1114. 着飾ってみたい
少し目を離している内に、軽めの朝練が実戦的なモノに変わっていた。二つの小石をゴールに見立て、間に横村が立っている。
どうやらゴールクリアランスからの繋ぎを想定したトレーニングをしているようだ。比奈がフィクソで砂川が相手のピヴォ役。ゴレイロが横村である以外は実際の形と同じ。
でもそれ、意味あるんだろうか。比奈と横村の連携が深まったところで、お披露目する機会があるわけでもなかろうに。
「アタシが内側から狩りに来たってことは、外に逃げるチャンスだろ? なんで無理やりゴレイロに繋ごうとするんだよ! 危ぶねーだろうが!」
砂川は比奈の選択したプレーが気に喰わないらしい。だからそれ、ライバル校の選手にするアドバイスじゃないって。集中し過ぎて忘れているのか。
「でも明海ちゃん、ここで上手くマークを外せたら数的優位になって、もっとチャンスになるんじゃ……」
「雑魚が相手ならな!? よく考えろよ、こっからは全国レベルのピヴォがウジャウジャいるんだぜ。そう、アタシみたいな奴がなっ!」
「リスクを負い過ぎるのもダメ、ってこと?」
「そーだよっ! ボール出たら時間止まるんだから、その間に立て直せるだろ? 毎回毎回、どうにか隙を突いてやろうみたいな考え方やめろ! デッケぇ餌に掛かるそのタイミングまで我慢して、ズバっと縦に刺すんだよ!」
身振り手振りのダイナミックな指導。その様子に、適当なアドバイスで惑わせようという気概は少しも感じられない。
謎に熱が入りまくっているのはともかく、俺にも的確な助言に聞こえた。良かった喧嘩とかじゃなくて。
(せやなぁ。ビルドアップは……)
年始に似たような話と特訓をしたことを思い出した。いかにボールを奪われず、尚且つ効果的に前へ運べるか。
近日のサッカー界でディフェンダーのビルドアップ能力が重要視されるように、フィクソとしてプレーする上で非常に大切な要素だ。
比奈の場合、始めた当初は技術的な問題があったこともあって、とにかく安全第一で繋ぐことを求めていた。そこから徐々に上達して、前を向いてプレー出来るよう矯正を始めたのが今年の冬頃。
そして迎えた今夏。
仕上がりは順調と言っても良い。
元より初心者とは思えないほど視野が広く、色々な意味でフィクソ向きな性格をしている比奈。
予選でも自陣でポゼッションの経由地になりながら、機を突いた効果的な縦パスで攻撃のスイッチを入れるシーンは幾つも見られた。
真琴とは違ったタイプの司令塔として、この上ないセンスと実効性を発揮し貢献してくれている、が……。
「おい廣瀬、アンタもそう思うだろ? コイツは勇気と無謀を履き違えてんだよ! だから準決勝でも流れを止められなかったんだ!」
そう、砂川の指摘は意外にも鋭い。
予選の間はほぼすべての試合で攻めっぱなしだったから、比奈も余裕を持って捌けていた。だがレベルの上がった全国の舞台では守備に費やす時間も増える。それこそ町田南戦のように。
後半開始直後。同点に追い付かれた山嵜は、嵐のようなプレッシングを前に冷静さを失ってしまった。その中心にいたのが真琴と、そして比奈。
俺がコートにいなかったことも少なからず影響しているだろうが……アウトプレーの時間を作り流れを断ち切っておけば、一瞬で逆転されることも無かったかもしれない。
「聞いたぜ。コイツ、フットサル初めて一年ちょっとらしいな? まぁアタシも同じようなモンだけどよ……でも、コイツよかは知ってるぜ。フィクソっつーポジションが何たるかをな!」
にしても自信満々である。
胸元をドンと叩き、砂川はニヒルに笑った。
一度勝ったからって露骨に格下扱いしやがって、教えを授ける先生気分か。まぁええけど。そこまで言うなら聞いてみようじゃないか。
「その点、ジンと兵藤は凄げえんだぜ。天井に目が付いてやがる。コートを俯瞰して見れるんだ。絶対に慌てたりしねえ」
「俯瞰して、見る?」
「そっ。コートのどこで何が起こっているか、ボールの無えところだろうと全部把握してる。これくらいやれなきゃ、一流のフィクソとは言えねーなぁ?」
