第42話 銀杖の魔女は質問攻めにあう

「ところで、兄上のお身体は健康なのか?冥界からその、聖樹の木で種を育てたっていうのがどうにも理解できない」


 私がウィル様を唆したという疑惑は解けていないようだが、シュゼア殿下は兄の健康が気になるようで質問攻めにしてきた。


「以前のように身体は動くのか?元の身体より魔力が上がっているのはなぜだ。これから老いていく速度は?病気にはなるのか?」


「魂と身体がなじむまでに半年くらいかかりましたが、今はもうすっかり大丈夫です。元の身体より魔力が上がっているのは、私のさじ加減です。この肉体は普通の人と同じで、無理すればケガもするし病気にもなるし、不老不死ではもちろんありません。数十年後には渋いおじさまになると予測します」


 ふっ、全部答えたわ!

 最後のは私の願望だけれど、ウィル様はきっと渋いおじさまになると思うの。私だってそんなウィル様に似合うおばさまになってみせる。


 シュゼア殿下は妄想に浸る私を白い目で見て、まだ疑いの目を向けている。


「兄上の意志は兄上のものみたいだから、ひとまず信用するとして」


「疑り深いですね」


「仕方ないだろう。こんな境遇だ」


 そうですね。お兄様を暗殺されたり、次兄が主犯なようだったり、人を信じられるような境遇ではないな……。


「そもそもなぜ銀杖ぎんじょうの魔女はそれほど冥界に詳しい?冥界から帰ってこられる人間はまれなのだろう?なぜ普通の人間と同じだと、不老不死でないとわかる?」


「それは………………冥王様がお得意様だからです」


「その間はなんだ」


 怖っ!シュゼア殿下がかわいい弟から偉そうな王子様に戻っちゃってる!

 これ以上追及されるとボロが出そうだ。まだウィル様にも言っていないことが実はあるのに……。


 こうなれば逃げるに限る。怯える私はウィル様の後ろに隠れた。


「シュゼア、もっとユズに配慮して質問するんだ。ユズの厚意で説明してもらってるんだ、答えてもらえることは当然じゃない」


「……すみません」


 ウィル様に叱られてしゅんとなるシュゼア殿下。犬みたいでかわいい、とか絶対に本人には言えない。


「それはそうと、もう出かける準備をしなければいけませんよ。お二人とも」


 まだまだ話し足りないことはあるけれど、今日は王族も参加する式典がある。

 私たちはそれぞれの職場に顔を出し、式典が行われる広場へと移動した。



◆◆◆



「すごい人ですね」


 集まった群衆を見て、私は思わず嘆息した。色とりどりの花を一輪だけ手に持った人々は、カリヴェル様とトーリア妃の姿をひと目見ようと集まっている。


 パレードの際に、馬車に向かって花を投げるのが祝いの決まりらしい。


 室長は肩に手を添えて首をゴキゴキ鳴らしながら、「早く終わって欲しいよねぇ」とだけ呟いた。何かの研究をしていて、慢性的に寝不足と肩こりがひどいみたい。


 私たちがいるのは、広場の端につくられた救護室。けが人が出た場合はここで処置をするのだが、この世界の人は大けがを負わない限りは医者や薬師にかからないため、運ばれてくる人は必然的に重傷患者で命があぶない人ばかり。


 人の頭が波に見えるくらいわんさか集まっている状態だから、転んで頭を強打しないか見ているだけで心配になってくる。


 警備の兵も、皆一様に顔つきが険しい。




 式典が始まると、病床の国王様はやはり参列なされなかった。

 カリヴェル様とトーリア妃が国民に笑みを向けて手を振っているそのすぐそばで、普段は式典に参加しないシュゼア殿下も正装で立っている。


 薬草の汁がついた衣服を来ている姿しか見たことがなかったから、こうやってみるとものすごくかっこいい王子様だったんだなと思った。


 運ばれてきた人を何人か治療して、私は仕事をまっとうする。


 ところがそろそろパレードだなという時間になり、突然城の方角が騒がしくなった。


「うわぁぁぁ!!」

「逃げろ!!」

「きゃぁぁぁ!!」


 人の群れがわらわらと広場の両端に動き始める。


「何でしょう?」


「何だろうねぇ」


 救護室からは様子が見えず、私は先輩たちと呑気な声を上げていた。

 そう、その原因が目に留まるまでは……。


――ゴォォォォォォォ!!


「「「うわぁっ!!」」」


 下から突き上げるように地面が揺れ、獣の咆哮が広場をつんざく。

 薬の瓶や布を入れた箱が一気に崩れて私はそれを必死で支えた。


「あれは……何!?」


 薬師の女性が目を真ん丸にして、西側から突然現れた獣を指差す。

 黄金の毛をした獅子、しかしその背には固い鱗に覆われた翼があり、尾は蛇の姿をしている。


「ドラゴンタイプのキマイラです」


「キマイラ!?」


 体長は三メートルほどだろうか。かなりの大型である。

 私以外は誰もキマイラを見たことがないらしく、室長はあんぐりと口を開けていた。

 街中でキマイラを見たらびっくりするのは無理もない。


「どうしてここに!?あんなものが出てきたなんて一度も……!」


 室長が狼狽えて腰を抜かしてしまった。早く逃げないといけないのに、トップがこれでは困ってしまう。

 私のポケットから顔を出したフェイが「きゅる?」と緊張感のない鳴き声を上げた。


「アストロン王国の迷宮にはいないはずです。近隣の国にも。それはまぁ後で調べるとして、今はあれを何とかしないといけません」


「何とかって!?」


 西側にはウィル様がいるはず。

 一人で戦っているわけではないけれど、緊急事態だから私も手伝いに行こうと思った。正体がバレそうで怖いけれど、致し方ない。


「退避!退避!!」


 慌てふためく民衆を兵士が一生懸命に誘導しているけれど、とても沈静化できそうにない。

 けが人が出るだろうから、薬師や治癒士には今は逃げてもらわなきゃ。


「ちょっと行ってきますので、皆さんは逃げてください!」


 私は銀杖ぎんじょうを革のポシェットから取り出し、それにスッと跨った。


 フェイは私の右肩に乗り、一緒に行く気満々である。


「落ちないでね?」


「きゅるっ!」


 話が通じるようになってきたみたい。

 銀杖ぎんじょうに魔力を通すと、浮遊魔法で一気に五メートル以上の高さに飛んだ。


「ウィル様のところにしゅっぱーつ!」


 逃げ惑う民衆に逆らって、私は急いで広場の西側へ向かった。

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