1121. 伝わってる?
二十分もしないうちに琴音から『着替え終わりました』と連絡。あの手の衣装をそんな短時間で、と一瞬思ったが、そう言えばレイさんはウェディングプランナーでなくコスプレ押し付けお姉さんだった。あくまで簡易的な衣装なのだろう。
出入口を潜って目当てのガーデンへ。
駐在する管理人は見当たらない。受付の方も中に入ったようで誰も居なかった。不審者扱いはされずに済みそう。
だからと言って許されざる狼藉だが。やってること迷惑系配信者と同じだから。式に花嫁二人もおったら全部壊れるから。
(今考えるべきではないな……)
二人でもおかしいのに複数居た場合どうなるのだろう、余計な心配と己の不遜な立ち位置はそこのミニプールにでも放り投げるとする。にしても豪華な装いだ。噂に聞くウェディングリゾートってやつだろうか。
比奈たちは建物の向かいで待っているようだ。恐らく通行用では無い細道を掻き分け反対側へ。こっちは木々が生い茂った本格的なガーデン、表裏でテーマが違うんだな。でもやっぱり小さいプールがある。必須なのかプールって。
「陽翔さん、こっちです」
木陰から琴音が手招き。練習着のままなので場所とのギャップが凄い、さっきまでノリノリだったのに緊張しているよう見えるのはそのせいか。
「貴方も着替えた方が良いのでは?」
「そういうつもりやなかったんけどな……」
かく言う俺も似たような格好で居心地が悪い。彼女に趣味に付き合う代わり、ちょっと大袈裟にやらせて貰う。それ以上の意味は今日この場に無かったのだが。
「ふっふっふ~。そう仰ると思って~!」
「ですよね~」
衣装片手に現れるレイさん。
はいもう良いです分かってたって全部。
変な場所で変な格好になって写真を取る。一年前と実に良く似た構図だが、思いのほか当時より腰の軽い自分がいた。
琴音が『案外似合いますね』と褒めてくれたのもある。それはそれでメンタル的にデカい。普通に嬉しい。
自己肯定感の充足と一言で纏めるのは容易い。一方、可愛い彼女が晴れ姿で待っているというだけでは説明し切れない気がした。背伸びにもほどがあるキメキメのタキシード擬きを前に狼狽えず済むのも、やはり理由があって。
「……変じゃ、ない?」
木陰から覗き込むみたいに現れた比奈は、その手の衣装にしては随分と短い丈をググっと伸ばし、健康的な素足を必死に隠していた。長い裾ではなくミニなのか。花嫁と言うより社交界デビュー用の一張羅って感じ。
「思ってたのと違うって意味では……変?」
「うぅー。これはこれで複雑」
「眼鏡は? 見えてんの?」
「ボヤけてるけど逆に有難いかもっ……」
この丈がコスプレの括りにおいて限界なのか。或いは本当に結婚式をしている屋内の花嫁に考慮したのか定かではないが、とにかく脚が出ている。
最近やたら気にしているけれど、別に太いなんて思ったことないけどな。女子として最低限のプライドと言われれば返す言葉も無いが。
「お互い白でええな。仲良しで」
「もうっ、なんでそんなノリノリなの! わたしだけ恥ずかしがって、馬鹿みたい……前に撮ったときはもっと緊張してたのに」
「ホンマな。俺も変わったわ」
「そうだよっ。最近の陽翔くん、なんか優し過ぎる。こういうことサラッと考えちゃうし、普通に実行しちゃうし。そういうの、わたしの十八番だったのに」
「変わり過ぎ?」
「変わり過ぎっ!」
「ははっ……じゃ、ついでにやっとくか。変なこと」
レイさんが顔をブンブン振って『もっと近寄れ!!』と必死にアピールしているが、脚はそれよりも先に動いていた。手を引いて彼女を連れ出す。
