第43話 称賛と敵意

 キマイラの近くまで飛んでいくと、弓兵がじりじりと退却しながら攻撃を繰り出していた。その後ろでは魔導士が数人いて、キマイラに向かって炎爆を仕掛けている。


 口出ししていいものか、と思ったけれど、ドラゴンタイプのキマイラの身体は鋼のように固い。口を開いて中に攻撃を放つのがオーソドックスな倒し方である。


「ウィル様!」


「ユズ!」


――ザシュッ……


 ハクが整備して私が強化したウィル様の剣が、キマイラの尾を切り取った。風魔法で剣を強化しているから、攻撃力は反則並みに高いはず。


 ドサリと落ちた尾はしばらくピクピクと動いていたけれど、蛇が目をむいてあっけなく地面に沈んだ。あぁ、この素材を後でもらっていいかしら……?ちょっと雑念が頭をよぎる。


「ウィル様、口を開かせなければ倒せません!」


 私はウィル様のそばで止まり、銀杖ぎんじょうで宙に浮いたまま言った。非常時すぎて、ふわふわと浮いている私を見ても兵たちは動きを止めない。これはありがたい。


「口を開かせることができれば……ってウィル様ダメですよ!」


 自らが囮になってキマイラを引きつける空気を出したウィル様を見て、私は慌てて止める。命大事に、安全第一って言っているのにどうして無茶ばかりするんだろう。

 頭を抱えていると、とっくに避難したはずの人物がやってきた。


「リズ!」


「シュゼア殿下!?」


 護衛と追いかけっこしながらやってきたシュゼア殿下は、正装の上着を脱ぎ捨てた状態で袖まくりまでしている。


「口を開かせるんだな!氷を使って火を噴くように仕向ける!皆は炎爆を放てる準備をせよ!!」


 めったに表舞台に出てこない第三王子の威勢のいい声に、魔導士や騎士らは戸惑いを顔に浮かべるものの、黙って指示にしたがった。


 シュゼア殿下は両手を前に翳し、キマイラの前に大きなドーナツ型の氷の輪をつくる。

 私は銀杖ぎんじょうで飛んでキマイラに近づき、注意を引きつけて大口を開けるように仕向けた。


「ガァァァァ!!」


 目障りな私を消し炭にしようと、大きな口が開く。


「今です!」


――シュンッ……!


 シュゼア殿下が放った氷の輪が、キマイラの口に挟まる。メキメキと音が鳴り、強靭な顎でそれを砕こうとするが間に合わなかった。


「撃てー!」


 轟々と音を立てた熱い炎の塊が、氷の輪をくぐってキマイラの中に打ち込まれた。敵は体内に炎を抱えて燃え上がり、ものの数秒で地面に沈む。


――ドォォォォン!


 目を見開いてピクピクと全身を小刻みに揺らすキマイラに、ウィル様がすかさず心臓めがけて剣を突き立てた。その断末魔は避難していた者たちの耳にも届き、広場が一斉に静寂へと変わる。


「やったのか……?」

「倒した?」

「どうなったんだ」


 ぽつぽつと兵の声が上がる。

 私はウィル様と目を合わせ、混乱に乗じて群衆に紛れこむ。目立つのは得策ではない。

 これ以上にないほど目立っておいて何をって感じではあるけれど、逃げられるなら逃げたい。


 それに、皆の関心はシュゼア殿下に向いていた。


「シュゼア殿下が勝利なされたー!」

「「「うおぉぉぉ!!」」」


 第三王子の活躍に、広場にいた人々は湧き上がる。

 普段は引きこもっているシュゼア殿下が、たくさんの騎士や魔導士に感謝されて囲まれていた。戸惑う顔がちょっとかわいい。


 私とウィル様はそっと群衆から離れ、騒ぎの中心から遠ざかった。


「よかったですね、シュゼア殿下」


「あぁ。まさかあれほど正確に魔法を放てるようになっているとは」


 ウィル様がうれしそうだから、私もうれしい。

 手を繋ぎ、ごった返す人の中をこっそりと移動する。


 しかし、避難していたカリヴェル様の表情を見たとき、私の胸は堪らなくざわついた。

 広場の西側、多くの人がシュゼア殿下への称賛を口にして歓喜する中、カリヴェル様は鋭い目でそれを睨んでいた。


 まるで憎い敵を見るかのように、冷たく恐ろしい目をしていた。

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