第24話 ネバネバは苦手です
まもなく日暮れという頃、ノルトくんの部屋に描いた魔法陣がキラキラと輝き始めた。
ふわりと風が巻き起こり、何もなかった空間に二人の人影が見えてくる。
――シュンッ……。
光が収まると、そこにはちょっと髪が焦げたリクアと、ローブが
「おかえりなさい!」
私は椅子から立ち上がり、ウィル様に飛びついた。ウィル様は一歩足を引き、私をしっかりと受け止める。
「ユズ、ただいま」
背中に添えられた手が優しい。
あぁ、帰ってきてくれたんだ。そう思ったら急に力が抜ける。
「ケガは?大丈夫でした?」
頬や肩にペタペタ触れながらそう言うと、菫色の瞳が柔らかな印象になった。
「大丈夫だ。指を少しヤケドした程度だったし、それもリクアが持っていた薬ですぐに痛みが引いた」
「よかった」
二人が獲りに行ったのは、爆炎トカゲ。口から炎を吐く凶暴なトカゲである。サイズは一メートルくらいだから魔物の中では小さい分類だけれど、火を噴く口を先に押さえないと接近戦では不利になる。
「いや~、久しぶりに炎系の魔物を相手すると疲れるな~」
そう言ってリクアが笑った。
近隣の迷宮には水系や土系の魔物が多いから、炎系はあまり相手にすることがない。
でも空飛ぶ魚よりは倒しやすいと思うんだけれど。
「いい子にしてたか?ユズ」
リクアは笑顔で私とウィル様の間に腕を滑り込ませ、無理やり引き剥がした。
まるでウィル様の護衛だ。
私は拗ねた顔でリクアを睨むけれど、彼はまったく動じない。
「二人が無事に戻ってきてくれてよかったよ~」
ハクがそう言って素材の袋を受け取った。見た目よりも重そうで、リクアが魔法で凍らせてあるんだろうけれどちょっと生臭い。
鮮度が大切だから、今すぐ素材を
「さ、ユズ。行こうか」
「うん。ウィル様とリクアは休んでいてください。私たちは隣の部屋で薬を作りますね」
私は
ウィル様は私たちと一緒についてきてくれて、リクアはノルトくんの状態を診るためにその場に残った。
隣室へと移動すると、用意された広い台に素材や
「うわぁ、久々に見た。爆炎トカゲ」
目がぐりんとしていて気持ち悪い。魔法で氷を解凍すると、口からいっぱい唾液が出ているし、表面はネバネバだし……
「ううっ、新鮮な素材は苦手だな~」
私がそんなことを呟くと、ウィル様が不思議そうに言った。
「普段からあやしげな素材をたくさん使ってるのに?」
「だって、乾燥している素材ってゼンマイやわらびみたいなものですよ」
原型をとどめていないからなぁ。キマイラの肝だって、乾燥すればただの茶色の紐にしか見えないし。
「そろそろいいかな。ユズ、これくらいでいい?」
ハクは手際よく、トカゲの皮から粘液だけをナイフで削り取り、ぷるんとしたゼリーのようなものを木製の椀に入れていく。
「うん、お願い」
私は赤や黄色の乾燥した粉を決まった分量を量って混ぜ、聖樹の雫にそれを溶かす。
魔法で空中に浮かせて全工程を行うのは、余計なものが混ざらないようにするだめだ。
「おいしくな~れ、おいしくな~れ」
「ユズ。とんでもないものが出来上がってるが……」
ウィル様がそう言うのも無理はない。薄緑色に光っていた聖樹の雫が、素材を混ぜることによって黒というか紫というか不気味な色に変わっていた。
生死がかかっていなければ、絶対に口にしたくない感じがする。
「はい!これで最後!」
どす黒くなった空飛ぶ液体に、ポンッと半透明の実をハクが投げ入れた。
ときおり光を放ち、それが数分で収まると、私はすぐに瓶の中にすべての液体を風で流し込む。
「できた!」
「「うわぁ……」
ウィル様とハクが嫌そうな声を出す。
わかるけれど。ものすごく気持ちはわかるけれど。
「これ、水分を除いて小さく練って丸薬にした方がいい?」