ガーデンの奥にある、白い骨組みの塔に囲まれたウェディングベル。冬に訪れた鎌倉にも似たようなものがあったな。永遠の愛が叶うとかなんとか。今度はおまじないでは収まらない。
いや。本当の結婚式でないのだから、言ってしまえばこれもおふざけの範囲内。だがお生憎、あまりにも場所が良過ぎた。
レイさんと並び夢中でシャッターを切り『流石は比奈可愛いです可愛過ぎます』なんて呟いていた琴音も、えも言われぬ光景に圧倒され言葉を失っている。
「緊張して来たわ。やっと」
「ふーんだ。悪巧みするから」
「比奈に言われちゃあおしまいやな……あぁ、いや、今の無し。やめとくわそういうの。遊びは遊びやけど、茶番にはしたくない」
「……えっ?」
ハリボテのタキシードと言えど真夏の日差しは堪える。一年前、まったく用途が分からなかった謎の白い手袋。その使い道が今、ようやく分かった。
この美しい肌と素顔、そして真っ白な手を間違っても汗で汚さぬよう、優しく撫でるためのものだったのだ。そうに違いない。他に考えられない。
「綺麗だよ、比奈。すっげえ可愛い」
「あっ……や、ちょっ、えっ……!?」
「口下手でホンマ悪いけど、今の比奈、むっちゃヒロインしててええわ。こっち来る前に言ってたこと、ちゃんと行動で示してるっつうか、その……うん、好きです」
「ふぇぇ……っ!?」
あまりの驚きぶりで逆にリアクションが甘い、声がひっくり返っている。こんな姿こそ写真に収めて欲しいのだが、レイさんまで撮影を辞めてしまっては。
ストレートな物言いを嫌うわけではないが、俺と比奈の間には意図せずとも遠過ぎる例え話や妄想ばかりが飛び交っている。二人ともそんな話題が好きだし気に入っていた。これからもそうだ。だから今だけは、真っすぐ伝えたい。
「こういう格好とか写真とか、ホンマ偶然やねん。可愛い比奈が見たいって、そんだけ……だって大会始まったらみんな比奈のことを知って、きっと夢中になるだろ? ずっと俺だけの比奈やったのに……そういうの悔しくてさ」
要するに独占欲だ。
比奈の一番綺麗な姿は、彼女にとって大事な人だけが知っている。この事実をなんとしても作りたかったんだ。そして写真という形に残せば、絶対的なモノになると信じ込んで。
二人が結ばれたあの日、彼女が見せてくれた確固たる決意。それに値する、或いは上回るほどの何かを。俺はずっと返したかった。
重い重いと宣うその気持ちと寸分違わないことを、ちゃんと証明したかった。手を引いてくれたのも、想いを伝えてくれたのも、行動してくれるのも、気付けばいつも比奈の方で。
「だから、お嫁さん?」
「喜ばせたい、って言うと上からみたいでアレやけど。比奈なら気に入ってくれるシチュエーションかなって……やっぱり、嫌だった?」
「……ううん。そんなわけない。女の子の夢だもの……でも叶わないって思ってた。そういうのは愛莉ちゃんに任せた方が良いのかなって」
「やるよ。結婚式。絶対にやる。比奈とも、琴音とも。みんなと一回ずつ。友達とか俺の身内は流石に呼べへんけど、まぁそれはそれで……な?」
「……本当に陽翔くんって、陽翔くんだねえ」
強張っていた表情がようやく解け、陽だまりのような微笑が零れる。でもなんだか泣きそうだ。困ったな、もっとちゃんと喜ばせたかったのに。辱めもしたかったけど。
やっぱり良いや。形に拘ったところで、どうせ俺たちは俺たちらしく、あるべき姿に収まるのだから。格好つけ過ぎるのはやめよう。
ちゃんと伝えれば、それだけで十分。
でもなぁ。そのたった一言がなぁ……。
「あの、一旦聞くだけ聞いて欲しい」
「んー? なあに?」
