第6話 新しい身体を手に入れよう
ウィル様の肉体を得るために私が向かったのは、冥界にある転生者のための施設。
湖のほとりにある白亜の建物だ。
ここは、転生者が生まれ変わるために必要な肉体をつくっては出荷する場所。ここでつくられた種は、聖樹のもとへ運ばれ、そこで次の生を受けるべく虹の橋を渡っていく。
私はまずここで肉体の種を手に入れて、それを聖樹の幹で育てて大きくしなくてはいけないのだ。
「こんにちは~」
勝手知ったる場所であるため、私はズンズンと入っていく。工場の扉も、私が描いた魔法陣で勝手に開くようになっている。
ウィル様は私の肩あたりをふわふわと飛んでついてきていた。抱っこさせてもらおうと思ったら、するっと逃げられて残念。無言の攻防があったことは忘れてしまおう。
「おや?ユズリハ、今日は何かな、魂連れで」
中にいたのは、黒いつなぎを来たイケメン竜人くん。だいたい三千二百歳くらいだって言っていた。
冥界では若者らしい。
普段は人型で暮らしているけれど、遊びに行くときは竜になるのがこちらの竜人くん。
水色の髪に目鼻立ちの整った美男子で、黒目が見えるか見えないかくらいの目の細さだ。
「店長、タネください!」
「人族の?」
「はい、人族の」
私の希望を聞いて、彼は真っ白い箱からいくつかの種を取り出した。
テーブルの上に置かれたそれは、ひまわりの種くらいの大きさだった。
「人族、男性。ユズリハの住んでいるあたりの人族の容姿でってなると、こんな感じかな」
候補は五つ。私はそれらをじっくり見る。
ウィル様は無言で私のそばにいた。
「どんな体格がいいとか、ウィル様にご希望はありますか?」
『なるべく健康で、荒事に耐えられる武力が身につく身体がいい』
「もしもウィル様がなよっちくても、私が戦いますよ?」
『子供なのに?そこまで世話になるわけにはいかない』
冗談だと思ったのか、ウィル様はくすりと笑う。なんだか本当のことを伝えにくい。
ま、それはいったん置いておくとして。
『種とは一体どういうものなんだ?』
ウィル様の疑問に、店長が優しい笑顔で応えてくれた。
「人は生まれ変わるときに、一定の確率で失敗して魂が消滅してしまう者がいるんですよ。そんなときは、肉体の余りが出る。それがこの種なんだ」
魂と肉体が適合しなかった、というのが理由だそうだ。完全にランダムなので、もうそれは防ぎようのない事故である。
「余った種で健康そうなのは、ここで取っておくんだ。数百年に一度くらいは、君のように地上に戻る者がいるからね」
戻れるのは白い魂だけ。ウィル様が高潔な魂でよかった。悪人だったらすでに消滅していたはずだから。改めて運がよかった、と私は安堵した。
『一番左のものをもらってもいいか?何となく相性がいい気がする』
店長は黙ってそれを指でつまみ、私の手のひらの上に置いた。
「さぁ、いっておいで。育ててから地上へ戻るんなら、少しでも早い方がいい」
「ありがとうございます!また来ますね!」
『ありがとうございます……さようなら』
種を右手に握りしめ、湖のほとりまで歩いていくと、私は再び
冥界の果てには、私の暮らす聖樹の森に繋がっている場所がある。
お城よりも幹が太い大木が、神々の国に向かって伸びているのが聖樹だ。
淡いグリーンの葉がさわさわと揺れ、私が来たことを歓迎してくれているように思える。
「とうちゃーっく」
ふわりと地面に下り立つと、そこには聖樹の根が盛り上がっていて歩きにくい。
見回すと、たくさんの人が幹や枝にもたれかかって眠っていた。
男女ともに白いワンピースを着ていて、固く目を閉じている。
「この肉体たちは出荷前なんですよ」
『そのデリカシーのない表現はちょっと』
「おでかけ前なんです」
『……わざわざ言い直してくれてありがとう』
私は、聖樹の幹に空いた大きな穴の中に工場でもらった種を入れる。
そして胸ポケットから小瓶を取り出し、それを地面に置いた。早く種を育てるために、魔法薬を作ろうと思ったのだ。
「錬成、成長促進水!」
空気中から水と光が集まり、キラキラと光りながら小瓶の中に入っていく。
それを種の上にゆっくりと注ぎ、種が光り出したのを見届けてから聖樹の幹に座った。
「ウィル様、しばらくお待ちくださいね?』
『ユズリハ、何を……?』
するすると伸びてきた聖樹のツルが、私の左手首に巻きつく
「ここから私の魔力を与えます」
このツルから魔力を吸い取ってもらい、種の成長を早める。
どれくらいの年齢、強さがいいかは魔力量次第なのだ。
「あんまり魔力を注ぎすぎたら、強くなりすぎてモンスター呼ばわりされちゃうから、普通よりちょっと強いくらいにしときますね」
『何から何まですまない』
「山一個くらい破壊できる感じでいいでしょうか?」
『基準がおかしくないか?』
どうしよう。祖母がよく例えに使っていた基準がおかしいって言われた。私はしばらく考えた後、これまでに会ったAランク冒険者の強さをイメージしながら魔力を注ぎ込む。
「六時間くらいかかると思います。ウィル様、それまでどうしますか?私はここから動けないので、冥界見学に連れて行ってあげられなくて申し訳ないです」
『いや、もう十分だ。二年以上ここにいたんだからな』
