第31話 ウィル様、お国が大変です

 その日の午後、聖樹の森にタマゾンさんがやってきた。ハクが依頼した、アストロン王国の情報を持って。


 ウィル様とリクアは迷宮探索に出かけていて、今日は夜遅くまで戻らない。


「いらっしゃい」


「おぉ、ハクのメシにつられてきたぞ」


 出迎えたハクを見て、タマゾンさんはニッと笑った。

 私たちは収穫した砂糖の実からつくった甘いお菓子をテーブルに並べ、食べながら報告を聞くことにする。


 席に着くと、タマゾンさんはぐいっとぶどう酒をあおった。


「いや~、アストロン王国との国境あたりが騒がしくてな。以前のように護衛なしではきびしくなってきた」


 治安が悪化しているらしく、商人たちには頭の痛い状況になってきていると言う。


「まぁ、これが報告書だが……状況はよくねぇな。ただし、数年前と比べるとってレベルで、ほかの国に比べればマシな方だ」


 手渡された報告書には、ウィル様の名前がある。

 私とハクは一緒にそれに目を通していった。


『ウィルグラン・レイガード 十八歳で死亡。表向きは病死、実際には何者かに毒殺されたと思われる。同時期に、衛兵がひとり不審な死を遂げているが関連性は不明』


 この衛兵が、ウィル様の死の直接の原因なんだろうか?それとも犯人を手引きして死んだのか。

 どちらにせよ、怪しい。


 報告書を見たハクが、呟くように声を上げた。


「今は第二王子が、王太子になっているんだねぇ」


 ウィル様は三人兄弟で、第二王子であるカリヴェル・レイガードが現在は王太子となっている。とはいえ、王様はウィル様が生きていたころから病がちで、実質の国王陛下としての責務を負っているのは王太子の地位にいる者なんだとか。


 カリヴェルは現在十九歳。ウィル様が生きていれば二十一歳になるから、二つ下の弟だ。


 そして、もう一人の弟はシュゼア。こちらはウィル様やカリヴェルとは違い、側妃の子になる。現在十六歳。


 ここまでは以前ウィル様から聞いたことがあり、私とハクは知っていた。


「ウィルとカリヴェルは母親が同じで、兄弟仲は表向き良好。カリヴェルは性格温厚、本と魔術が好きな人格者だという評判か。王族らしい王族ってところかなぁ。王太子だったウィルを殺せるなんて、家族が主犯かと思ってたけれど……」


 ハクは少しだけ首を傾げる。

 ウィル様の前ではさすがに口にできなかったけれど、家族が犯人ではないかというのは私も最初から思っていた。

 知力・武力に秀でた文句なしの王太子を殺すとなれば、国としてはダメージが大きすぎる。そうなってくると、兄弟の確執や恨みなんかが理由なのかなって思ってたけれど、兄弟仲が良好というのはその推察が間違っている可能性もある。


「カリヴェル様が後を継いで、うまくいっていないの?」


「うまくいっていないわけじゃねーが、ウィルグラン殿下のときが良すぎたんだ。その反動だな」


 タマゾンさんによると、王太子となったカリヴェルは何でもそつなくこなしているという評価もあれば、しょせんは第一王子の知恵を引き継いだだけとも言われていて評価は二分。

 特に、もともとウィル様を支持していた人たちからはきびしい評価を受けているらしい。


 そもそもウィル様が亡くなったことで、王太子直轄隊にいた猛者が揃って退団。傭兵団を結成したり、騎士団にはいるけれどサボりぎみだったり、全体的な士気の低下が目立つんだとか。


