第26話 後日談

 レイナルが持っていた巻物スクロールは無事回収され、王国の騎士に渡した。が、呪術のそれだけは「手に負えないから処分してくれ」と偉い人に依頼され、私が聖樹の森の河原で燃やした。


 パチパチと燃え上がるそれは、災厄をまき散らすものだというのにとても美しかった。


 呪術系の巻物スクロールは、適当に薪で燃やせないので、こうして魔女や魔導士が焼くしかない。

 でも私としては、焼くだけで金貨三枚ももらえたからまさかのおいしい商売だった。


 儲けたお金で「大きなチーズを買って、みんなで食べよう!」ということになり、ハクがさっそくかまどでパンやお肉を焼いてくれて、とても楽しいチーズパーティーができた。

リクアも彼の師匠も、タマゾンさんの家族も呼んで楽しかったな。




 その後、レイナルはノルトくん暗殺や違法な商売が露見し、あっさりと牢獄へ。

 エミリア様の前の婚約者が投獄されたのもすべてレイナルが仕組んだことらしく、彼は無事に釈放されたそうだ。


 再びその二人が婚約するかどうかは私にはわからないけれど、エミリア様は「しばらく結婚はいい」とさすがに疲労を滲ませていた。


「魔女ちゃんはどう思う?結婚した方がいいかしら」と聞かれたけれど、魔女は国に属さないからそもそも結婚制度の枠内にいない。


 歴代の銀杖ぎんじょうの魔女の中には、貴族と婚姻関係を結んだ人やパートナーと添い遂げた人もいたけれど、戸籍を国に提出して夫婦になるという概念はないのだ。私たちにとっては、結婚制度はよその世界の文化みたいな印象であり身近なものじゃない。


 私の話を聞いたエミリア様は「魔女って自由なのね」と微笑んだ。


 自由って何だろうなぁ。銀杖ぎんじょうの魔女としての仕事は年に一度だけだけれど、基本的に聖樹の森から離れられない私たちを自由と呼ぶのだろうか。


 考えても答えの出ないことは考えない、それが祖母の教え。

 私はこの疑問を胸の奥に追いやって忘れることにした。




 今日はブルクハルト家で、一連の報酬を受け取って、ノルトくんにもお別れを告げる。


「元気でね。もう自分を囮にしたらダメよ?」


「わかった。これからは自分の身に危険がない方法でがんばる」


「……」


 本当にわかってるのかな!?

 不安は拭えないけれど、これにてリクアが持ってきたお仕事は終了した。


 夕日に照らされる街を眺めながら、私たちは馬車で聖樹の森まで送ってもらう。私の隣にはウィル様が、正面にはリクアがいる。


「結局、エリクサーを買うよりは安かったのよね」


「そうだな。半分くらいで済んだんじゃないか?」


 報酬は決して安くないし、むしろお金持ちだからこそ出せる額なのだが、それでもエリクサーよりはずっと安い。冒険者ギルトや商業ギルトの仲間たちにも動いてもらったので、その分の報酬を含めても。


「それにしても蛇獣人ってめんどうだな。俺の師匠は熊獣人だから、無口で実直なタイプだけれど」


 リクアが呆れたように言った。


「だが、人にいろんな人間がいるように獣人も色々だろう。今回は確かに驚いたことばかりだったが……」


 ウィル様が苦笑する。

 確かに、人も獣人も、冥界に住む人も様々だ。願わくは、いい人だけに出会いたい。


「ふあっ……」


 今朝は早くから依頼分の魔法道具を作っていたから、私は寝不足であくびが出る。

 するとウィル様が、私の頭を自分の肩に引き寄せた。


「着くまで寝ていればいい」


「そうさせてもらいます」


 ウィル様にもたれて、私は目を閉じた。

 はぁ……、ずっとこうしていたい。すっかり逞しくなった腕に頬をすり寄せると、ウィル様のにおいがした。つい甘えたくなってしまう。


 眠りに落ちていく中、リクアの声が聞こえていた。


「なぁ、ウィルとユズ近くないか」


「それは隣に座ってるから」


「いや、そういうことじゃなくて……ウィルはユズのことどう思ってるんだ?」


「好きだ」


「いや、だから……って、え!?」


 ガタゴトと揺れる車内。心地いいひづめの音。

 リクアが何かを叫んでいるのがかすかに聞こえたけれど、私は深い眠りへと落ちていった。





それから数日が過ぎ、リクアは一層きびしい鍛錬を行うようになっていた。ウィル様を絶対に超えるんだってがんばっている。


 その姿を見ていたハクは、呆れて言った。


「今から剣士になるつもりかな。人の気持ちって力技ちからわざでどうにかなるもんじゃないと思うんだけれど」


 まぁ、強くなりたいと思ってがんばるのはいいことだ。私たちはそっと見守ることにした。


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