第28話 合理的じゃない
春の穏やかな日、それは突然やってきた。
今日はウィル様と一緒に迷宮に潜り、いつものように素材をギルドで売ってから聖樹の森へ帰る予定。
それなのに、ギルドではリクアが私たちを待っていたのだ。
「あれ?忙しいって言っていた仕事は終わったの?」
ここ数日、リクアがウィル様に剣を教えてもらうのは中断していた。錬金術士としての仕事が忙しいからだって私は思っていたのだが……
「今日、やっとここに戻ってきたんだ。クリスタルの迷宮に潜っていた」
「迷宮に?」
欲しい素材でもあったんだろうか。
一般的な錬金術士は必要な素材を買うことが多いけれど、リクアのお師匠様は自分で素材狩りをさせる人。迷宮に潜っていたと言われても不思議ではない。
「いや、一人で三十階層まで行ってきたんだ」
「一人で!?」
なんでそんなあぶないことを。私はびっくりして目を瞠る。
ウィル様も眉根を寄せている。
「無事に戻ってきてよかった」
ウィル様の言葉に私はうんうんと何度も頷く。
しかしリクアはもう終わったことだ、とばかりに大きく息をついた。
そしていつもみたいに茶化すのではなく、真剣な顔でウィル様を見た。
「ウィル」
「ん?」
「俺と勝負して」
いきなりの申し出に、私たちは困惑する。
「勝負って、剣で?」
さすがに剣では勝負にならない。それはリクアもわかっているはずだ。
「俺は錬金術士だから、魔法も使わせてもらう」
「なるほど。一対一の模擬戦ってことか」
ウィル様は納得しているけれど、私は疑問が湧く。
「ねぇ、勝負してどうするの?リクア、前に言ってたじゃない。『金も素材ももらえない喧嘩はしない』って」
錬金術師は、ある意味で私たちよりシビアだ。合理的で計画的、無駄なことはしたがらない人が多い。リクアも例にもれずそういうタイプなのに……
夕方のギルトは人が多く、私たちのそばを何組もの冒険者たちが行き交う。
近くにいたリクアの友人が、心配そうにこちらを見ていた。
「ユズ」
「うん」
理由を説明して欲しい。
私はじっとリクアの顔を見つめる。
「俺が勝ったらユズをもらう」
「は?」
どういうこと?
意味がわからず首を傾げてしまう。
「素材として?魔女狩り?それとも嫁にでもなれって?」
そんなバカな、と思って尋ねると、一瞬にして顔を真っ赤にしたリクアがぐっと口を引き結んでいた。
「え……」
絶句する。
思考が停止して、何を言っていいかわからなくなった。いつもと違う。
こんな顔のリクアは見たことがない。
「ねぇ、一体どういうことなの」
私の声は震えていた。
「「…………」」
無言のときがつらい。たまりかねて視線を落とすと、リクアがスッと息を吸い、大声で叫ぶように言った。
「俺はずっとユズが好きだったんだ!小さいままだと変態だって思われるかもしれないから、ユズが成長したら言おうってそう思ってて……それなのに、大きくなったらウィルが現れて!しかもそれがこんな強くて顔もよくて性格も大人でって反則だろう!!だから強くなって、絶対にウィルからユズを奪ってやるって思ってた!」
「ちょっと……!?」
こんなところで叫ばないで!
周囲の視線が私たちに突き刺さる。あぁ、冷やかす声まで飛び交い始めた。
「よく言ったリクア!」
「がんばれ!顔のいい男に負けるな!」
「おまえちょっとバカだけど、俺は応援するぞー!」
「よっ、玉砕!骨は拾ってやる」
リクアは野次馬に向かって逆切れする。
「うるせー!俺だってそこそこいい男のはずだ!」
えーっと、私はどうすればいいのだろう。
ウィル様を見上げると、困った顔で私を見つめ返す。
「とにかく!ユズを賭けて俺と勝負しろ!」
リクアはウィル様を睨みつけ、戦いを挑んだ。
私はオロオロするばかりで、今すぐここから逃げたいと思ってしまう。
だいたい、好きな人がいる女を無理やり奪うなんて、合理的じゃない。そんなことをしてもいずれ破綻するか後悔に苛まれて幸せになれない。
ダメだ、デメリットが多すぎる。絶対にこんなのリクアっぽくない!
「リクア、こんなのあなたらしくないよ」
「俺らしいって何!?世の中には理屈じゃないこともあるんだよ!ユズは黙ってて!」
……私のことなのに!なぜか部外者扱いされて、私は膨れてしまう。
「で!?ウィル、どうなの!?」
ウィル様はしばらくリクアと睨み合った後、ついに口を開いた。
「リクア、勝負は受けよう」
「受けるの!?」
「ただし、ユズは賭けない。ユズはユズのものだから、俺がどうこうできる存在じゃない」
正論。ものすごく正論だ。ウィル様は至極まともな返事を返した。
が、それでリクアが納得するわけはなく、しばらく押し問答は続いた。
「勝った方がユズの恋人になれる!それが条件だ!」
「リクア、それは無茶だ。そういう勝負なら受けない」
「逃げるのか!?ウィルはユズのこと好きじゃないんだな!?」
「落ち着け。人を賭けるのはよくないと言っている」
――ゴリゴリゴリゴリ………………シュンッ
みんなが二人に注目している間、私は魔法陣を描いた。そして最強の助っ人を召喚した。
「何やってるの?」
ナイフとりんごを持ったハクが、光の渦の中心に立っている。どうやらパイを作る途中で召喚してしまったみたい。
「ごめん、ハク。リクアが……」
手短に状況を説明すると、ハクは半眼で二人を眺めた。
そして、持っていたナイフを突き出して、二人の間に入る。
「ごはん!うちで食べるよね?」
「「え」」
「リクアも!」
「は、はい!」
さすがお母さんだ。二人は言い合いをやめ、おとなしくハクに従った。
「まったく、そろそろ帰ってくるかなって思ってたらこんなところで何やってんの。帰るよ!?」
「「「はい!」」」
ハクに叱られ、私たちはさっと魔法陣の中心に立った。
私は
「聖樹の森の精霊たちに告ぐ、我が望むすべての扉を開けよ!我が家に進め!」
ふわりと心地いい風が巻き起こる。
驚く周囲の人には構わず、私たちは聖樹の森のログハウスへと転移した。
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