1115. 色々と
「すいません、明海先輩っていっつもあんな感じで……頭の中が少年マンガなんですよねぇ~まぁ、あの、そこが可愛いんですけど、へへへっ……」
先輩二人に取り残されてしまった哀れな後輩。パッツン前髪と困り眉が良く似合う少女、ゴレイロの横村佳菜子である。
特段示し合わせるまでもなく共に宿まで戻ることになったが、沈黙の続く方が精神的にシンドかったのか、自ら話を切り出した。
横村は栗宮胡桃と同じレディースチームの出身。直属の後輩に当たるわけだ。彼女らの身の上を知るに最も相応しい人材と言える。
「鳥居塚の話やと、去年の夏に栗宮が誘ったらしいな。来栖とアンタも」
「私は誘われたって言うか、ほぼ強制でして……まぁ、あの、でも、みんな結果的にはその、良かったんじゃないかなぁ~、と……」
「……何かあったのか?」
礼儀正しく話しやすい子だ。若干ドモりがちな節はあるが気にもならない。が、何だろうこの違和感。
だって好き好んで栗宮の後輩やってるような奴だもの。癖の一つでもなきゃ逆に納得いかん。
ともかく、これも地味に気になっていた。
いかにも後輩気質な横村はまだ分かるとして、砂川・来栖の両名が栗宮に誘われるがまま転部した理由が、正直ピンと来ないのだ。
男勝りな砂川。頭からつま先まで女の来栖。相反する二人がむしろ仲良くなるのは理解出来なくもない。愛莉と瑞希も似たようなものだし。
だが栗宮胡桃はどうだろう。奴の性格を考えると、彼女らの『人間臭さ』を嫌いそうにも思える。逆も然り。
「明海先輩、女子チームでプレーするのは高校が初めてだったんです。でも……中学のサッカー部で、監督に言われたそうなんです。今までは通用したかもしれないけど、これ以上は無理だって……」
あの勝ち気な性格だ。年代も上がり必然的な流れとは言え、性差の理由だけで梯子を外されるのは不服だろう。
だが熱意だけではどうにもならず、と言ったところか。やむを得ず中学のサッカー部に転籍した真琴と似たケースだ。
「基本的にあの人、男も女も大した差なんて無いだろって、そういう価値観と言いますか……去年の夏に女子チームを率いて男子と試合をしたそうです。ただ、ボロ負けしちゃったみたいですけど……」
去り際に言い放った『自分が一番のストライカー』だという確固たる自信が欲しかったのだろう。しかし敗れた。
尤も、それ自体はあまり関係無いのだと思う。彼女が求めるのは男女の差を埋めることでなく、あくまで一個人としての成長。
「……そんなあの人を、栗宮先輩はずっと見ていました。誘われる時、私もその場にいたんです。男に勝つ前に、まず自分を倒してみろって」
「で、完敗したと」
「最後なんてもう凄くて、泣きべそ掻いて先輩に立ち向かうんですけど、簡単に翻弄されて……でもちょっと嬉しそうでした。その時の写真ずっと持ってるんですよへへへっ……! あっ、み、見ます?」
「いや別にええです」
少年マンガみたいな熱い展開だ、とか考えたのだろう。実に単純な動機だ。
しかし、その純粋さが何よりの原動力。競技こそ変わったが、目論見通り女子A代表にまで上り詰めた。
「来栖さんも似た感じなのかな?」
「あー……まぁ、その、えっと、なんでしょうね。あのっ……これ絶対にオフレコでお願いしたいんですけど……っ」
「うん、言わないよ」
「助かりまぁ~す……えっと、まゆ先輩はですね。やっぱり女子サッカー部では目立った存在だったんですけど。男子チームに、あの、凄くお顔の良い方が居てですね……それはまぁこっぴどくフラれたようでして……っ」
周囲に来栖の姿が無いかビクビク怯えている。
ぶりっ子は男の前でだけ。ただでさえ先輩に頭の上がらなそうな横村だ、何かと被害も被っているのだろう……。
