1118. 見栄えは同じ
「おいおい……こっちが急造だからって、簡単に決めてくれるよなぁ……ッ?」
「お客さん気分のままじゃ恥掻くだけだな……ライン上げてコンパクトにやるぞ!」
ミドルレンジの一発が突き刺さり瑞希のゴールで先制。面食らう菊池を置いて、林は再開直後から高い位置でパスを要求する。
こちらも全体を押し上げ、自陣で好機を伺う皆見、山本さんの東雲ラインをけん制。ゴレイロ役の大久保さんまでボールが戻ると、一気に縦へ刺して来た。林が背負って受ける。
「ッ!」
「それで良い比奈、遅らせろ!」
180センチを超える林と比奈では頭二つ分違う。傍目にはアクシデントが起こらないか不安になるほどの壮絶な体格差。
仮想・羽瀬川理久として戦ってくれとわざわざ伝える必要も無い。
前線に張り出した林の動き、大久保さんの攻め急いだパスはプレーヤーとしての本能。フィールドで最も華奢な比奈を狙うのは当然の選択。
さあ、ここからが見物。
技術もフィジカルも上回る男を相手に、彼女はどう立ち回るのか。勿論フォローはするが……少しくらい任せても良いだろ?
「ふっ……!」
「おっと!」
少し驚いた様子で声を漏らす林。
いや、漏れてしまったのかもしれない。比奈のチャージは腰の入った存外強烈なもので、ここまでの激しさは予想していなかったのだろう。
もっとも、強く当たったのは最初のインパクトだけ。三歩分ほど距離を開け、着かず離れずの立ち位置で監視する。
俺相手に練習していた時は無かった駆け引きだ。一発を恐れて食い付きっぱなしだったのに、もう修正してみせたか。
「そうです比奈っ、その距離感です!」
林なら十分に狙えるレンジだ。振り切る分のスペースを与えるだけでも怖いだろう。だが比奈は我慢する。我慢し切ってみせた。
この意固地なマインドこそが大切。
確かにマクロな視点で見れば『強引に前を向くという選択肢』を一つ封じただけ。
だが素早い攻勢が故、最低限ポストプレーを完結させる必要のあった林にとって、それがどれほど困難な代物か。
言い方は悪いが、女子相手に不自由なプレーを強いられそうになっている状況自体、彼には許容し難い筈。
サイドに預け組み立て直すのも本意ではないだろう。だから……こうなる。
「んだよっ、自分で行けって!」
「ソータ、敬語! 年上っ!?」
結局振り切るのに時間が掛かり、その間にこちらの陣形が整った。苦し紛れのパスは皆見が走り出した先へ大きくズレてしまう。
遠くから関心げに見守る大久保さんの表情が物語る。必要以上の圧を掛けることなく、駆け引きだけで林の自由を奪ってみせた。まずは比奈の完勝だ。
「ナーイスひーにゃん! 超助かるそれ!」
「良い守備でしたよ、比奈っ」
手放しで褒める瑞希と琴音に、比奈は掌をそっと掲げ控えめに答える。お喋りする余裕も無いくらいか。集中している証拠と考えれば悪くない。
つまり、もっと魅せられるよな?
急造チームとは言えフットサル畑のプレーヤーが複数人、山本さんを除き男子となれば強度は中々のモノ。ここだけの話、予選序盤で当たったチームよりよっぽど強い相手と言える。
体格差のある相手とのデュエルに苦戦する者も多いなか、比奈はかなり上手くやっていた。最初の数プレーで自信も付いたのだろう。何より守備の集中ぶりが素晴らしい。ここも。
「縦イケるよ! ほらゴーゴーゴー!」
「言われるまでもねーよッ!」
「だからソータ年上っ!?」
攻め切れず即席チームのカウンター。大久保さんの素早いスローを受け、皆見が左サイドからドリブルで攻め上がる。
流れの中で比奈が対峙することに。ゴールへの強い執着は皆見壮太の真骨頂。俺でも舌を巻いたほどだが、比奈は狼狽えずどっしりと構えてみせる。
「中は見てるから! コース切って!」
愛莉の指示は耳に入っているのか否か。ただやっていることは大正解。半身の絶妙なポジショニングでカットインを封殺しに掛かる。
皆見も皆見でコースが無いからと諦めるようなタイプでもない。左腕一本で押し退け強引に中へ切り込むと、比奈は半ば引き摺り倒されるような格好に。だがそれで良い。十分に時間を稼いでくれた。
「……っ!」
「しつけえなッ!」
俺が視野に入ったことで少々冷静さを欠いたか。右脚を畳みコンパクトに振った一撃は比奈のつま先を掠めゴールマウスを逸れる。
手を使わずクリーンに守り切っただけで特S級の大手柄。そう、この粘りを見たかった。潰し切れなくても相手がやり辛さを感じるだけで、味方は本当に助かるんだ。
「比奈、立て……」
「大丈夫! リスタート、集中だよ!」
差し出した手には軽く触れるだけ。コーナーの準備を進めていた林を鋭く監視している。おっと、余計な気遣いだったか。
