1119. トキメキ、みたいな
いつの間にか外は真っ暗。
ファーストセットと下級生、そしてサークル勢の三組を入れ替えひたすらミニゲーム。
聖来が勝敗と得失点を数え始めて、ちょっとした大会みたいになってしまった。
急遽発表されたMVP(レイさん選定)の比奈にはお高めのアイスが贈呈されるらしい。菊池から。ハー〇ン一個で文句言うな大学生の癖に。
一応にはチームで名古屋入りしている東雲学園の二人が『挨拶しに来ただけだったのに』と大慌てで荷物と頭を下げ、室内練習場を離れたところでようやくお開きとなる。
峯岸が事情の説明込みで宿まで付き添ったから、その辺はきっと大丈夫だろう。でも皆見だけ超怒られて欲しい。他意は無い。
で、残ったOB二人と大久保さんレイさんに至っては、普通に夕飯を宿で食べて行った。
若干の厚かましさと久しい独占欲の芽生えを感じないことも無かったが、残った分は好きに使ってくれと多めに食材を買ってくれたのは有難い。
私はプレーしてないから疲れてないんで~、とレイさんが台所の救世主になってくれたのも助かった。強度増し増しのゲームが半日も続いてみんなクタクタだったし。
レイさん給仕係として暫く確保出来ないかな。バイト代はミクルと聖来を着せ替え人形にして良い権利にしよう。
「えっ、本当ですか!? やります!!」
「いや駄目だってレイ。長い時間ポージングでもさせたら身体に毒だろ。アレ、意外と疲れるんだから……」
大久保さんに制されご破算に。
経験があるらしい、なんて遠い目を……いやマジで懐かしいなコスプレ写真館。ハロウィンで世話になって以来か。
「最近行ってんの?」
「年明けに撮って貰ったきりなんだよねえ。その時はレイさんも居なくて……んふふっ。ついに三次元の良さ、気付いちゃったのかな?」
はじめは初対面の一年組らを相手にしていた筈が、気付けば肩を並べ二人だけのお喋りに夢中。正面から覗く比奈の眼鏡が怪しく光る。
まぁでもそうか。レイさんはフットサルどころかスポーツ自体も無知らしいのに、いつの間にかサークル入ってるし。
大久保さんに至ってはバイト先にわざわざ足を運んで、趣味でもないコスプレ付き合って。邪推するまでもなかったな。
「へぇー、見たこと無い顔だと思ったらまだ一年か。デッケえなぁ~! いやマジで色々……ねえ彼氏とかいるの? まさか廣瀬とか言わねえよな?」
「アタシみたいなのに男がいるわけないじゃないっスか~! えーっと、キクチ先輩でしたっけ? 先輩は居ないんスか?」
「……お、おう。そうじゃなかったらわざわざ聞かねえだろ?」
「はぇ~! いや親父が言ってたんスよ、大学生って彼女をとっかえとっかえするヤバい生き物だって! 良いっスねキクチ先輩、男は真面目な方がモテるっスよ! その調子っス!」
「エ゛……あ、はい……ッ」
一方お隣では邪念と純真の壮絶なバトルが繰り広げられていた。そして軍配は後者へ。
ノノに相手されないからって軽率な真似を。でも慧ちゃん、ちょっとは気を遣おう。ドンと張った胸も今は悪意という名の握り拳だ。
「なにソワソワしてるんすか。シルヴィアに話でも?」
「いや、さっきチラッと聞いたからさ。ブランコスの監督の娘さんなんだろ? ちょっと口添えして貰えないかなって……うん、でもやめとくわ」
「聡明な先輩を持って嬉しいです」
「お前もその一因だからな廣瀬??」
見えない圧力と壁を感じ取った賢い元キャプテンは、撃沈した菊池を引き連れ早々に宿から退散するのであった。
何事も引き際は肝心だ、同じ要領で二年後の就活も頑張れ。って、プロ注目株だった奴へ偉そうに。でも応援してる。実はね。
「はぁ~~……。良いですよねえああいう雰囲気って言うか、ザ・身内って感じの空気と言いますか」
「羨ましいよな。オレ男子校だったし猶更」
「あ~分かります! 男女分け隔てなくってのがねぇ~、また青春って感じでね~! もうあの空間にいるだけで幸せお裾分けみたいな……あ、男はひろぽんさんだけか。んふふ」
「なんだよそのヤバい薬みたいなあだ名」
「こ、これはただのビタミン剤じゃ!」
「嘘をつけ!」
みんなが風呂に入っている間、俺は比奈と一緒に大久保さんとレイさんを近場まで見送る。
予備知識の必要そうな博学コントが夜風と共に流れて来て、比奈はおかしそうにクスクス肩を揺すらせた。すっかり自分たちの世界。見送りの意味よ。
二人を背後から眺め『良いなぁ』なんて、消え入りそうな声で呟く。聞かせたかったわけでもなかろう。単に羨ましいのだ、きっと。
そうだな。今日は頼もしいプレーも沢山見せてくれたわけだし、あまり脳内ピンクだなんだと厳しく言い過ぎるよりは甘やかしてあげたい気分。混浴はアウトとして、何かこう具体的に……。
「……トキメキ、みたいな?」
「ん~? なあに?」
「あぁ、いやなんでも。眼鏡せえへんのなって」
「偶にはボヤけた夜を歩くのも乙なのだ~」
「なんそれ。可愛いやん」
すると、前の二人に動きがあった。この横断歩道を渡るそうだが、赤信号に変わりそうなところをレイさんが何やら急かしている。
「おーくぼ氏。遅くなっちゃったので、サークルの皆さんに何か買っていきましょう。部長がアイス奢ってくれたらみんな喜ぶんでしょうね~?」
「え、なんだよ急に。良いけどさ」
「おつかいお願いしま~す!」
対面のコンビニへプッシュされた大久保さん。
締まりの無い別れになってしまい、振り返りながら俺たちに手を振っている。あれ、ならどうしてレイさんはこっちに残った?