ウィル様はそっと私の隣に来てくれた。
動けない私と一緒にいてくれるらしい。
「初デートですね」
『……これが?』
私はウィル様に会えて、心が躍っていた。が、彼はようやく私の異変に気付いたようで……
『十年経ってるんだよな。どうしてユズリハは』
途中で言い澱む。気を遣ってくれているんだろう、私が十七歳で子供の見た目だから。
私はふふっと笑って言った。
「母にかけられた術のせいです。魔女の修業を終えたので、そろそろ十七歳の身体になるはずなんですが、きっかけがわからないのでしばらくはこの姿かもしれません」
『そうか』
「こんな姿でちょっと嫌だったんですけれど、でもそのおかげですぐにウィル様が私だって気づいてくれたと思ったら、子供の姿でよかったって思いました。ありがとうございます!」
『礼を言うのはこちらだ』
そして、種が成長するのを待つ間、私はウィル様に冥界に来た経緯を聞いた。
『王太子として毎日忙しくしていた。あの日は確か剣の稽古を終えて、自室に戻ったところ急激に胸が痛みだして血を吐いたんだと……その後はもう、目を開けたら冥界の門にいた。あまりにあっさりと死んでしまったから、自分が死んだと気づくのに少し時間がかかった』
「それって、毒ですか?」
誰かに殺されたってことなんだろうか。ウィル様のような真っ白な魂の人が、そんな目に遭うなんて……
『多分な。王族ともなれば、こういう可能性はあると思っていた。が、まさか本当にこんなことになるなど受け入れられるはずもなく、今日まで来てしまった』
魂は、食事も睡眠もいらない。ただ、そこにあるだけの存在だ。
『何もすることがない、できることなどない。この状況に何度も絶望しそうになった』
ウィル様だけじゃない。最初は生まれ変わりを拒む魂もいるが、こんな状況に耐えきれず、たいていの魂は二日から五日もあればエデンへ行くか生まれ変わっていく。
それを二年もねばったのだから、とてつもない忍耐力だ。執念ともいうべきか……
彼がここでどんな風に二年間を過ごしたのか、それを思うと胸が苦しくなった。
「がんばったんですね」
『だとしても、ユズリハが来てくれなければ……』
ウィル様は、私にではなく自分自身に苛立ちを感じているみたいだった。きっとこれまで抑えてきた感情が爆発しそうになっているんだろう。
『これほどまでに己が無力とは知らなかった』
「そんなことは」
『この気持ちは誰にもわからない』
私は自由な右手で、そっとウィル様に触れる。
「うーん、つらさはわかりません。でも自分という存在が突然ぽいっと放り出されてしまって、何の救いもないのに、それでも生きなければならない孤独は経験があります」
母を亡くしたとき、自分だけ生きて何になるのかと思った。そんな私を救ってくれたのはウィル様だった。
『魔女も大変なんだな』
「ふふふ、どうでしょう?大変ですが、それだけじゃないです。見方を変えてみると、案外楽しいかもしれませんよ?」
そこからはたわいもない話をしているうちに、私はうとうととしてきて眠ってしまった。ウィル様はずっとそばにいてくれて、目を覚ました私を気遣う言葉もかけてくれた。
『無理させているんじゃないか?』
「そんなことはないです。幸せなデートでした……」
『この状況で?相手が人魂でもいいのか』
ウィル様は呆れているけれど、ずっと会いたかった人に会えたんだから、たとえこんな状況でも今までに比べたら幸せだ。
「そろそろいいかな?」
私が身をよじると、左手首の巻きついていたツルがするすると離れていった。
時間にして約六時間。ただの種だったものは青年の姿になっていた。
白いワンピースを着ているのは他の人たちと同じだけれど、年齢は二十歳くらいで、髪は紺色。背は高く、180センチ以上ありそう。がっしりしていて騎士タイプに見える。
「魔力はありますね。練習すれば風魔法が使えそうです」
出来上がった肉体に手を翳し、私は状態を確かめた。魂が空っぽの肉体はゼンマイの入っていない柱時計のようで、見た目より軽い。
『もう戻れるのか?』
期待と動揺が入り混じる、ウィル様の気持ちが伝わってくる。
「はい。私が普段使っている魔法陣まで肉体を持って行こうと思っていたんですが、思っていたよりも運ぶのは大変そうなので、ここに新しい魔法陣を描きます」
「できました!」
正円を二重に描いた転移魔法陣。これは私の家に出口が設定されている。私は円の中心にウィル様の新しい肉体を運び、その胸のあたりに彼の魂を載せた。
「絶対に行方不明にならないように、しっかりくっついていてくださいね?」
膝をついて座った私は、そう言ってウィル様の身体を支える。
『頼んだ』
「はい」
右腕でウィル様の身体を支え、左手に
ポニーテールにした銀髪がゆらゆらと揺れ始める。
「聖樹の森の精霊たちよ、
身体からごっそりと体力と魔力が抜ける感覚がした。
どうやらウィル様の肉体に魔力を使いすぎたらしい。
「うっ……」
唇を噛み、意識を失わないようにする。
一瞬だけ風が乱れたのがわかったが、私たちの身体は聖樹の森のログハウスへと転移した。
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