「ウィルグラン殿下は、名のある騎士に師事していたらしくてな。相当人望があったらしい。だがそれが今となっちゃ、あだとなっちまったようだな」


 将来有望だった第一王子がいなくなったら、信奉者たちの心を繋ぎとめるのがむずかしいのはわかる。


「それに末弟だな、一番問題なのは」


 タマゾンさんはもぐもぐとブルーベリーパイを頬張る。

 ハクはスッとはちみつを差し出した。


「第三王子のシュゼア・レイガード。ウィルグラン殿下には懐いていて、親交が深かった……か」


「ウィル様も弟二人が気になるって言ってたし、やっぱり仲は良かったみたいだね」


 第三王子のシュゼア様は、薬師として王宮勤め。でも長兄の死後は研究に没頭し、引きこもっていると報告書にはある。


「よっぽどショックだったのか、その第三王子がウィルグラン殿下の死に関連しているのか……噂は色々だとよ」


「う~ん、でも三年前だよね。十三歳が兄を毒殺?」


 私がそう言うと、タマゾンさんは苦笑した。


「わかんねぇよ~?性根のねじ曲がったヤツは年なんて関係ないからな。十三歳にもなってりゃ、人を殺すヤツなんてたくさんいる。嫌な世の中だよ」


「それはそうだけれど」


「ウィルの弟にかぎって、っていう考え方はやめた方がいいな。兄弟だって別人格だよ。ウィルがいいヤツだからって、弟二人がそうとは限らん」


 タマゾンさんは現実思考だった。

 まぁ、きびしい商人の世界で生きているからそれは当然なんだけれど……


 私もパイに木のフォークを突き刺し、もぐもぐと頬張る。

 するとハクが、第二王子の現状に目を留めた。


「第二王子のカリヴェルって結婚してるんだ」


「あぁ、ウィルグラン殿下が亡くなってからちょうど一年後にな。しかも相手は、もともとウィルグラン殿下の婚約者だった公爵令嬢だ」


 え、ウィル様って婚約者いたんだ。

 私は思わず報告書の文字を見つめる。


「宰相の娘のトーリア・イスマン公爵令嬢。年は第二王子と同じ十九歳。金髪、青目の絶世の美女だと」


「美女」


 あぁ、心の中にもやもやが……!

 ウィル様はトーリア様のことが好きだったんだろうか?もう昔のことなのに、気になってしまう。


 ハクは私の気持ちを察して、優しく笑いかける。


「お兄さんの婚約者と結婚かぁ。まぁ、王侯貴族ではよくある話と言えばよくある話だよね。トーリア妃は生まれたときから王太子妃になるべく教育されたお嬢さんで、相手が第一王子か第二王子かは関係なくて、王太子妃はトーリア様って決まってたんだと思うよ」


「そんなところだろうな。王太子の結婚相手なんて、よくて二択か三択だ。特にアストロン王国は血筋を重んじる国だ。ウィルが自分で妃を選ぶことはできなかっただろう」


 あ、なんだかタマゾンさんまで私に気を遣ってくれている。「そこに気持ちはなかったはずだよ」っていうフォローを感じる!


 私は苦笑いになった。


「でも結局、ウィル様の死は解明されないままでしょう?毒殺だったっていうのは、ウィル様本人から聞いたけれど」


 確か剣の稽古から戻って、自室で血を吐いたと。そして気が付いたら冥界だったというから、遅効性の毒だとしても半日以内に毒を盛られた可能性が高い。


 ところがハクは、腕組みをして首を傾げた。


「それって本当に毒なのかな。ノルトくんのときみたいに、呪術でも病や毒を植え付けることはできるだろう?直接の死因が毒でも、背景に何があったのかはわからないよ」


「え、私はウィル様が毒だって言ってたから完全に毒だと思っていた!」


「直接毒を盛るのは、バレる可能性が高いしね。僕が対象を秘密裏に消すなら……って、まぁそれは今はいいか!」


 ハク、さりげなく怖いこと言った。

 私とタマゾンさんの視線を受けて、ハクはにっこり笑うと紅茶を飲んでごまかす。


「報告書を見る限りでは、下の弟さんのことが気になるわ。ウィル様は弟のことを気にかけてたし……」


 これを知ったらどう思うだろう。

 今すぐ国に戻って、弟の姿を見たいと思うに違いない。できれば助けになりたいとも思うだろうな。


「僕からウィルに伝えようか?」


 そろりと隣を見上げると、心配そうな黒い瞳があった。

 ハクはわかっているんだ。私がウィル様に全部話すつもりだってこと。


 悩んだ結果、今日彼が戻ってきたら二人で伝えることにした。


「どう思うかな、ウィル様」


 あの優しい人が、国の現状を知って気にしないわけがない。でも私は……


「大丈夫。きちんと向き合えるよ、きっと」


 私は少し一人になりたくて、タマゾンさんにお礼を言って、二階の自室にこもった。

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