「……あの、違いますからね? アレですよ? 確かに私の人生史上、最もお近付きになった生身の男性であることはそうですけどねっ? かと言ってイコールではないということをご理解いただきたいわけでしてね!?」
「んふふふっ。分かってますよぉ~」
誤解を解きたかったらしいが、この慌てっぷりでは百戦錬磨の比奈を欺こうにも難しい。
まぁでも実際のところ、まだ付き合ってはいないんだと思う。友達以上くらいの関係か、必死さ故に分かる。だからあまり茶化してやるな。
そんなことより、とレイさんは手を叩き無理やり話題を挿げ替える。続きは予測できた。
冬にオープンキャンパスで出くわした時、俺も『早く結婚したい』なんてデカいこと言っちゃったし。これはこれで気になるのだろう。
「私の話なんてどうでも良いですから、お二人のことですよ~! えっと、その後は順調な感じで……?」
「昨日みんなに内緒で混浴しちゃいまいました♪」
「なんとッ!?」
わざわざ腕を絡めレイさんに見せつける。
嘘を吐くな嘘を。
少なくとも三年組にはバレてるだろうが。
「大会が終わったら海に行こうって、約束してくれたんです。冬は箱根に行こうねって。同じアパートにお部屋も借りたんですよ?」
「え、えっ、え!? あっ、本当にもう将来まで見据えて……はぁぁ~。あの時言ってたこと本気も本気だったんですねぇ~…… ! ん、あれでも同じアパート? 一緒に住むのではなく?」
「そこはちょ~っと事情が、ねっ?」
これは嘘ではない。ないのだが事実を混ぜ合わせた結果、話が変に大きくなっている。
自由に出入りできるノノの賃貸兼撮影部屋であって貴様の住まいではない。ねっ、じゃないんだよ誇示するなこれ見よがしに。
まったく、抽選会での出来事と言い最近の比奈はこれだから。悪い意味ではなく精神衛生上どうしても困るのだ。こうも露骨に甘えられると恥ずかしくて恥ずかしくて。
匂わせたがりだなんだと瑞希はよく彼女のことをそのように称するが、今や秘密主義傾向の強かった過去の面影はまったく無い。
昔は気心知れたレイさん相手と言えど、面と向かって彼氏自慢をするようなタイプじゃなかった。
コートの内外で自信を持てるようになった証拠ではあると思う。相手が林や菊池だったらこのまま抱き締め返して俺も自慢したいところだが。
(やられっぱなしってのもな)
「あ~どうしよう、久しぶりに写真館行きたくなっちゃったかも! レイさん、大会終わったらお店行ってもいい? 一年前のと見比べたいなぁって」
「いやもう勿論勿論っ! あの写真人気過ぎてお客さんみんなモデル誰か聞いて来るんですから、正式に結ばれた今こそ最新版を! なんならこの瞬間すら絵になり過ぎて即刻収めた……うわぁ~宿に置いて来ちゃった~でももう遅いですもんねぇ~!」
蚊帳の外でむしろ良かった。
そもそも着いていけるノリじゃない。
重い話ではないが、調子に乗るのが悪い癖と彼女は度々自戒する。俺はそう思わないけれど、一人で落ち込みがちなところは確かにある。
プレーでの施しは最小限。曰く自慢の彼氏らしいので、ならばそっち方面で驚かせられないかと思ったのだ。魅力ある男主人公なしにヒロインは存在しないのだから。
いや、逆だ。もっと重くすれば良い。
比奈はそういう雰囲気が好きなのだ。大会後のことなんて考えさせない。この夏で燃え尽きるほどの動機と理由を与えてやる。
そうすれば彼女はもっと魅力的に、最高のヒロインになってくれる。四日後の開幕戦、誰にも負けない輝きを放っている筈……。
「レイさん。試合の前日、空いてますか?」
「へっ? 前の日ですか?」
「午後は最後のリフレッシュってことで、夕方まで自由時間になってるんです。ちょっと手伝って欲しいことがあって」
ちょうど大久保さんもコンビニから出て来たので後で詳しく連絡すると一言、別れを告げ踵を返した。ワケを聞きたがる比奈はなんとかはぐらかす。
写真、と聞いて思い付いた妙案。
会場であるコーストアリーナの付近には、ブロックランドと言う大きな遊園地の他にもう一つ、目立ちの良い施設がある。
詳しくないが下調べした時に知ってはいた。オープンキャンパスの際に案内して貰ったあのチャペルと良く似た形をしていて……。
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