第25話 捕縛は速やかに
暗闇の中、一人の男が必死になって走っている。
ときおり獣の遠吠えが聞こえ、そのたびに転びそうになるに男は走り続けていた。
蛇獣人のレイナルだ。
ノルトくんが回復したという報告を聞き、今度こそ亡き者にしようと自分の邸を出たところ、足元が光り出してここに飛ばされて現在に至る。
気づけば真っ暗な森の中にいた彼は、襲い来る未知のものから逃げ回っている最中なのだ。
魔法陣で彼をここに転送したのは私。
そして、今レイナルを襲っているのはリクアが作り出した土人形。いろんな形があって実はちょっとかわいいんだけれど、暗闇だからそれは人や魔物に見えてしまう。
――ザクッ!
「ぎゃあっ!!」
風の刃がレイナルの腕を掠めた。
放ったのはウィル様だ。
ハクが「風魔法をそろそろ覚えよう」と、まさかの練習を提案してこうなっている。黒狼獣人は、自分が認めた者以外にはわりと冷酷というか、興味がないからさらっと始末しようとする節がある。
でもウィル様はそうでないから、自分が放った風の刃がレイナルの急所に当たらないように集中していた。
「どう?」
「う~ん、なかなか使わないなぁ。
レイナルは出かけるときに、
彼が持っている巻物は、攻撃魔法の
リクアとウィル様が仕入れてきた情報によると、レイナルは今回のノルトくん暗殺が失敗したときのために、もうひとつの策を用意している。
それがその呪術の巻物で、これを使うと再びノルトくんに病が植え付けられるのだが……
『ノルトくんに再び呪術を使っても、フリック病はもう発症しないよね。ってことは』
もう嫌な予感しかしない。
『うん、呪術が失敗して、そのあたりにいる人に災厄がかかるな』
つまり暴発するのだ。リクアの返答に、私は遠い目になった。
絶対にそれだけは防がなくてはいけない、
その結果、レイナルを泳がせて
「もっと追い詰めたら使うかな」
リクアが両手を前に
「ねぇ、もしかして持ってることを忘れてる?」
蛇獣人は魔力が少ないから、どうしても
「ええ、バカなの?あいつ」
心底呆れた、という声を出すリクアに私は苦笑する。
追い詰めて捕えるというのは残酷かもしれないが、何の罪もない十歳のノルトくんを私欲のために殺そうとして、さらにはそれが街の人たちにも広がる可能性があったのだ。
少しくらいは絶望してもらいたい、と思う気持ちもある。
ウィル様は正面から堂々と捕えようと言ったけれど、多数決でこうなったのだった。
――ドザッ!
「ひぃぃぃぃ!」
ついにレイナルは派手に転んでしまった。
そろそろ巻物を使ってくれないと……ハクが怒ってるから空気が怖い。
レイナルは地面に顔を突っ伏して、身動きできなくなっていた。
ウィル様は彼に近づき、その首元に剣を突き付ける。
「おい」
「ぎゃああああ!」
「持っている
あ、ストレートに脅すんですね。
レイナルはガクガクと震えながら、懐の巻物を地面に置いた。
「
私が
ウィル様は剣を下ろし、私の方に歩み寄ってきた。
リクアが拘束具を手にして、レイナルに嵌めようとする。
「くそぉぉぉ!!」
しかしその瞬間、我を忘れたレイナルが大蛇の姿に変わり、口からありったけの魔力を篭めて魔力砲を放った。
その狙いは私。まっすぐに青白い光の塊が飛んでくる。
「あ」
即座に防御壁を作ろうとした。
が、目の前に割って入ってきた大きな背中に、私は愕然となる。
――バシッ!!
「ウィル様!!」
「「ウィル!!」」
両腕を顔の前で交差し、光の塊を受けたウィル様。赤い血が周囲に散った。
ドサリとその場に倒れ込んだウィル様は、両腕が血塗れだった。
「ウィル様!」
私はそばに座り、慌てて革ポーチからポーションや回復魔法の
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫。
急所じゃないし、出血もひどくないし、大丈夫。
ドクンと心臓が跳ねる音がする。震える手でウィル様にポーションをかけ、シュワシュワと白い煙が上がるのを確かめた。
その様子を見ていたリクアは、魔力を使い果たして気を失ったレイナルを乱暴に蹴り上げると、獣人用の拘束具をしっかりと嵌めた。
「ウィル様!どうして……!」
私ならあんな魔力砲くらい、避けずともはじき返せた。防御壁で無にすることもできた。
それなのになぜ前に飛び出したのか。
ポタポタと涙が落ちる。
「ううっ……さすがに痛かったなコレは」
「当たり前です!」
すでに腕の傷はない。地面に座り、片膝を立てたウィル様は腕のケガを確かめている。
「私は自分で防御できるのに……!」
泣きながら訴えかけると、ウィル様は困った顔をした。
そっと私の目元を指で拭い、「ごめん」と呟く。
「気づいたら飛び出していた。ユズがあんなもので傷つかないくらい理屈ではわかってるんだが……身体が勝手に動いて止められなかった」
「また死んじゃったらどうするんですか……!」
命を大事にってハクから言われたのに。
「ホント、どうしようか」
「どうしようか、じゃありませんよ~!」
「あぁ、ユズ。泣くな」
両手で顔を覆い号泣していると、ウィル様が片腕で私の頭を抱え込む。
「ごめん。防御もうまくなるから」
「そうじゃなくて、私の前に出ないでください」
「それは」
「ウィル様は置いて行かれる気持ちがわからないんです!もう私は誰にも置いて行かれたくないんです!」
「……すまない」
わんわん泣いていると、リクアとハクがそばに歩いてくる音がした。ザクザクと地面の葉を踏みしめる音は、すぐそばで止まる。
「僕たちはコレを処理してくるから、二人はゆっくり戻っておいでよ。魔法陣で聖樹の森に帰れるでしょ?」
顔を上げられない私。ウィル様はそのままの体勢で「わかった」と告げた。
「え、ちょっ……待っ」
リクアは戸惑っているみたいだったけれど、さっさと歩いていくハクの後ろについて離れていった。
しんと静まり返った森の中。ここはブルクハルト家の私有地で、人も動物もいない。
ウィル様はそっと頭を撫でてくれて、私が落ち着くまで待ってくれた。
「すまない、ユズ。もう勝手なことはしない」
「危ないことはしないでくださいね?」
「……善処しよう」
自信なさげなウィル様の声に、私は顔を上げてじとっとした目を向ける。クスリと笑った彼は、慈しむようにその目を細めた。
はぁっと息をついた私。大きな手が私の頭をそっと挟む。
「ユズにケガがなくてよかった」
血のついた袖。
自分はケガしたくせに、ウィル様はそう言って笑った。
そして、私の額や頬、瞼にキスをする。
「ごめん、泣かせて」
「許します。今回だけ」
「そうか」
そっと触れた唇は冷たかった。
縋るように胸に飛び込むと、ぎゅうっと包み込まれて安心する。
どうかこの人を、なるべく長く生かしてください。
私はそう願った。
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