これから転生する人はゲーミングPC環境を見直そう

ちびまるフォイ

一番忘れてはいけないもの

「さーーて、死にたくなってきたことだし

 今流行のゲームの世界に転生としゃれこむか」


転生wikiを確認しながら転生の準備を進めてゆく。

第二の人生はやっぱりゲームの世界。


勝手知ったる自分の庭で知識をひけらかしながら

住民にマウント取りまくる素敵な人生のはじまりだ。


「遺書よーし、転生アプリよーし。

 さて、あとはゲームを起動しながら死ぬだけだ!」


ゲームを起動するとこのタイミングでアップデートが入った。

半分ほど進んだところで諦めたようにメッセージが表示された。


『こちらのパソコンは推奨環境ではありません。

 ver2.0.8を遊ぶには推奨環境をご準備ください』


「はああああ!?」


"お前の席ねえから!"と教室にある自分の机を放られた気分になった。

自分はたしかについ最近まで席があったはずなのに。


ここまで準備して転生おあずけは辛いため近くの家電屋さんへ直行。

パソコンオンチの俺は店員へ尋ねることにした。


「……というわけで、

 これからゲームの世界に転生決め込むんですが

 どうにもPCの環境が最新のアップデートに対応していなくて」


「そうですか。でしたらゲーミングPCはいかがですか?」


「ゲーミング……ぴーしぃー?」


「こちらの棚にあるものですよ」

「高っ!!」


値段の横に書かれているスペック表示はよくわからない。

ステータスオープンとか唱えたらPCの攻撃力とか六角形の図形で出ないものか。


「いや、こんなに高いのはちょっと……」


「お客様、これからゲームの世界へ転生なさるんですよね?」


「まあ……そうですね」


「スーパーきれいな画面で楽しみたいとは思いませんか?」


「画質がよくっても別に内容は変わらないし……」


「ヒロインのあんなところもくっきりですよ!!」

「な、なるほど!!!!」


迷いなくゲーミングディスプレイを手にとった。


「お客様、失礼ですが、まさかそれだけをお買い求めで?」


「ほかにあるんですか?」


「こちらの商品は

 Corei9 4770CPU メモリ1TB GTX765 です」


「すみません、人間なのでアセンブリ言語はちょっと……」


「つまり、超すごいってことです」

「……値段高いからそうなんでしょうね」


「こちらのグラフを見てください。

 ゲームの世界へ転生した人のうち8割の人が

 動作がカクつく、描画が遅い、ロードが長いと不満を漏らしてるんです」


「は、はあ……」


「しかし! このパソコンにすればその心配はありません!

 ゲームの世界の誰よりも遅れを取ることなく、

 まさに神速としてあなたの名は広がるでしょう!」


「そうですか。でも俺には十分です……」


「潤んだ瞳の乙女があなたを寝所に誘ったとき

 もっさり挙動のモタモタ描写で

 1秒に1回ごとロード画面が挟まれていいんですか!?」


「いいわけないでしょう!!!」


俺は即答して転生ゲーミングPCの購入を決めた。


動画を見ているときに入るくるくる回るロード画面を見ると

かつて親を殺されたような怒りが湧いてくるのを覚えている。


「これだけあればゲーミング転生もばっちりですね」


「お客様。そう思われますか?」


「え? でもこれだけハイスペックなモニターと

 ゲームを快適に動かせる本体があって何が必要なんです?」


「通信環境ですよ」


店員はにやりと悪い顔をした。


「こちらのゲーミングPC用LANケーブルなら

 PPPoEからIPoEになって下り転送速度がすごいんですよ」


「はぁ……」


「あなたは最高速の自動車を手に入れたものの、

 道幅が狭いばっかりに渋滞に巻き込まれ

 本来のポテンシャルを生かせないってことです」


「な、なんですと!?」


「さらにうちの転生光通信に加入していただければ、

 爆速で快適なゲーミング生活が楽しめますよ!!」


「もちろん入ります!!」


付属品を多く買うほどに快適な生活が保証されてゆく。


「さらに、今ならこのゲーミングマウスも!!」


「なにか違うんですか?」


「同じですがめっちゃ光ります!」

「かっこいい! 買います!」



「さらにゲーミングキーボードも!!」

「おお!!」


「めっちゃ光ります!!」

「キレイ! 買います!」



「さらにさらに! ゲーミングヘッドホン!!」

「もちろんこれも……!」


「七色に光ります!!!」

「れ、れいんぼー!!!」


どうせ死んでしまうので残金を心配する必要はなかった。

店にある「ゲーミング」を冠するあらゆるものを購入して家に戻った。


よく考えてみればゲームの世界に転生する以上、

マウスもキーボードもヘッドセットもいらなかった気がする。

かっこいいからヨシ。


「さて、ゲームのダウンロードも終わったことだし

 これでなにもかも準備万端だ! いざ!! エントリー!」


手際よくゲームの世界に転生した。


これまで古いPCで見ていたぼやけた景色ではなく、

細やかでどこまでも美しい景観が広がっていた。


「すごい! やっぱり高スペックにこだわってよかった!

 なにをしても軽快だ! ゲーミングPC最高ぉ~~!!」


意味なく負荷かけるようなエフェクトを出しまくった。


これから始まるのは美しいグラフィックで表現された美人ヒロイン。

快適動作で何人をも同時に画面表示してのハーレム展開。

高い金を積んだのはこのための先行投資だった。


「よっしゃ~~! 遊ぶぞーー!!」


そのとき、目の前が真っ暗になり意識が消えてゆくのがわかった。


そのまま俺はもう戻ることはなかった。






現実世界では1通の封筒がドアの下に挟まれていた。


『電気料金未納のため、電気を止めさせていただきました』

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