第20話 恋ってすごい
ウィル様をひとまず先に部屋に戻した私は、ハクと二人でテーブルにつく。
母の手帳を読んだこと、それを伝えたかったから。
「あのね、ハク」
「何?」
「読んだよ、お母さんの手帳」
ハクはすでに目を通していたらしく、黙って頷いてくれた。
「私のことかわいいって……バカみたい。甘やかしちゃうのが怖かったから、目も合わせられないって」
顔と心が違うにもほどがある。幼かった私に母の内心がわかるはずもなく、すれ違ったまま今日まで来てしまった。
ハクは私を見て、優しい声音で言った。
「アリアドネ様はそういう人だったよ。自分の気持ちを出すのが苦手というか、理想像があってそれに自分をがんばって合わせているようなところがあった気がする」
「そうなの?」
「うん。ユズと似てるね」
これまでだったら、似てると言われても「そうかなぁ」としか思えなかったのに、母の内心を知ってしまった今では「そうかも」と思ってしまう。
母も私も、
「そうかもね……。似ているのかも。うん、そうだね」
「そうだよ」
「はぁ、それにしてもお母さんたら言ってくれればよかったのに」
「言えなかったんでしょう、アリアドネ様だから」
「お母さんだからね」
ふふっと笑い合うと、自分の心が軽くなっていることに気づいた。
ウィル様がいなかったら、あの手帳が見つかることもなかったし、私は母の気持ちも愛情も知ることはできなかっただろう。
ウィル様と、そして見守ってくれたハクに感謝しなくては。
「ハク、ありがとう」
そう言うと、彼はきょとんとした顔をした。
「何が?」
「ずっとそばにいてくれて、ありがとう」
ハクは控えめに笑う。
「ユズは手のかかる子だからね」
「ええ~?」
「そうだよ。手帳を開くのはもっと時間がかかると思ってた。こういうことは僕が言っても仕方がないから黙っていたけれど、いつ読める日が来るのかなって……よく勇気が出たね」
「それは」
ウィル様がいたから。
彼の優しい笑みを思い出し、そして同時に抱き締められたことも、キスをしたことも思い出す。
「ユズ?」
沈黙した私を見て、ハクが怪訝な顔をした。
「まさか、ウィルと何かあった?」
「ひえっ!?」
声が裏返る。心臓がバクバクしだして、顔が熱い。
ハクは眉を顰め、私たちに何かあったのだと察した。
「ちょっとウィルを呼んでこなきゃね~?」
「え!待ってハク!!」
顔を上げたら、もうそこにハクはいなかった。
階段を駆け上がる音が二階から聞こえる。
すぐにウィル様も一階に連行され、ハクの事情聴取がはじまった。
「で、どういうことかな?」
私とウィル様は隣同士に座り、正面にハクが座っている。
腕組みをして、「さぁ吐け」という態度のハクが怖すぎる。
「えっと、ハクお母さん」
「誰がお母さんだ、誰が」
冗談が通じない。私は何から切り出そうかと迷う。
だがウィル様の精神力は強かった。
「俺はユズリハが好きだ。それを今しがた伝えた」
「ウィル様!?」
いきなりそう報告したウィル様に、私はぎょっとした。
ハクもびっくりしていて、めずらしく狼狽えている。
うん、びっくりするよね!?直球だもんね!
私は急激に恥ずかしくなり、再び赤面して俯いてしまう。
ウィル様の精神力の強さを分けてもらいたい。
そしてさらに、呆気にとられるハクに向かって、ウィル様が真剣な顔で尋ねる。
「俺はユズと恋人になりたいと思うのだが、こういうときは誰に許可を取ればいいのだろう?」
「っ!?」
大真面目にそんなことを言われ、私は絶句した。
恋人になりたいって明言するなんて、今さらながらドキドキが収まらない。
両手で顔を覆い、頭をブンブン振っていると、ポニーテールにした銀髪も激しく揺れた。
「ユズはどう思う?」
「どうって……!?」
今、私にそんなことを考える余裕はありませんっ!
ますます顔を赤くしてパニックになる私を見て、ハクは大きなため息をついた。
「ウィル、大真面目にそんなこと言わないでくれるかな。ユズがいいって言ったらいいに決まってるだろう?だいたいユズがウィルを好きなことは、街中の人が知ってる」
え?ハク、ちょっと待って。それは嘘よね!?冗談よね!?
後で確認しよう。
「誰の許可もいらないよ。それに僕はウィルのこともユズのことも好きだから、二人がそうなるのは構わない」
「本当に?」
「うん。君たち二人の様子を見ていると、これから色々と心配だけれどね」
じとっとした目をウィル様に向けるハク。これはもう諦めている顔だ。
保護者的存在なハクがこう言ったので、ウィル様はパッと破顔した。
「そうか。ユズ、ハクの許可が下りた」
ウィル様は喜びを露わにして、私の手を取った。
「っ!」
「大事にする」
キラキラとした瞳。嬉しそうな顔。私は顔面が燃えるかと思うほど熱くなった。
「はい、ウィル。節度を持った交際をね~」
あぁ、ハクが怒るのを通り越して呆れている。
それでもウィル様は爽やかな笑みを浮かべて、「わかった」と返事をした。
私の手を握るウィル様の手は、皮が厚くなってすっかり剣士の手になっている。大きさも全然違うし、力強いし、好きな気持ちは絶対に私の方が大きいけれどこの触れ合いには戸惑ってしまう。
「あの……うれしいんですが」
「ユズ?」
「……」
あああ、菫色の瞳がきれい。大好き。
私、全世界の魔女の中で一番しあわせだと思う。
「ウィル、いったん離れようか。ユズが冥界行きになる」
ハクに止められて、ウィル様はようやく私の手を解放した。
純粋な人だから、好意を持ったら表現方法もまっすぐなのかもしれない。
「どうしよう。私、
お母さん。
あなたが私に魔術をかけて、ずっと十歳児にしていたのは正解でした。
恋ってすごい……!心が乱されて、とても正常に魔法が使えそうにありません。
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