ノルトくんが飲んでくれるか不安になってきた。この見た目である、意識があったら拒絶することは予想できる。
「キャンディみたいにしてみるとか」
「真っ黒いキャンディ?」
「……かわいい形にしてみるとか」
ハクは腕組みをして悩んだ結果、意識が朦朧としている今のうちに液体でたくさん飲ませ、あとは丸薬にしようということになった。
私とウィル様も同意する。
「さぁ、早く飲ませて解決しちゃいましょう!」
◆◆◆
それから三日後、ノルトくんはようやく喋れるほどに回復した。
案の定、どす黒い液体を目にするとドン引きしていたので、丸薬にして飲んでもらっている。
「よかった。順調に回復してるみたいで」
私はそう言ってノルトくんの持っていた食事の器を受け取る。
食欲もあるみたいで、今日のお昼はオートミールを食べることができた。量は少ないけれど、食べたいという欲求が湧くのは元気になった証拠だからエミリア様も安心している。
ノルトくんが眠っていた間、リクアは冒険者仲間のツテを使って情報屋のところに向かっていた。
レイナルがノルトくんに毒を盛ったという証拠をつかむためだ。
貴族ルートならエミリア様でもわかるかもしれないけれど、もしもレイナルが通常のルートでないツテを頼って疫病の原因を入手していたとしたら。
他の人に病が広がる可能性も含めて、冒険者ギルドや商業ギルドも秘密裏に協力してくれることになった。
ノルトくんは顔色もよく、このままあと三日ほど薬を飲み続ければもう大丈夫だろう。
一度かかれば再発はしないから、エミリア様や乳母の人の分は薬を取っておくとして、新しく薬を作る必要はない。
薬を作りおきできればいいんだけれどなぁ。いっそ改良しようかと私は思っていた。
悩んでいると、ベッドの上に座った状態のノルトくんがへらりと頬を緩ませた。
「僕、助かったんだよね。よかった……
「え?」
私は思わず聞き返す。
「予想よりってどういうこと?」
ハクと二人して、ノルトくんに顔を寄せる。
「あっ!」
言ってはいけないことを言った、そんなリアクションだった。
「君は、自分が病気になるって知ってたのかな?」
「あ」
ハクを見て少年が震えている。顔は笑ってるけれど、ものすごく怖い。
そして少年は秒速で白状した。
「姉上はこの婚約に乗り気じゃなくて……そもそも家同士の繋がりで結婚が決まったわけだし」
ノルトくんによると、もともとエミリア様の婚約者は別の人だったそうだが、その人が冤罪(あくまでノルトくんいわく)で捕まって、その後に婚約者となったのがレイナルだという。
「あいつはうちの爵位や金が欲しいだけなんだ。それに顔は笑ってても僕のことは嫌ってると思った。きっと僕が爵位を継ぐってはっきり宣言したら、絶対に何か仕掛けてくるって思ったんだ」
「それは、暗殺ってこと?」
ノルトくんは黙って頷いた。
「予想よりってことは、毒を盛られると思ってたの?」
「そうだよ。食べ物や飲み物に毒を仕込まれると思ってたんだ」
「でも毒じゃなくて、病だったってこと?」
「うん。キツネ狩りに行ったとき、絶対に何か仕掛けてくるって思ったんだ。それに僕を攻撃すれば、それこそ正当な理由で婚約破棄ができる。だから……」
「待って、エミリア様はこのことを知ってたってこと?」
ノルトくんは何も言わなかった。それが肯定を示している。
つまり、弟が自ら囮になると言ってそれを姉も承諾した、と。証拠をつかんで婚約破棄するつもりが、予想以上のことをされて窮地に陥ってしまったらしい。
「なんて危ないことを……!」
「ごめんなさい」
私に謝られても困る。
一番悪いのはレイナルなんだけれど、策士策に溺れるというかスッキリしない感じはあるなぁ。
ハクは恐れ多くも侯爵家当主であるエミリア様を呼びつけ、事情の説明を迫った。
強い、ハクは強い。
