第3話 魔女は着々と準備する
修業から帰った私は、怒涛の勢いで食事を平らげ、仮眠してから街へ出た。作った薬や魔法道具を売りに行くこと、そして夜に使う秘術に必要なインクを手に入れるために。
なんで魔女が物を売りに行くのかと言うと、それが仕事だから。
魔女だって人間だから、かすみや宝石を食べては生きていけない。お金を稼いで、栄養のある食事を摂らなければ普通の人間と同じように死んでしまう。
私は、薬や魔法道具をつくっては街へ卸し、お金や物資と交換して日々の暮らしをつないでいた。
研究大好きだった母が残してくれた薬のレシピは、本当に助かっている。
ちゃんと商人ギルトにも登録していて、けっこうな高スキル技術者である。
「ユズちゃん、久しぶり!」
街について真っ先に声をかけてくれたのは、猫獣人の女の子。食堂の娘さんで、おつかいの途中みたい。
私を見つけるとうれしそうにぴょこぴょこしっぽを振って、笑ってくれるのがとってもかわいい。
「今日はお休みだけれど、またハクと一緒に食べに来てね」
「ありがとう!来週、また街に来るからそのときにでも」
笑顔で手を振ると、彼女はこちらの姿が見えなくなるまで手を振り返してくれた。
今、私が来ているアランディル王国は、聖樹の森から最も近い国。
黒虎獣人の王様が、圧倒的な武勇で君臨する国だ。
王政で貴族もいるが、ここは身分差をあまり意識しない自由な国で、獣人族も人族も共存している。
脳筋ぎみではあるけれど、他国では怖がられてしまう魔女でさえ普通に街を歩き、差別を受けることのない国だから私の毎日はとても平穏。
昔、異国に住んでいたときは色々あったので、平和が一番だと心底思う。
「ユズ、今日はバターが手に入ったよ!」
魔法道具を扱う商人ギルドに向かう途中、なじみの露天商のおじさんにも声をかけられた。
以前、奥さんのつわりに効く薬を調合してこのおじさんに渡したところ、とても感謝され、それ以来いいものが手に入ると優先的に安く譲ってくれるのだ。
今日はフードもかぶらず、豊かな銀色の髪を高い位置でポニーテールにしているから、すぐに私だとわかって声をかけてもらえる。
「バター!?それはハクが喜ぶわ!ギルドや道具屋に顔を出したらまた来るから、とっておいてくれる?」
「わかった!またあとでな!」
今日は鶏肉のソテーにしようかと思っていたけれど、バターがあるならシチューが作れるかも。ハクは私が生まれる前から聖樹の森で祖母に仕えていた狼獣人で、とっても料理がうまい。
祖母も母も私も三代続けて料理が苦手だから、彼の腕が自然に上がったんだと思う。
でもこれでいい。人には適材適所というものがあると母も祖母も言っていた。
できないかどうかはやってみないとわからないが、やってみてダメだと判断したら、できる人に手伝ってもらうのがいいって教わった。
他人にそれをやってもらっている間、自分にしかできないことをやればいいと。
――カランコロン
商人ギルドは街の中心部にある、商売をする人たちの組合。ここで商品を卸せば、店を構えていなくても薬や魔法道具を売ってお金を得ることができる。
売りたい人と買いたい人の仲介役になってくれるから、新人が不当に安いお金で技術を買いたたかれる心配がないし、逆にみんなに役立つものを法外な値段で独占することもできない。
販売者、開発者ともにそれぞれのランクがあり、一番上がS級、そこからABCDEF級と区別されている。C級以上の人は自由に仕事を選べるから、気まぐれな人も多い。
冒険者ギルドや魔導士ギルドなど、他の組合とも掛け持ちできる。
登録できるのは、人族の場合は十歳から。
見た目はこどもの私だけれど、ギルドの人も街の人も
「ユズリハ、いらっしゃい。久しぶりね」
「こんにちは。今日は薬と魔法陣を持ってきたの」
魔女の私が来ると、カウンターはサッと波が引くように人がいなくなる。嫌われているからじゃない。皆、魔女がつくる魔法道具を一目見たいらしい。
まずはカウンターで、販売者・開発者ともにSランクと表示されたギルドカードを提示する。
