1122. へったくれもない
式を終えた方々がこっちのガーデンに出て来そうなところを、流石にこれ以上はと大慌てのレイさんに引き摺られギリギリのタイミングで脱出。
混浴は耐えたのに花嫁衣装相手だと我慢が効かないって、俺の理性の引き金はどこにあるのだろう。比奈に聞いたら『性癖だよ』って言われた。結婚式で発情確定の男なんだ俺。ヤだなそれ普通に。
着替える暇も無くそのまま宿まで帰宅。
みんな出先から戻っていないようで、大広間で一人映像研究に勤しんでいた峯岸に変な目で見られるだけで済んだ。
でもボソッと『息以外にも抜い……』みたいなこと呟いたの気付いてるから。その言葉の続きは予想しないから。黙っていてください。
「ひーにゃんさっきからずーっとスマホ見てニヤニヤしてる……」
「いつも通りの比奈センパイでは? 良いじゃないですか、センパイに絡まないでエロ動画で満足してるならむしろ健全な部類かと」
「少しは庇ってあげなさいよ後輩なんだから……まぁでも、昼にハルトと何かあったのは確実ね。全然話してくれないけど」
夕食中もレイさんから送られた写真をコソコソ隠れ見ては、隣に座った有希に『お行儀悪いですよっ!』と怒られていた。
対面の瑞希、ノノ、愛莉がちょっと気に掛けている。春の練習試合で欲情溜め過ぎて失敗した前科があるからな……。
ただ、今回に限っては無用な心配だろう。彼女は自らの意志で己に酔うことを決めた。最高潮まで高まった倉畑比奈という
どちらにせよ明日の開幕戦、戦術な観点からもキーマンは彼女。責任やプレッシャーを感じるまでもなく自ら重荷を背負った。
そういう時こそ比奈は輝くのだ。
今までもそうだった。だからきっと……。
「はーくんもスマホ! お行儀悪いで。ったく、どこでなにしたかくらい教えてくれてもええやん。ケチ臭いなぁ」
「ただの観光やって。文香は? 何の動画撮った?」
「ならウチも秘密ぅ~。はい、あ~ん」
「いや文脈。どうなっとんねん」
「ええから食えッ! 明日試合やで明日!」
野菜炒めを摘まみ無理やり食べさせる文香。満足そうに笑う彼女の先で、作り手たる比奈が妖しく目を光らせ微笑んでいた。
好きなだけイチャイチャすれば良い、だがこの食事も環境も私が作り上げたもの、この場を支配しているのは……なんて言わんばかり。
テーブル上のスマホが小刻みに揺れる。もっと食えあーんさせろと甘える文香の相手をする間、次々と送られるメッセージ。
『良いよ気にしなくて』
『わたし愛人じゃなくて、お嫁さんらしいから』
重ねた両手に顎を乗せ、比奈は唇をぺろりと舐める。途端に背筋を通る冷ややかな感触は、開けっ広げの窓から吹き込んだ夜風の所為だ。そう、だから別に怖いとかじゃ……。
「浮気性のはーくんには教えてあげへんで。視聴者と同じタイミングでウチの可愛さに気付いて後悔するんやなっ!にゃっふふ~ん♪ 女は秘密を飾って美しくなるー言うて、誰の台詞やったかなぁ~」
「知らへんけど、それは間違いないな……」
勝手に震えていたのは俺だけみたいで、緊張感もへったくれもない日常が今晩も過ぎて行った。迎えた全国大会、開幕戦の朝。
初日に俺と比奈が始めた早朝散歩は日に日に参加者が増えている。健康的だしルーティーンって感じでカッコいい、と雑な理由で真琴が加わり、それに乗じてミクル以外の一年生。ワンコの散歩代わりにちょうど良いとノノが二年二人を連れ、今朝はついに全員参加の大所帯。
願掛けと言うほどでもないが朝日でも拝んでエネルギー貰っておこう、とやはり雑な動機。言い出しっぺの愛莉を先頭に、近くの河川敷までやって来た。慧ちゃんの背中で熟睡中の琴音は……まだ起こさないでおこう。
「うぅ……静寂を破りしワールズエンド……ッ」
「んなので壊れないから世界。ほら置いてくよ」
着替えもさせて貰えずパジャマ姿のまま引っ張り出されたミクルは、欠伸交じりに真琴の手を握る。なんだ、すっかり適応しているじゃないかミクエル語。優しい奴め。
少し目を凝らせばコーストアリーナの一部分が遠巻きに……いや見えないな、ここからじゃ流石に遠過ぎる。
でもそれっぽい建物が陽の光が反射して、妙に神々しい輝きを放っていた。まるで天竺か何かのようだ……なんて、言い過ぎか。
「ついに始まっちゃうんですね。全国大会」