「……動画投稿やってるじゃないですか。あれ始めたの、フラれた後なんです。メイクとかに凝り出したのもその頃で……有名人になって見返してやる、みたいな? いやあの、噂ですけどね……っ?」
成れの果てがあの承認欲求モンスターか。
そんな悲しい過去があったとは。
いやでも、根っこの性悪は地な気がする。可愛くてごめんざまぁってやつだろ。知ってる知ってる。
ならばと中堅処の女子サッカー部で根を張るより、既にお茶の間クラスの有名人だった栗宮の隣を選んだわけだ。
打算的には違いないが、今や世代ナンバーワンのインフルエンサーと呼べなくもない来栖。判断は正しかった。
「栗宮さんが誘った子は、その二人だけ?」
「そ、そうです。まぁ実力的にも抜けてましたし……女子サッカー部には申し訳ないことしちゃいましたけど、ふへへっ……」
「……実力だけじゃない、ってことだね」
「はへっ? え、あ、ん、え、はいっ?」
確信を得たように頷く比奈。
いきなり主導権を奪われ、横村は酷く狼狽えた。
得意なジャンルは幾らでも話せるが人の話を聞くのは下手な、典型的陰キャ体質の言動である。見覚えしかない。どこの何瀬愛莉さんだっけ。
「わたしも考えてたの。町田南さんって凄く強いけど……それ以上に、なんだか不思議なチームだなって」
気付けば川沿いをかなり歩いた。これ以上進むと朝食に遅刻しそうだ。埋め立て地に囲まれた狭い海を一望し、比奈は立ち止まる。
「明海ちゃんも、来栖さんもそう。納得出来ない現実に打ち破れない壁、色々な挫折があって……それを乗り越えたいっていう、エネルギーの塊なんだよ。そんな二人だから、栗宮さんも声を掛けたんだと思う」
「アイツには縁の無さそうな概念やけどな」
「そうかな? 準決勝が終わった後、陽翔くんが話していたこと、分かるよ。わたしだって見たもの」
染みるような風が横切り、彼女の前髪が揺れた。
妙にドキドキしてしまうのは、やはり眼鏡の存在故だろうか。絵になり過ぎて困る。惚けた寝間着のデザインでも眺めて落ち着きたい。
「栗宮さん、昔の陽翔くんみたいだった。大阪で見た、アルバムの中にいた陽翔くんと……ソックリな目」
「ハッ。人でも殺しそうって? 厨二か」
「そう思ったんでしょ? なら分かる筈だよ」
比奈は毅然とした態度を崩さない。別に重い話をしたくて横村を捕まえたわけじゃないんだけどな。単なる興味本位だったのに。
ただしかし、言わんとすることは少々。昔の俺、とはつまるところ自己顕示欲の塊。化け物と言っても良い。
大好きなサッカーさえ手段に過ぎなかった、誰からも見えない暗闇で必死に格好つけている……世界一孤独で、飛び切りダサい奴。
「栗宮さんの抱えているモノは、それこそ思い通りにプレーしたり、有名になったり、世界で活躍しても……解決出来ないほどのことなんだと思う。この大会で優勝したとしても、すべては割り切れないくらい」
「……どうだかね」
「それを他の選手も知っているし、支えてあげている。一人だけ浮いているように見えて、実はそうじゃない。栗宮さんがいるからこそあんなに強くて、纏まっている……って、誰から見ても言えるよね、こんなの」
知ったような口聞いてごめんね、と掌を合わせる。年上からの気遣いはむしろ逆効果なのか、それはもう激しく首を振る横村であった。
「いいいいィィいえいえいえいえいえっ!? あのっ、いや、そ、その、えっと……まぁ、は、はい。そうなんですっ。やっぱり先輩だからこそみんな着いて行くし、助けたいと思うって言うか、わ、私もですけど……っ」
「理由は……聞かない方が良い?」
「そ、そうですねっ、こればっかりは……! まぁあの、ちょっとこう、センシティブって言うか、外で話すのも危ないって言うか……すいません」
困り眉も究極の境地に達し、いよいよ縦線になろうかという勢い。更なる追及は横村のメンタルを破壊し兼ねないので、ここで終いとする。