その後、バッグの中から持ってきた商品を出してカウンターに並べていく。
「ユズ、またいっぱい持ってきたなぁ」
人族の青年・リクアが、私の背後から顔を出した。彼は以前、薬草の採取を手伝ってもらってからの友達である。彼は戦える錬金術師で、高位ランクの冒険者のパーティーに所属している。
私も何度か声をかけてもらったけれど、
私とリクアは同い年だけれど、身長180センチの彼からはいつも子ども扱いをされている。会えば頭をガシガシと撫でられ、妹分のように扱われるのはもう慣れた。
「リクアも何か売って欲しかったら言ってね」
「あぁ、ありがとう」
リクアとの話を切り上げて、私はカウンター越しのお姉さんに商品の説明をした。
「今日持ってきたのは、薬は熱冷ましと下痢止め、ポーション。魔法道具は、炎系の防御アイテムと毒・麻痺回避です」
私は最近、懐中時計型の防御アイテムをギルドに販売している。
市販の懐中時計を改造して、内側にレッドスライムで作ったインクで魔法陣を描いたら、炎系の防御アイテムの完成だ。
「こっちは三つ目
カウンターに黒のスクロールを置くと、お姉さんはめずらしそうにそれを手に取った。
スクロールは、わずかな魔力があればそこに描かれている魔法陣から魔法を召喚することができる。
技量や魔法のバリエーションが少ない若い冒険者におすすめの品だ。
私がこういった魔法道具を作る仕事中の姿は、彫師とさほど変わらない。
魔法陣を描きたい対象、筆で描いたり、
個別の注文が入っていないときは、需要がありそうなものを自分で決めて作っては売りに来ている。
カウンターのお姉さんは、にんまりと笑って「ちょっと待ってて」と言った。
魔法道具の鑑定ができるギルド職員を呼んでくるのだろう。
待っている間は、居合わせた魔導士や錬金術師たちと世間話をして暇をつぶす。
情報交換はけっこう大事なのだ。
お茶を飲みながら雑談をしていると、まさかのギルド長の登場にフロアに静寂が広がった。
「ユズ、この懐中時計は冒険者ギルドが買い取ってくれると思う。高値で卸してやるから、三日ほど待ってくれるか?」
五十代前半のギルド長は人族で、私のことは昔から知っている。スキンヘッドの優しそうな男性だが、実は冒険者としても高ランクで、もめごとの際には拳で仲裁する武闘派だ。
「わかりました!私、今夜からちょっと出かけるので、また今度来たときで大丈夫です」
そういうと、ギルド長はにこりと笑って頷いた。
今日は薬の代金だけを受け取って、早々に商人ギルドを後にする。
「また来まーす!」
「ユズリハ、今度また魚獲りに行こうな」
リクアがニカッと笑い、手を振ってくれた。ただし彼の言う魚とはフライングフィッシュと呼ばれる魔物で、Cランク以上の冒険者が狩るような魔物だ。
体長一メートルほどのピラニアみたいな魚だけれど、空を飛んでいて、気を抜くと頭からがぶりと噛まれてあっという間にあの世行きである。
「塩焼きにするとおいしいんだよね……」
ついよだれがじゅわっと出そうになるが、私は気を引き締めた。
「しばらく無理だと思う。また今度会ったら誘って?」
いつもなら飛び乗ってくる私が断るから、リクアはきょとんとした顔になった。
「なんで?仕事忙しいのか?」
理由を聞かれ、私はふふっと笑いが漏れた。
「好きな人に会いに行くの!」
「はぁ!?」
私はリクアにバイバイと手を振り、らせん階段をかけ下りていった。
「さ、インク買って、バター買って帰ろう」
念のためお金は持ってきたけれど、今日売った薬の代金でどちらも買えそうだ。
夜はいよいよ、秘術を使う一大イベントが待っている。十年越しの悲願が叶うときがようやくやってきた。
歩いていても、気が緩むとつい顔がにやけてしまう。咳き込んでごまかすが、完全にあやしい人になっている。
ようやく。
ようやく会える。
白馬の王子様を迎えにいこう!
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