でもエミリア様は「あら、話したの?」くらいの反応でまったく反省はない。
「ノルトくんは危ない状況だったんですよ?」
身分のことを忘れて、私はつい眉根を寄せた。
「そうなのよね。でも、いずれこの家はノルトが継ぐんだし『自分のことも姉上のことも守ってみせる』って。何て勇敢な魂なの、そう思って……私感動しちゃって」
自分の弟が死ぬところだったのに、なぜかその口からは勇敢さをほめたたえる言葉が出てくる
「本当によくできた子で、私の自慢だわ。賢いっていうのは知っていたけれど、ノルトの優しさや心の強さって普通のこどもじゃないと思うの」
ハクはもう呆れている。すでに皿やカップを片付け始めていて聞いちゃいない。
「で?結局、自分たちの予想を超える病気に感染させられて、どうするつもりだったんですか」
「うっ……!そこは危なかったわ。今では後悔してる」
「後悔はいいんで、反省してください。これが使用人や街の人に感染していたら、あなたたちはたくさんの人の命を奪うことに加担したも同然だったんですよ」
私は怒りが収まらず、エミリア様を叱った。
が、彼女は急にか弱いふりをして、しなを作った。
「やだっ……魔女がきびしいんだけれど」
上目づかいでハクを見て、同情を誘おうとする。
「っ!!」
本当に殴らなかった私を褒めてあげたい。
ハクに寄りかかろうとしたエミリア様は、さっと避けられてバランスを崩す。
逃げるのが速いのもハクのすごさだ。言い寄られ慣れている男は違う。
「と、とにかく。私たちはレイナルを問い詰めます」
「証拠もないのに、ですか?エミリア様ってけっこう強引なんですね」
勢いで進むのは蛇獣人の特性だとハクは苦笑する。
どうしたものか、と思っていると、部屋の床に描いていた魔法陣が光り出し、リクアとウィル様が街から戻ってきた。
「おかえりなさい!どうだった?」
二人はギルドや酒場を回って情報を集めてきたはず。
私が期待を込めて声をかけると、ウィル様が真剣な顔で頷いた。
「ハクの考えた通りだった。隣国からきた怪しげな薬師から、レイナルの仲間が布を買っていたらしい」
ウィル様がフードを取ると、その艶やかな紺色の髪が露わになった。
リクアもフードを取り、顔を左右に振って頭を掻く。何だかちょっと犬っぽい。
「その布に、呪術が仕込まれていたんだろうな。フリック病にかかる術が仕込まれていたんだろう」
「ねぇ、ノルトくん。狩猟のときにハンカチか何かを借りなかった?」
私はベッドの上のノルトくんを見て尋ねた。
彼はあっと思い出した顔をして目を瞠る。
「獲物の血が飛んだとき、レイナルがハンカチを貸してくれました。変わった素材だなって思ったんです」
あぁ、しかもこのハンカチに呪術を仕込むやり方は、好きな人とお近づきになりたいっていうご令嬢の希望を叶えるために、私のおばあちゃんが生み出した手法だ。
完全に悪用されている。
ハクはそれを知っているから、落ち込む私の肩をポンと叩いた。
エミリア様は不安げに言った。
「それでレイナルを捕らえることができるでしょうか?」
私たちは沈黙する。
だって依頼はノルトくんを治すところまでだ。お家騒動に首を突っ込むのは、錬金術士の仕事でも、魔女の仕事でもない。
ただし、ノルトくんをきっかけに街中に病が広まる可能性や、私のおばあちゃんの術を悪用したのは許しがたい。
そこで私はエミリア様ににっこり笑って言った。
「悪者退治は、冒険者にご依頼してはいかがですか?」
私とハクの視線が、ウィル様に向かう。
「え……?」
目元を引き攣らせたウィル様。
ふふ、そんな顔も素敵。
その後、私たちは部屋を移して作戦会議に入るのだった。
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