1120. 怪獣の足跡
慣れない土地と緊張感で開幕まではバタバタするものだと思っていたが、意外にもハプニングらしい出来事は初日の大掃除くらい。
峯岸が常に煙草臭いことと町田南絡みを除けば、翌日以降も割といつも通りのフットサル部であった。寝坊助の琴音とミクルを起こすのはしょっちゅうなのでノーカウント。
先輩方と東雲学園コンビの来訪は心身共に良い刺激となった、みんなのコンディションも悪くなさそうだ。強いて挙げれば愛莉と比奈の作るご飯を食べ過ぎてしまうくらいか。
ノノが全員の体重管理をしていて、超過した奴は夜ランするシステムが気付いたら構築されていた。結果に限らず有希は毎晩走っている。そこまで気にしなくても。
とまぁこんな具合で、些細なトピックスをわざわざ挙げる程度にはアクシデントも無い。あと何かあったかな。日に日に増える大会関連の記事を読んで、スマホ片手に頭を抱えている愛莉が流行りのミームみたいで面白可愛いとか。本当にそれくらいだ。
「っし。じゃあ午前中はここまで。前にも言った通り午後はフリーだ、が! くれぐれもはしゃいで怪我だけはするなよ。行っても近場の水族館とかにしとけ。らら〇ーととか。遊園地はダメだ流石に我慢しろ。お前に言ってるんだぞ保科」
「ぎくぅッ!? 」
計画が露呈しほろほろと泣き崩れる慧ちゃん、室内練習場に皆の笑い声が広がる。その陰で『えっ……』と一人呟いたミクルを俺は見逃さない。真琴には悪いが監視役を任せねば。
試合前日の午後に自由時間とは余裕じゃないかと外部から釘を刺されそうだが。宿と練習場の往復で缶詰状態というのも健康に悪いだろうと、峯岸の方から提案してくれた。
もっともその魂胆はお見通し。前日遊んでいたから負けた、なんて言い訳が出来ないよう敢えてこのタイミングで設けたに決まっている。みんなの負けず嫌いな性格を利用したわけだ。まったく頼りになるよ。
「長瀬、水族館なんてどこにあんの?」
「名古屋港じゃなかったっけ。シャチがいるって何かで見た気が……え、行くの?」
「いーじゃん付き合えよ。つもる話は無いけど」
「無いんかい」
「あ~あ。去年はハルと一緒にシーワールド行ったのに今年は長瀬か~! なに見ても美味しそうしか言わないんだろーな~」
「可愛いしか言わない瑞希よりマシでしょ」
「オ~~ん?」
「アァ゛~~ん?」
頭を突き合わせながら外へ出ていく古株コンビ。ガチ喧嘩か台本コントなのか端からは分かり兼ねる。確かに協力してくれとはお願いしたが。まぁ良いや。
先輩二人が率先した動いたおかげで、下級生たちもどこへ行こうあそこが良いと相談し始めた。一年組はら〇ぽで収まったようだ。ノノはシルヴィアと文香を連れ近所の公園でYou〇ubeの撮影をするらしい。こんなところまで来て熱心な。
事前に断っておいて正解。と言っても、名古屋での生活がいかに彼女の頑張りで支えられているか身に染みている今、わざわざ頭を下げる必要も無かったのだが。みんな快く送り出してくれた。
「……もしかして気遣わせちゃった?」
「まさか。遊びたいだけやろ」
「あ~絶対根回ししてる~」
流石に露骨過ぎたか、何となく察してはいたみたいだ。峯岸も外食して来ると室内練習場を離れ、俺と比奈、そして琴音の三人だけが残る。
「で、ええんやな琴音は」
「私が見たいだけですので。お構いなく」
「前に言うてへんかったっけ? 隣でイチャイチャされたくないとかなんとか」
「むっ……重箱の隅を突かないでください。とにかく良いんですっ、先日の借りもありますから」
「はいはい。ストッパー役よろしくな」
要領を得ない二人のやり取りに比奈は首を傾げる。それもその筈、彼女にはまだ『午後用事あるから』とふんわりした情報しか伝えていない。
レイさんとの約束を取り付けて以来、聞かれてははぐらかしての繰り返し。半端な秘密主義に俺がどれだけ困らされたか、身一つでとくと味わっていただこうではないか。
えっ。せっかく今日まで無事故で来たのに、余計な真似して大丈夫かって?