やはり重要な部分は聞きそびれてしまったが、少なからず進展はあった。どうやら町田南。俺たちとは何もかも正反対、というわけでもなさそう。
真琴の一件を境に、さながら親の仇が如く敵視して来た栗宮にも……まぁ、なんだ。許したわけじゃないけど、事情ってものがあるんだなと。
魚の骨みたいに引っ掛かっていた違和感も、ちょっとはスッキリしてくれれば良いのだが。残っている分には仕方ない。
何はともあれ気が早い。まずは常葉長崎と羽瀬川理久の泣き面でも呑み込んで、その後に考えるとするか。
「えっとじゃあ、わ、私はこっちなので……っ」
「うんっ、またね佳菜子ちゃん。今はスマホ持ってないから、次会ったら連絡先交換しようよ」
「ほふぇアっ!? あっ、は、はいっ、光栄です!! 一か月幾らくらいですか!? 出来ればスタンダードプランとかあれば……ッ!」
「サブスクじゃないよ~♪」
お友達料金、実在するんだ。
この感じだと本当に払ってる相手いそうだな。可哀そう。ヤだなそういうの知りたくなかったな。
ペコペコ頭を下げながら宿舎へと駆けてゆく横村。にしても、最後までコートでの圧倒的な存在感は欠片も垣間見えなかった。
なんとも不思議な子だ。あの小さな身体と軟弱なマインドの何処に、ビッグセーバーの素質が隠れているのだろう。
「アンタは?」
「はへッ!?」
「一個上の天才ってだけで、中高六年間もケツ追っ掛けとんのか? いくら栗宮言うても、本気で嫌がる奴を連れ回したりせえへんやろ」
素朴な疑念を前に横村の足は止まる。振り返った先にはお決まりの困り顔と、カモメみたいに泳ぐヘラついた口元。しかし。
「へへへっ。私、馬鹿なんで……そういうのに縋ってないと、一人で勝手に死んじゃうタイプですから。先輩がゴール守れって言ったら、守ります。それが私の仕事なんで……っ」
「……ほんなら、死ねって言われたら?」
「あ、はい死にます、全然死にますっ……! いやまぁ、出来れば痛くない方法でお願いしたいんですけどねっ!? へへへっ……!」
……あぁ、なるほど。
自分から後輩を名乗るだけはある。
他の連中とは違うベクトルで……。
「……なんで、お願いします。山嵜さんが勝ち上がって来ないと、色々と困っちゃうので! 準決勝で、絶対に戦いましょう! はい、そうしましょうそんな感じで、はいっ……!」
「で、あの……えっと、先輩のために……良い感じに負けて貰えると、助かっちゃいます。良い試合はしたいんですけど、負けたら意味が無いというか、負ける筈が無いんで……!」
「それだけはホント、ちょっと動かせないので、はい……! なんであのっ、それはそれとして、暫く宜しくお願いします……へへっ」
……………………
「……今の、挑発だよね?」
「素面やろあの感じやと」
「おぉ~……意外と自信家さん?」
「まぁ、究極の指示待ち人間が故に、みたいな。分からん。何かを崇拝しとるのだけは分かる」
「……癖が強い?」
「じゃあええよもうそれで」
宿舎に消えた横村の背中を目で追い、会話もままならない俺と比奈であった。最後の最後にとんでもない爆弾を。しかも処理し切れないレベルの。
「……なんか、凄いよね。因縁ってこんな風に出来上がっていくんだ。実感したの初めてかも」
「マイクパフォーマンスでSNSトレンドデビューした奴がなに言うとんねん」
「あははっ。でも、うん。そうだね。わたしも佳菜子ちゃんも、それに明海ちゃんも。根っこは同じってことかな……絶対に譲れないモノを、この大会に賭けるって意味で」
「負けんなよ。色々と」
「うん、頑張るよ。色々と、ねっ」
刺激を受けてくれたのなら何より。と言うか、それくらいの恩恵でも無いとやってられない。朝からとんだハードワークだ……。
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