「……好きだ。比奈。愛してる」
「…………うんっ」
「……そう。あの、ホンマごめん。もしかして俺、比奈にちゃんと言ったこと無かったかも。なんかもう、お互いそう思ってるのが当たり前みたいになってたみたいな……」
「うん」
「ドッキリみたいな形で言うのもアレやねんけど、それだけ切羽詰まってたっちゅう話で、いや切羽、切羽ってなんや……? あいや、だからその、思い付いたのはこないだやねんけどな? 焦りが生じたのも事実で、あの……とにかくアレ、今むっちゃ真剣。伝わってる?」
「ううん。全然?」
「頼む伝わってくれ……ッ!」
「くふふふふっ……! もうひどいよ、酷すぎ! なんでそんなに下手っぴなのかなぁ~! みんなにもこんな感じで言っちゃったの? 」
「俺も謎やねんてホンマ……っ」
茶番にだけはしないと誓ったのに。キザな台詞ばかり吐いている癖して告白だけいつもドモるのどうしてだろう。嗚呼恥ずかしい。今度は俺が泣きそうだ。
「ほらほら、落ち込まないの」
「肝心なとこ駄目な彼氏でごめんなさい……」
「よく言えまちたね~♪」
いよいよ立っているのも辛くて膝を付いてしまう。謎に感極まっている俺を、比奈は優しく抱きしめてくれた。
結局最後は絆され甘やかされる。きっと比奈との関係は今後もこんな感じのままだ。振り回されるのは俺の方ばかり。
「それが陽翔くんだから、良いんだよ。そういう陽翔くんだから、わたしも大好き……ほんとに、本当に大好きだよ」
「ありがとぉぉ~~……ッ」
「あははっ、幼児退行しちゃった? ……わたしこそ、ありがとね。ちょっとビックリ過ぎるサプライズだけど、喜んで欲しかったんだなって、ちゃんと伝わったから。すっごい嬉しい……あ~~どうしよ、わたしもちょっと変な気分かもっ!」
でも偶には今日みたいに、一矢報いることを許して欲しい。義務感ではなく俺がそうしたいのだ。比奈、お前が証明してくれたように。
あの日伝えてくれた想い。そして今日この瞬間まで貫き続ける、強い意思と勇気が。俺を変えてくれた。変えさせてくれた。
君が与えてくれる、すべてに応えたいんだ。
カッコいい、相応しい男になりたい。
なので甘やかし過ぎないで欲しい。頭を撫でないで欲しい。語彙力が失われてしまう……嗚呼なるほど、琴音がどういう気持ちで彼女と接して来たか今すごい良く分かる……。
「あの、お二人とも。今日はこちらのガーデンは使われないそうですが、かと言って長居し過ぎるのも…………聞いてませんね」
琴音の忠告は双方耳に入らず。
比奈は屈んだ俺の肩を叩き起き上がらせる。潤んだ瞳に紅潮した頬、息も妙に荒い。スイッチが入ったことが何となく分かった。
たぶん、いや絶対に止めなきゃいけないのだが、どうしてもそんな気分にならない。最近比奈の顔を見ていると、どうしてもこう、我慢が――――。
「あわわわわわわっ……!? ちょちょ、ちょっ、楠美さん楠美さん!? ディープですってあれ、めっちゃディープしちゃってません!? すっごい情熱的っていうか、えっ、ちょ、私たちのこと完全に忘れ」
「待ちましょう。ああなっては止まりません……先に施設の方へ事情を説明して来ます」
「止めないんですかぁ!? いやいや事情も何も、ってちょちょちょちょちょちょっ!? ひろぽん駄目ですって手が!! その手付きはヤバいですって外です外ヤバいヤバいヤバやばやばやば、あ、ちょっ、待ってそのポジショニングでストップ、ストップ!! 一枚、ごめんなさい一枚だけ!!」
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