1117. お披露目
「久しぶりだなぁ市川! なんだよ、マネ辞めてからの方が元気そうじゃねえか」
「んはははっ。そりゃもう色々ありましてですね~。あ、葛西センパイから聞きましたよ。大変っすねえ活動休止って」
「マジでそれな~。なあ大会終わったら暇してたりする? せっかく再会したわけだしさァ……」
「いや再会もなんも菊池センパイ、ノノと絡みほとんどゼロじゃないですか。マネ軍団とも喋ってたところ見たこと無いんですが」
「やめろっ! 芋時代の傷抉るなッ! そういうの隠してんだよ分かれよ!?」
新館裏のコートで敵対したのが遠い昔のようだ。それがこうして馴染み深いOBのような面で現れるのだから、全国出場の看板も痛く身に染みるというもの。いや別に嫌ではないが。歓迎もしないけど。
「アイツ、ずっと市川のこと狙ってたんだぜ。マネ辞めて一時期めっちゃ落ち込んでてよ。しかも市川がYou○ube始めたの知ってから、大学中に仲の良い後輩だって言い触らしまくって……」
「心痛いんでやめませんその話」
山嵜サッカー部の先代キャプテン、林。
甘栗野郎ことFWの菊池である。
前者はさほど変わらない印象。菊池はトレードマークの坊主頭を辞め長髪を茶に染めている。ぶっちゃけ名前聞くまで誰か分からなかった。ごめん。
二人は同じ大学に進学したのだが、なんでも不祥事が起こってしまいサッカー部自体が活動休止中。で、代わりにプレー出来る環境が無いかと探していたところ、勧誘して来た人物がこの男。
「そっかぁ、試合やったのがちょうど一年前のこの頃か~。早いもんだなぁ……あれ、あん時レイってもう加入してたっけ?」
「それが居なかったんですよ~! 倉畑さんからフットサル部の話を聞いて、あーそう言えばおーくぼ氏もやってたなーって思い出して、誘って貰ったのが最初ですから~」
城南大学のフットサルサークル部長、大久保である。隣の語尾が伸びる女性はレイさんだ。二人は冬のオープンキャンパス以来か。
比奈行きつけのコスプレ写真館でバイトしている彼女も、同学年の友人である大久保さんに誘われフットサルを始めたそうだ。
合宿と言う体の名古屋旅行中で、ついでに開幕戦を観戦していくつもりとのこと。俺たちの居場所は林が後輩(テツオミ)伝手に聞いたとか。にしても、懐かしい顔が都合よく集まったものだな。
「へぇ~二人きりなんだぁ……!」
「くっ、倉畑さん声が……!? あのそれより、すみません急にお邪魔してしまって。ソータが廣瀬さんの話をしていたからって勝手に着いて行っちゃって、もうなにが何だかって感じで……!」
「だめだよ~誤魔化しても無駄だよ~全部聞いちゃうよお美桜ちゃ~ん♪」
「ふぇえっ!? そんなぁ~……!」
「気付いたか、幼馴染の良さに」
「べ、別にそーいうわけじゃ……アイツが応援に行きたいって言って聞かなくて。一人で歩かせたら色々と迷惑掛けそうだし、マジでそれだけっす。子守っすよ子守。何の準備もしねえで来ちゃったんで」
「髪にワックス残ってるで」
「ゲッ、マジで? どの辺りっ……あっ、ちょ、てめぇカマ掛けやがったな!?」
「お前が自爆しとんねん敬語使え」
こちらは思ったより早い再会となった。予選リーグでしのぎを削った東雲学園の皆見壮太、山本美桜の幼馴染コンビである。
東雲学園の連中も全国大会の観戦で名古屋入りしており、二人は自由時間を使ってウチへ挨拶しに来る予定だったそうだ。道中、同じ目的の彼らに捕まり連行されたとのこと。
「日照りに大雨ってところか……倉畑、偶には大人ぶってねえで年上とも遊んでみろよ。後輩イビリはそのあとさね」
というわけで、初心者のレイさん除く五人に軽く相手をして貰うことになった。渡りに船。
参加校と対外戦をするわけにもいかないし、紅白戦でしか試合勘が養えないの、ちょっと困ってたんだよな。
偶然とは言え、スパーリングには十分過ぎるほどの役者が揃った。
皆見・山本の東雲学園ラインは言わずもがな。林はプロからも注目されていた逸材だし、菊池も裏抜けに関しては中々のモノを持っている。
そして大久保さんは去年の夏合宿で、山嵜フットサル部に初の敗北をもたらした強豪サークルの一員……まさかリベンジの機会が訪れるとは夢にも思わなかった。丸々含めて良い機会だな。
「凄いよなぁ。あの時は五人しかいなかったチームが今は二セットも作れて、しかも全国だもんな……めっちゃ部外者だけど、でも鼻が高いよ」
「きっかけは大久保さんですよ。教えてくれたじゃないですか、混合大会が来年から始まるって。感謝してます」
「え、マジで? 誇っていい!?」
「自慢して回ってください」
「はははっ! やったラッキ~。いやでもさ廣瀬くん、ホントに雰囲気柔らかくなったよね! 冬に会ったときも思ったけど、もっと良い顔になってるよ」
男子三日合わざればなんとやら、大久保さんも変化を如実に感じ取ったらしい。
