第30話 謎の石をもらいました

 本日も聖樹の森は晴天で、過ごしやすい気候に思わずうとうとしてしまう。

 が、そんな暇は私にはない。


 朝から冥界へ転移して、冥王様が好きなお菓子やめずらしい異国の果物などを献上し、そして冥界人たちに菓子や衣類などを販売した。


 ここで働く冥界人は、もともと人や獣人だった者たち。昔を懐かしむ彼らに、私が持ってくる商品は大人気なのだ。


 午後からはタマゾンさんが来ると聞いている。

 私は急いで納品を行い、冥界を飛び回る移動販売車に商品を積み込んでウサギ獣人にサヨナラをした。


 ところが転移魔法陣で帰ろうとしたとき、めずらしく冥王様がやってくる。相変わらずのイケメンだけれど、その目がトロンとしていて眠そうだ。


「ユズ、そなたが持ってきた菓子を食べ過ぎて眠いぞ」


「知りません」


 じとっとした目で冥王様を見ると、クスクスと笑って「冗談だ」と言った。


「あやつは元気にしておるか?」


 ウィル様のことだ。私は笑顔で頷く。


「とても強くなりました!おかげ様で元気にしています」


「そうか、息災でなにより」


 立ち話をしていると、私はふと思った。

 冥王様なら、ウィル様がなぜ死んでしまったのか全部知っているのでは、と。魂に触れずとも、前に現れるだけですべてわかるはず。その人が知らない情報さえも……


「あの、ウィル様のことなんですが」


「聞きたいことができたか?」


 あぁ、すべてお見通しなんだな。だから普段こんなところには来ないのに、わざわざ出てきてくれたんだ。

 私は苦笑する。


「冥王様は、全部ご存知なんですよね?」


「無論だ」


 やっぱり。


「…………いえ、聞くのはやめておきます」


「そうか。ウィルに直接は教えることはできないが、ユズになら話せるんだがな」


「冥界ルールですか?」


「あぁ、本人の知らぬことを本人に教えてはいけない。罰が下るわけではないが、これは私が遠い昔に決めたことだ」


 冥王様のまわりには、ふわふわと白い魂が集まってくる。囲んで、まるで踊るように舞う彼らを見て、冥王様は愛おしげに目を細めた。


「その昔、恋人にどうしても会いたいと乞う者がいてな……地上に返したことがあった。だが、その恋人はその者を追って自ら命を絶っていた。そして、戻った者も再びここに帰ってきてしまった。それ以来、同情だけで魂を下界に戻すのをやめた」


「では、なぜウィル様を」


「おもしろそうだったから」


「基準があいまい!」


私が眉根を寄せると、冥王様はふっと笑みを浮かべる。


「世の中は理不尽なものだ。誰もかれもが納得できる理由が存在するわけではない」


「まぁ、それはそうですけれど」


そうだった。冥王様はこういう人だ。良くも悪くも自分の心のままに生きていて、それが正義にあたるかどうかは微妙な人だということを思い出した。


「ユズ」


「はい」


「そなたは随分と大きくなった。その分、悩むことも迷うことも多かろう」


「そう、ですね……」


「思うままに生きればいい。人族の生は短いからな」


 冥王様はそう言って、私の頭にそっと手を置いた。

 何千年かわからない時を過ごしている冥王様からすると、私たちの一生なんて数日くらいの感覚かもしれない。


「私が瞬きした次の瞬間には、そなたらがここに来ているのではと思うことがあるぞ」


「早すぎます」


「ふふっ、また次も菓子を持ってこい。人の姿でな」


「魂では来ませんって。まだ先のことです」


「そうか。だが、これをやろう」


「何ですか?これ」


 冥王様がそっと私の手に握らせたのは、淡いピンク色の丸い石。鶏の卵くらいの大きさで、妖しげに光っている。


「聖樹の幹から摂れた結晶石だ」


「結晶石?」


 光に透かすと不思議な感覚になった。


「それは呪術や悪意を跳ね返す。ただ、持っていればいい。わかったな」


「はい」


 よくわからないけれど、私はそれを受け取った。ポケットに入れると、魔法陣の中心に立って冥王様に手を振る。


「また来ます!さようなら!」


 冥王様はふわりと柔らかな笑みを浮かべ、手を振ってくれた。

 遠くからエルフっぽい補佐官様が走ってくるのが見える。勝手に抜け出した冥王様を迎えに来たみたい。


 私は銀杖ぎんじょうを突き立て、魔力を注ぐ。


「聖樹の森の精霊たちに告ぐ、我が望むすべての扉を開けよ!我が家に進め!」


 足下が輝きだし、ふわりと風が舞う。

 一瞬にして転移した私は、ハクの待つログハウスへと戻っていた。



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