否、だからこそ。まるで真っ当なフリをしているが、何かとスパイスを求めがちな彼女。必要なのは息抜きでなくむしろバフの方、そういう話さ。
「行こう比奈。もうレイさんが待ってる」
「うんっ。でもどこに?」
「誰もやってなきゃええけど、まぁ最悪こっそり入るから。名古屋にも支店があるなんて、レイさん様々やなぁ」
「全然答えてくれないよ~琴音ちゃ~ん!」
「比奈がいつもしていることでは?」
「そんな~~!」
暢気にヘラヘラしやがって。
後で絶対に泣かせてやる。
会場の埋立地には路線の終駅があり電車でも移動が可能。峯岸にバスを運転して貰うまでもない。港湾を一望出来る風光明媚な車内の景色は中々のものだが、これは本命じゃない。降りて数分、道路を挟んだコーストアリーナの反対側。
入口付近でレイさんが待っていた。表情を伺うに先客がいたようだ。昨日の今日みたいな話だし仕方ないところだが、ではどうしようかな。
「ちょうど中でやってるみたいですね~。受付の方に聞いたらまだ始まったばっかりみたいなので、手前のガーデンで撮っちゃいましょう」
「そうですね。晴れて良かったです」
「海近で涼しいの助かりますよね~!」
打ち合せ中の俺たちをぼんやり眺めている。まだピンと来ていないっぽい。こういうの好きそうだと思ったのに、案外興味無いのだろうか。
と、助け船が如く琴音が少し連れ出してコソっと耳打ち。あぁ、木々が伸びてチャペルがまだ見えていなかったようだ。
「私もあまり詳しくないのですが、近辺では人気の式場だそうですよ。撮影のセットにも使われているとか」
「えっ――――うそ、待って待って待って!?」
チャペル、俺、琴音と慌ただしく見比べオロオロ。腕の置き所が無くぶらぶらしているのがおかしくて可愛い。これから行われることも想像出来てしまったのか、距離があっても分かるくらい首筋も耳も真赤。
予想以上のリアクションだ。こうも狼狽した比奈は趣味バレした去年の夏休みデート以来、かなり久々かもしれない。
まぁでもそうか、いくらコスプレ写真に慣れているとは言えこれはまだ未経験の筈。人生で一回しか着れない、着るべきではないのだから。
レイさんの働く写真館は名古屋にも支店があり、急遽そちらから衣装も取り寄せてくれた。この会場に必要なものはすべて揃っている。
「さあさあ倉畑さん、心の準備はできましたか~?」
「だ、だめっ!? 未婚女性がウェディングドレスを着ると婚期が遅れ……ってこれレイさんが教えてくれたやつ!」
「お相手ならもう居るじゃないですか~!」
「そ、それはぁぁ~……っ!?」
妙にジンクスを気にしている。
自ら愛人ポジに収まろうとする癖して、こういうところは心配になっちゃうんだ。なんという乙女っぷり……性癖が前面に出過ぎてしょっちゅう忘れ掛けるけど。
「……はっ、陽翔くん! まさかこのためにレイさんまで呼んだの!? ちょっとドッキリにしては悪趣味すぎると思うんですけど!?」
「いやレイさんはマジで偶然。フットサルサークル入った話なんてミリも知らんかったし、名古屋に支店あるとか昨日聞いたわ。超思い付き」
「じゃあ駄目! センス無い、全然無い!」
「そんなに?」
「陽翔くんのね、そういうところがね! 本当に女の子を馬鹿にしてるところだって、浅いところで舐めてる証拠だと思う! 絶対にそう本当に良くない!! 良くないのー!!」
結構辛辣なことを言われる、と言うかおおよそ事実なので甘んじて享受のみだが。今一つ真摯に受け取れない程度には比奈の情緒もグッチャグチャ。
今にも暴れ出しそうなところを琴音が必死に拘束し抑えている。あぁレイさんまで加わって、ギャン吠えする大型犬を宥めているみたい。比奈相手にこんな比喩を使う日が来るとは……。
「大丈夫ですひろぽんさんっ、こういうの店で偶にやってますから! 恥ずかしさが限界突破すると口が悪くなるんです!」
「比奈、大人しくお縄に付いてください! チャペルを見てすぐに逃げ出さなかったことがすべての答えです! 私たちは一蓮托生、恥も喜びも分かち合いましょうっ!」
「やだやだやだぁぁぁぁ!! 絶対ムリっ、死ぬ、死んじゃう!! だってわたし似合わないもんっ! 脚太いからヤダっ! 見せたくないのぉぉおお!!」
すっごい抵抗してる。
どうやら二人の言う通りか。生理的にとか本気で嫌なんじゃなくて、着こなす自信も無いドレス姿で俺と並ぶのが恥ずかしいだけみたいだ。
ってことは憧れ自体はあるわけか、ウェディングドレス。じゃあ半分はもう成功だ。比奈の弱みをピンポイントで突けるようになったとは、俺も男として成長したな……。
「お願い陽翔くん、許して、ごめんなさい……! もう調子に乗らない、えっちなことも我慢するからぁぁ……!」
「いやそれはええねんけど」
「ねっ、本当に式するときまで我慢しよっ? ねっ!? 本番での感動が薄れちゃうから! そのときはもっと細くなってる筈だから!! ねっ!?」
「今の比奈と撮りたいんやけどなぁ」
「分かったじゃあ約束する! 式が終わったらドレスもビリビリにして良いしもう滅茶苦茶にしても怒んない怒んないって言うかなんでも言うこと聞くしハネムーンなんてその辺のホテルとかそうだ陽翔くんのお家が良いそうだよお家でずっと○○○しよもう全然温泉とか行きたくないユニットバスで我慢します一生陽翔くんの言うこと聞きます愛人とか調子乗りました奴隷で良いです奴隷あ待ってやっぱりペットが良いノノちゃんと一緒に首輪とか撒いて朝から晩まで○○○して良いししてって言うかして欲し」
「ええ天気やな今日」
「ばかっ、ばーかばーか!! 陽翔くんのばーーーーか!! わああぁぁぁぁ~~~~ん!!」
二人に引き摺られ敷地へ連行。
琴音もいて良かった。なんだあの怪獣は。
ごめんって。気持ちは大いに分かるけどさ。俺もキマった格好とか得意じゃないし、写真に残されるなら猶更。でも恥ずかしさより欲の方が勝った。
今日ここにいる比奈を、誰よりも輝こうとしている今この瞬間の倉畑比奈を。出来る範囲ではあるけれど、完璧な姿で残したい。そう思ってしまったのだ。
さて、少し時間を潰すか。
それからヒロインを探しに行こう。
暫くは怪獣の足跡を辿らねば。
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