すぐさま再開。ロブ気味に放たれたクロスを俺と菊池が競り合う。これはどちらにもヒットせず逆サイドへ流れた。ルーズボールに比奈と山本さんが反応、カウンターの準備は足りていないが……。
「やらせ、ないっ!」
「くう……っ!?」
背後から激しく揺さぶる山本さんに対し、肩を入れながら懸命のガード。ボールは次第に勢いを失うが、タッチを割るまで彼女に触れさせなかった。
勢い余り覆い被さるように押し倒されてしまう。峯岸がホイッスルを咥える……しかしファールの宣告を待たず、比奈はライン上にボールをセット。
「愛莉ちゃん準備っ!」
「わわっ! ご、ごめん!?」
リスタートを狙っていた。愛莉と呼吸が合わず残念ながら不発に終わったが、隙を突いた良い判断だ。俺でも間に合わない、狙えなかったほどの切り替えの速さ……いや、コート上の誰も反応出来ていなかった。
「……私の指導が悪かったのか?」
「そねーなこたぁ……き、きっとアレじゃ。今は廣瀬先輩が味方じゃけぇ、思い切ってプレー出来るんじゃよ。先生の言うた通りじゃ」
「へいへい、お気遣いどーも~」
「ふぁァ!?」
何故か聖来の尻を揉み散らかし不貞腐れる監督である。まぁ気持ちは分からないでもない。数時間前に苦心した問題が環境を変えたらアッサリ解決してしまったのだから。教え甲斐は無いだろうな。
そのままホイッスルを吹き峯岸はゲームを打ち切る。ただ比奈は続けたそうで、鳴った直後に俺へパスを出したほど。夢中と言うか、逆に集中し過ぎだ。言っちゃなんだが彼女らしくもない。
……いや、そうじゃないな。
どれもこれも一端に過ぎない。
抽選会でのらしくない言動にしてもそうだ。コートの上でも同様。自身の揺るぎない覚悟と正当性を行動で、プレーで示そうとしている。
「瑞希ちゃん。最初のゴールは良かったけどそれに引っ張られ過ぎかも。外で構えてばっかりだと、ちょっと動きづらいかなぁ」
「あえっ? お、おー。そうだった?」
「もしかして他に意図があったり?」
「……んーん、フツーにあたしがミスった! おっけー、ごめんねひーにゃん」
「良いの良いの~。そうだよね、先輩たち背が高いからマーク外すの大変だよねえ」
今度は瑞希を捕まえ反省会まで始めた。プレー歴で差がある彼女に対し、あのような言及をするのは珍しい光景。なんなら初めて見たかも。
瑞希もはじめは驚いていたが、次第に口元が緩みニヤニヤし始めていた。いつもは彼女が指摘する側で俺と愛莉に言われてばかりだから、新鮮で嬉しいのかもしれない。
コートの上では歳も性差も関係なく対等、と言うは易し。比奈のような立ち位置のプレーヤーが率先して言語化してくれるのは大きい。
「見違えたね、あの子。あんなにアクティブな選手じゃなかったでしょ?」
「覚えてるんすか? ホンマに」
「忘れないって! むしろゴレイロの子と並んで一番印象残ってたよ。全然運動部っぽくない見た目だしさ」
近付いた大久保さんは比奈を遠巻きに眺め、興味深そうに笑った。見た目云々の話で一瞬戸惑ったが、そう言えば一年前に試合をした時も黒髪だったな。
間に髪色から雰囲気までかなり変わっているのだが、彼からすれば中身だけ豹変したようにも映るのだろう。誰の言葉だったか、時計の針が一周しても見栄えは同じ。しかしその中身はまったく似て非なるもの。
安定と言う名の停滞を捨て、コート内外で己を見つめ直した一年間。その成果は今日この瞬間もハッキリと現れていた。
だからこそ、もうひと踏ん張り。
俺だけが知っていた倉畑比奈の進化を、次は全国の舞台で突き付けるのだ。他でもない彼女自身が望み、そして叶えようとしている姿がある。
「監督っ、もう休憩は良いですよね?」
「ん。なら時間同じでもう二、三本……ったく、一番教え子らしい面してる奴がこれだぜ? なぁ小谷松。私が一年間どれだけ暇だったか良く分かるだろ。オォん?」
「じゃけぇなんでお尻を……もうええや」
当てつけにされる聖来の悲壮な呟きは、再開のホイッスルと共に響き渡った比奈の声掛けで掻き消される。さて、いつまでも傍観者気取りじゃ居られないな。
峯岸の呆れ面も聖来の言ったことも間違ってはいない。右斜め前方で構える俺の存在が、彼女にとってどれだけの意味を持つか。やはりこの一年で思い知らされた。
スターターを狙う真琴には悪いが、ファーストセットのフィクソは彼女で決まり。否、倉畑比奈でなければならない。俺がコートに立つ限りは……。
「みんな、もっと声出してサポートしよう! 陽翔くん縦のコース切って! 前からドンドン行くよっ!」
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