「またそれらしい台詞を。ホンマに本心か? おい有希。誰に仕込まれたか言ってみろ」
「えへへっ。さっき瑞希さんに……」
柔らかな日差しに照らされたオレンジブラウンの髪が、安らぐ心中みたいにふわりと揺れ動いた。一年生だが彼女も初期メンバーみたいなものだ。
曖昧な目的で結成されたフットサル部にとってある意味、ここはそれに近しい場所。ようやく辿り着いた光景を前に感傷的になるのも分かる。仕込みだけど。
「演出した時点でエモもクソもねえんだよ。フラッシュモブなんてモン考えた奴を俺は小一時間問い詰めたい」
「昨日のドッキリは演出じゃないんですか?」
「…………誰から聞いた」
「女の勘ですっ」
「当たり過ぎなんだよお前いっつも」
実際に見ると結構感動しますよ、フラッシュモブ。なんて適当言い残し、先を行く聖来の元へ駆け寄る。朝から手玉に取られてしまった。
まったく、大人らしさって誰かさんみたいな思わせぶりのことじゃないぞ。可愛いけど。
すると背後からシャッター音。
うわ最悪。証拠残された。
「お前かい」
「だって預けられたんだもーん」
「もう比奈の所有物でええよそれ」
「本当に? 良いの? ……うん、でもそっか。撮りながらだと動きにくいもんね。陽翔くん」
「やっぱ返せ」
用途に関しては一切触れないとして、例の一眼レフはすっかり比奈の玩具と化している。
本当は六月の誕生日に自分用のをプレゼントしようと思ったんだけど、こっちを使いたいからって断られたんだよな。
結局写真の保存用にアルバムをあげて大層喜んで貰えたから、それはそれで良かったんだけど。
「あ、そうだ。危ぶねえ忘れるところや」
「なにが?」
「ちゃんと撮っとけよ比奈。本来こういうのを収めるためのモンやからな……行くぞシルヴィア、捕まえろ!」
「ガッテンショーチン!」
誕生日云々で思い出した。
八月初旬に歳を重ねる奴がこの中に一人……大会期間と丸被りだし終わってからで良いと本人は言っていたが、当日くらいはな。
「うわっ、ちょちょちょちょちょっ!? なんですかセンパイ!? わんぱくな時期ですか!? それとも寝起きの無防備なノノに欲情してしまっ――」
「¡Feliz cumpleaños, ノノ!」
「あ、違うシルヴィアちゃん違うこういうのは海です海絶対に川じゃないこーゆー川だけではないんですヤだ怖い怖い怖い怖だあぁァアアアア゛嗚呼ーーーーッッ゛!?」
生い茂る草木ら障害も無くダイレクトに浅瀬へ投棄されるノノ。勿論危なくない場所をリサーチ済み。と言うかこの前、砂川がボールを水ポチャしたところだし。
突然の奇行に驚いていたみんなも彼女が誕生日であることを思い出し、我先にとイジメが始まった。でもアイツも悪いのだ、ノリノリで水掛け返すし。
あーあー、シルヴィアも瑞希も川に入ってビチャビチャだ。まぁ気温も高いし水も温めだから大丈夫か。俺も混ざっちゃお。
「も~、みんなったら。数時間後には開会式なのに……じゃあ先生、琴音ちゃんよろしくお願いしますっ♪」
「はいはい、怪我するなよ」
「行きましょークラハタ先輩!」
カメラと琴音を手放した二人も加わり、暫く水遊びに夢中だった。大事な試合の前にこんなことやってるチーム、世界中広けれど俺たちだけだろう。
これで良い。いや、これが良いんだ。
俺たちは俺たちのまま、誰一人欠けることなく今日ここまで来た。全国の頂もその延長線上にある。ジグザグな道のりだったけれど、でも真っすぐ走った。だから辿り着けた。
残された課題はたった一つ。
ここから数キロ先。希望そのものみたいに輝くあのステージは、悪魔をも魅了する夢の劇場。俺たちのThe Theatre of Dreams。
いつも通り、気の向くまま踊るだけ。
この際だ。過度な野暮ったい演出も甘んじて受け入れよう。どうせやるなら最高最大にイカレまくった、エモーショナルなやつを用意してくれ。
「先生っ、撮って撮って! ほらみんな、こっち!」
「こういうの優勝してからやれよなぁ、ったく……起きろ楠美、仲間外れになるぞ」
「ぁえ……っ?」
こうしてまた一つ、思い出がアルバムに。
今年の夏だけで何枚増えるのだろうか。
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