1116. お前のせいだぞ~


 予定より早い名古屋入りではあったが、初戦が間近に迫っていることに変わりは無い。

 朝は軽めのウォームアップ。午後から一回戦の対戦相手、常葉長崎高校の対策を主とした本格的なトレーニングが始まった。


 町田南ばかり気にしている場合ではないのだ。

 肝心のエースがあの調子なせいでイマイチ危機感が湧かないが、腐っても九州第一代表。横村の理不尽な期待に添うのも簡単じゃない。



「じゃけえ、廣瀬先輩を?」

「そういうこった。使えるものは使っておくべきさね……悪い廣瀬、あともう十セット頼むわ~」

「へーへー! 嫌でも引き締まりますわッ!」


 供給役の有希から放たれたロングボール、競り合うのは俺と真琴。そう、いつも俺と誰かだ。午後はずっとこのメニューを続けている。


 常葉長崎はピヴォの羽瀬川理久が唯一の男性フィールドプレーヤー。予選の間は控えに何人か居たが、全国大会を前にラージリストへ回ったようだ。


 尤も、それに関係無く中心は羽瀬川。エカチェリーナが屈強な男に変わったチームと考えれば、如何に困難な相手か想像するに容易いだろう。



「真琴、距離開け過ぎんな! 電柱役やらせる分には脅威じゃねえ、それより次の動き出しを警戒しろ! ビビってんのか!?」

「アァ!? だったら股下狙うのやめてよ!」

「無警戒ってわけにもいかへんやろ! ほら次!」

「ったく……! 少しギア上げたらこれだよ! やってられないっつーの!」

「無駄口叩くなッ!」


 好き放題やられて気が立っている様子だ。だがすぐに切り替えて、俺に飛び掛かる勢いでロングボールを捕獲しに向かう真琴。


 長身の男性プレーヤーである以上にポストプレーそのものの精度が高い。一方、市原臨海と同様フィニッシュの部分を彼に依存する傾向がある。

 つまり、電柱役やらせるような展開に持って行けば、ペース自体は握れる筈。


 俺も気を見てフォローには入るが、基本はフィクソの真琴、そして比奈の奮闘が必要不可欠となる。

 まぁでも、真琴はこの調子なら大丈夫だろう。因縁の栗宮戦を前に、負け面を全国ネットで晒すわけにはいかないからな。



「じゃあ次、比奈さんですっ!」

「おっけー。陽翔くん、手加減無しだよ!」


 合図と共にハイボールが蹴り込まれる。有希のキックも安定して来たな。高い弾道のパスもソツなく蹴れるようになった。成長が窺える。


 と、感心している場合ではない。技術は磨けばいくらでも伸びるが、体格の違いは性差に関わらず浮き彫りになってしまうもの……。



「……クッ!?」

「ストップ! ……比奈、それ誰に教わった? 安易にユニ引っ張ったら全部ファールや、特にエリア内はな。二度とやるなよ」

「う、うんっ。気を付ける……っ!」


 仕切り直し。

 ノノ辺りに伝授されたのだろうか……良くないな。これでは端から『フィジカルでは勝てません』と宣言しているも同然。


 勝てないこと自体は問題じゃないのだ。一年掛けてアスリートらしい身体つきになった比奈ではあるが、まだまだ華奢な部類。俺だって鍛えているわけで、男相手に当たり負けするのは仕方ない。


 前を向かせない、激しくやり合おうという意思と反発心が大切。

 がしかし、これでは逆に相手を有利にさせてしまう。ファールの蓄積は第二PKに直結する。



「なんや姉御、調子悪そうやな」

「悪いってゆーか……ほら、マコは中学で男子と混じってたから、フィジカルコンタクトに抵抗が無いしさ。どこまで当たるとファールになっちゃうとか、そーゆーの経験と肌感で分かるじゃん?」

「ほんほん……で、姉御はちゃうんか?」

「だってひーにゃん、初めてボール蹴ったの一年前だよ? 足元はすっげえ上手くなったけど、あーゆー駆け引きは実戦じゃないと学べないしさ」

「は~。にゃーるほどなぁ~」

「ハルも良くないよね。ずっとコンタクト避けろって言ってたのに、急にバチバチやらせるし。まー、勝つためにはしょうがないんだけどさ~」


 うーむ……瑞希の言う通りだ。


 これに関しては本当に俺が悪くて。比奈を『後方で捌くタイプの司令塔』に育てようとした結果、対人守備の強化に重きを置いて来なかった。


 予選を戦うなかで、俺が守備に入れるとオフェンスが機能しない場面も結構出て来て。

 真琴をフィクソにコンバートしたりと火力を保つ策は色々と講じているのだが、しわ寄せが比奈に集まっている現状。


 真琴の守備適性が思った以上に高かった、というのもあるが。要するに、劣勢の時間帯も少なくないであろう全国大会では、比奈のフィジカル面の弱点が晒される可能性が高い。



「比奈、切り替えましょう! ミスは誰にでもあるものです、それより次にミスしない方法を考えてください! 比奈なら出来ますっ!」

「琴音ちゃん……うん、ありがとっ! 待たせてごめんね有希ちゃん、お願いしまーす!」


 背中から見守る親友の発破に奮い立ち、彼女は元気を取り戻す。そう、メンタル面の心配は一切していない。必要無いのだが。



(よりによってアイツなのが……)