褒められ過ぎても困るけど。その真っ直ぐな笑顔を向けられては何もかも霞む。そもそもの素養が違うのだ、この点に関してだけは。
彼にゴレイロを務めて貰い、フィクソの位置は山本さん。アラが皆見と林、ピヴォに菊池。エキシビションマッチの準備が整った。
当時の再現ではないが、迎え撃つは三年生によるファーストセット。
ただ、あの時からポジションの入れ替わりがある。対面の林が先に気付いたようだ。
「廣瀬がアラなんだな」
「んだよ、予選観てねえのか?」
「そりゃ観たかったけどさ! 部がゴダゴタして大変でよ……へえ、なるほどな。和製ロベルト・バッジョ、完全復活ってところか? でも舐め過ぎると、大会前に痛い目見るかもしれないぜ」
「ど~~っすかねえ~~……?」
こちらはまるで覚えていなかったが、実は中学時代に対戦歴があり、昨夏のマッチアップは二度目だったという俺と林。
言いたいことは分かる。あの時の俺はコンディションも悪く、即席チームに過ぎなかったフットサル部を上手く回すだけで精一杯。
得意とするオフェンシブなポジションに戻った万全の俺と、今度こそ本気で戦える。そんなところだろう。だがどうかな。突破口が無いわけではないって、そこまで顔に出さなくても。
「比奈。驚かせてやろうぜ」
「……うんっ。大丈夫、任せて」
まさか俺に気を取られて忘れたわけじゃないだろうな。あの試合を決定付けるゴールを奪ったのは、このいかにも『狙い処』に見える彼女だったと。
少し緊張しているように見えるのは、相手が実力者ばかりと理解しているから。東雲学園の二人は記憶に新しいし、劣勢を強いられた先輩三人のプレーも肌感で覚えているのだろう。
尤も、これ以上掛けてやる言葉は見当たらない。とっくの昔に、彼女は殻を破った筈だ。少なくとも俺はそう思っている。
だったら今見せるべきは……全国でもそれなりに戦える選手、などと志の低い姿じゃない。
強みも弱みも全部乗せ。それでいて他を圧倒する、山嵜の心臓。倉畑比奈以外に無いよな?
「みなさーん、頑張ってくださ~い! 特に倉畑さ~んファイト~~! あ、ひろぽんさんも~!」
気の抜けたレイさんの声援を合図に、こちらのキックオフでゲームが始まる。愛莉のバックパスを比奈が受け、両アラの俺と瑞希がサイドへ広がった。
先鋒の菊池が早速制限を掛ける。
男にしては小柄だが生来のすばしっこさがあり、迂闊に持ち過ぎると掻っ攫って来そうな独特の雰囲気。坊主頭のままだったらもっと威圧感も出るだろうに。勿体ないな。
「おっ、意外と余裕……?」
「……ッ!」
だが比奈は狼狽えない。腰を低く落とし左脚裏で軽く舐め、菊池を誘導するように横へドリブル。一見、パスコースを狭める悪手のようだが。
「比奈、こちらです!」
「琴音ちゃんっ!」
腰を捻り最後尾の琴音へ。菊池はターゲットを変え接近していくが、まだ本腰を入れた守備ではない。二人とも見抜いていた。
「リターン!」
「お願いします!」
「えっ、そんな狭いところ……」
今度はコーナーアーク付近、ラインを割るギリギリのところで受け直す比奈。
後方で構えている林は首を傾げた。何故キックオフ直後のファーストプレーで、わざわざ選択肢の少ない狭いエリアへ進んで赴くのだろう。って?
分かってないな、アンタも菊池も。確かに狭いは狭いが……見えていないだけ。
一年越しにまたカルチャーショックを喰らいたいようだ。だったら焼き付くほど見せてやれ、比奈!
「――陽翔くんっ!」
「ちょっ……そこ通すのかよッ!?」
タッチライン超ギリギリ。
いや、上を通過していた。
外側に数ミリでもズレれば相手ボール、内側にズレても菊池にカットされる。
そのどちらでもない、唯一のコースを比奈は選んだ。最低限の技術は勿論、確固たる自信が無ければ出せないパス。
だがこれだけでは終わらない。すぐさま駆け出して斜めのランニング。コート中央に現れると、ありったけの大声を響かせリターンを要求。
「こっち!」
「サンキュー比奈! 逆サイド!」
「分かってる!」
まったく予期していなかったであろうパスコースが開通し、制限に失敗した菊池は勿論、俺を見ていた林も突然のペースアップに着いて来れない。
ダイレクトのリターンを受け、一気に左で張る瑞希へ。狭いコートが何倍にも膨れ上がったかのような、ダイナミックな展開と動き出し。
これを見れば砂川明海も『勇気と無謀の履き違え』などと戯言を吐く暇は無いだろう。
まぁそれでも、アイツは言うんだろうけどな。まだ半分、不合格だって。
ではお披露目いただこう。
東雲の連中は兎も角、あの先輩面二人はまだ舐めているようだ。俺が安心してアラにコンバート出来た理由、これだけじゃねえぜ。
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