていて欲しいくらいだ。


「私はっ、ウィル様の武器であり防具であり、魔物図鑑であり薬箱であり……とにかくウィル様の一部なんです!絶対に離れません!」


「ユズ」


「おばあちゃんが言っていました!『事実は予想をはるかに超えることがある』って。きっとこの先、想像もしなかった素晴らしいことが起こるんです。だから私もウィル様も無事に生きて帰れます」


 絶対に引く気がない私に、ウィル様が困っているのが伝わってくる。自分の過去に私を付き合わせたくない、そう思っているんだろうけれどもう乗りかかった船というか船頭を奪うつもりで乗ってるんだから待っているわけにはいかない。


 ぎゅうっとウィル様のシャツを握りしめると、ため息交じりに後頭部をそっと撫でられた。


「すべて明らかにして、一緒に帰ろう」


「はい……!」


 見上げると、穏やかで優しい菫色の瞳があった。笑い合うだけで、これからも絶対に大丈夫だと思える。

 抱き合っていると、背後から棘のある声がした。


「いつまでそうやってるんでしょうか?さっさと行きたいんですが」


 はっ!

 シュゼア殿下の存在を忘れていた。

 気まずい顔で私たちは腕を離す。


「行くぞ」


「「はい」」


 ウィル様は剣を下げ、私は銀杖ぎんじょうを手にする。

 シュゼア殿下にはハク特製の胸当てを貸した。即死は防ぎたいから、防御魔法も全員にかける。フェイはベッドの上のクッションに乗せ、お留守番をさせる。



 もう使用人さえも寝静まった時間。

 真っ暗な空に、黄金色の大きな月が浮いている。


 私たちは警備の目をかいくぐり、城の北側にある塔を目指した。

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