 三位決定戦で封じ込めたエカチェリーナとは、正直ワケが違う。

 世代別代表に飛び級で参加するストライカーだ。性別だけではない。何もかもが異次元の相手。


 しかも、もんっっの凄く相性が悪い。

 心持ち云々で片付く話じゃない。



「よし、終了! 十五分休憩さね、廣瀬はストレッチ。あぁ、倉畑はちょっと……」


 俺を仮想・羽瀬川理久に見立てたトレーニングは暫く続いたが、比奈は最後まで一度も止めることが出来なかった。


 ホイッスルが鳴ると悔しそうに唇を噛み、大粒の汗を残し峯岸のもとへと駆け寄る。幾らか修正は入るだろうが、どこまで効果があるか。



「本当に手加減無しだったわね、アンタ」

「抜いてどうすんだよ……大丈夫やって。あれくらいで折れる奴じゃねえよ比奈は」

「その辺は私も信じてるけど……でも、実際どうするわけ? あんまりセット弄りたくないって先生も言ってたしさ」

「知らん。スターター決めるのは俺の仕事じゃねえ。峯岸が真琴で行く言うなら、俺たちは従うのみや。それが勝負の世界やろ」


 休憩中、謎に突っ掛かって来た愛莉である。声を掛けたくなった理由は分かった。ちょっと冷たく映っちゃってるよな。


 でも、こればかりはどうしようもないのだ。勿論、比奈がスターターとしてプレーし、羽瀬川理久を封じるべく奮闘するのなら、俺は喜んでフォローしよう。四肢が捥げようとも身体を張る覚悟だが。



「……ふーん。珍しくドライなのね」

「アホ言え。優しいのはコートの外だけや」

「そうだったっけ」

「思い出させてやろうか?」

「はいセクハラ。琴音ちゃんに言いつけるから」

「ねえなんで? そうはならんくない??」


 彼女の身一つを抱えるわけにはいかない。比奈の代わりを務めようとしたら、俺の役目はどうなる。俺は一人しかいないのだ。


 共に山嵜の命運を背負うプレーヤーとして、少なくともコートの上では対等な関係。

 自分のケツは自分で拭け、なんて口にしたら峯岸に殴られそうだが。


 いくら手を差し伸ばしたところで、脚が地面を付かなければ立っていることにはならないだろう。

 比奈は強い人間なのは言うまでも無いが、同じくらいの自立をプレーヤーとしても求められている。


 別に今までの比奈がおんぶだっことか、そういう話でもない。壁を一つ越えて、新しい壁にぶち当たっただけのことだ。分かりやすく言えば、次のステージへ辿り着くための試練。


 具体的に? そりゃもうシンプルだ。

 羽瀬川を完封すれば良い。


 砂川明海に指摘されたような『勇気と無謀の履き違え』ではないことを、目に見える結果によって証明してやるのだ。

 そうすればプレーヤーとしては勿論、彼女の思い描くに、もっともっと近付ける……。



「……というわけさね。長瀬妹の真似はすんな。お前の長所は機転の良さとポジショニング、ベッタリくっ付いたら旨味が無くなるだろ?」

「そう、ですねっ。確かに……でも陽翔くん、少し離れるとすぐコースを狙って来て、身体が反応しちゃうんです。もっと前に出ないとって」

「そりゃアイツだからだよ。あのな、羽瀬川理久つったって廣瀬よりは落ちるんだから、その辺は上手く調整しろって」

「う~ん……調整……?」

「おーい廣瀬ぇ~。お前のせいだぞ~」


 なんか呼ばれた。なに、俺が本気を出したから比奈が困っているとでも? いやだって、本番近いんだし流してプレーするわけにも。



「今更だが倉畑。実を言えば、この形ばかり拘って練習しても意味が無いんだよ。お前が羽瀬川にしろピヴォを制限して、チーム全体で奪い切って、前に運ぶ。一連の動きになっていないといけない」

「は、はい……?」

「なんつうのかねえ。フォアザチームの中でこそ生きるタイプだからな……実践的なトレーニングじゃないと、良さも出て来ないんだろうよ。ただそうなると、廣瀬しかり味方役やって貰わねえとな。相手がいねえ」

 

 峯岸は悩まし気に首を捻る。

 まぁ確かにそうだ。俺が仮想・羽瀬川になったところで、それは限られた局面でのイメトレにしかならない。次のプレーを想定しないと。


 俺じゃない男の用意があれば良いのだが、生憎まだサッカー部は名古屋入りしておらず、手伝いは頼めない。

 他校から選手を借りるわけにもいかないし……これがなぁ。男子おひとり様チームの辛いところだよなぁ~……。



「――おっ、練習相手か? なら俺はどうよ?」


 その時だった。

 関係者以外は入れない筈の屋内コートに、軽装備の男女数名が現れる。他校の選手ではなさそうだ。



「おいおい、羽瀬川理久の代わりが務まるほど大した選手かぁ? 一年坊主さんよ」

「いや、もう坊主じゃないんで! これから毛先で遊び放題っすから!」

「そういう意味じゃねーだろ……はぁ~。しっかしまた、一年ちょっとで随分と増えたよなぁ。なのに男は廣瀬一人のままってよ」


「あの、本当に入っちゃって良かったんですか? 私たち見学がしたかっただけで……」

「まぁまぁまぁ~私も部外者みたいなもんですから大丈夫ですよ~! あっ、倉畑さーんひろぽんさーん! お久しぶりですー!」

「ひろぽんさんって……えっ、もしかして呼ばせてるんすか? やばっ」


 収拾が付かない。

 そりゃそうだ。なにこの変な面子。


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