そういうお前はストライカーだろ、と喉の先まで出掛かったが、もう少し喋らせるか。嫌味は嫌味だが、抜け切らないガキ臭さで上手いこと中和されているのでまだマシ。それに言っていることは正しい。
「おいおい、ホントに分かってんのかぁ? フィクソが安定してねえと何の意味もねえんだぜ。土台が崩れたら、全部ブッ壊れちまうんだ……今からでも遅くねえ。ウチらに勝ちたいなら、根っこから見直せよ!」
飛び切りのキメ顔で砂川は鼻を鳴らす。
まぁまぁボロクソに言われている筈なのに、あまり嫌な気分にならない。逆に何かしらの才能を感じる不思議。
さて、そろそろ比奈の言い分も聞きたいところ。転がっていたボールをジッと見つめ、思慮に耽っているようだ。
ミスを恐れずチャレンジしろ、勇気を持って前に運べと指導したのは俺で、そういう意味では責任はこちらにある。ただ彼女にしたって、何もかも俺の言う通り受け入れたわけではなく……。
「……ありがとう、明海ちゃん。わたしも思ってるよ。口では偉いこと言ったり、お姉さん面してみんなに接してるけど……本当はそんなに大した人間じゃない。そのギャップが、プレーにも現れるんだよね」
「おうおう。そーゆうこった!」
「上手くこなせているつもりでも、町田南さんとの試合はそうならなかった。慌ててボールを蹴っちゃって、同点にされた流れを止められなくて……うん。あの試合はわたしが一番ダメだったんだね」
「へへっ。そーかもなぁ~?」
「はぁ~。やっぱりそういうものなんだねえ……どれだけ着飾っても、根っこの部分が出ちゃうんだ。プレーも、毎日の生活も」
「えっ、お、おん。そうなのか。おう」
まるで言い包められているような台詞が並ぶが、実はそうではない。砂川も話の噛み合わなさに首を傾げ始めた。とことん演出家向きだが、やはり第一希望はアクターなままの彼女である。
「でも、着飾ってみたいんだ。安全なところに居るわたしも、無謀なくらい前向きなわたしも、倉畑比奈だから。どっちも蔑ろにしたくない」
「……え、なんか話変わってね?」
「ううん一緒だよ。ごめんね明海ちゃん、さっきのアドバイスはちょっとだけ参考させて貰うね?」
「アっ? ちょっと?」
「俯瞰して、すべてを把握する……とっても大事なことだと思う。でもわたしには必要無い気がする。少なくとも、コートの上ではねっ?」
拾い上げ、ボール返すねと一言。朝方・河川敷の馬鹿にのんびりした空気にピッタリな、それはもう穏やかな面持ちで笑うのであった。
「盲目で居たいんだ。それが正解だって、この一年間が証明してくれているの。わたしは、このチームで見つけた自分を信じてる。それがフィクソらしくない、倉畑比奈らしくないって言われても、良いんだ」
「なあ、やっぱ違う話してね?」
「あははっ。そうなのかも。でもね、これだけは確かだよ。わたしは明海ちゃんが思ってるほど……脆い土台じゃないから」
「…………ほ~~ん?」
顔中にハテナが浮かんでいた砂川だったが、一転、挑発的な表情に切り替わる。ようやく真意が分かったようだな。偏にIQの違いが故か。
要するに比奈は、プレースタイルを変えるつもりが無い。例え無謀と思われようとも、彼女がそれを勇気と呼ぶのなら、俺たちもそう信じる。
フィクソとして正しい選択かなど些細な問題。山嵜フットサル部の誇る倉畑比奈にはまた違った答えが、アプローチがあるというわけだ。
「……へっ。甘っちょろい理想論だな。自分らしさとかポリシーとか、そーいうのは誰にでも見える結果を出した奴が、初めて言えんだよっ」
八重歯をキラリと光らせ、砂川はそのように吐き捨てる。そう、曲げられないモノがあるのは彼女も、町田南も同じ。
「まっ、分からねえでもねえけどな? アタシも思ってたさ。自分が日本で一番のストライカーだって、ずっと信じてたよ……でも信じるだけじゃ足りなかった。何が足りないのか知りたくて、アタシはここに居んだ」
「良いぜ。倉畑、だっけ? そこまで言うのなら、ぜってー勝ち上がれよ。常葉長崎なんかに負けたら、マジでぶん殴りに行ってやる」
「んでもって……また準決勝かよ、懲りねえなあ~! とにかく、そこでアタシが勝って、ボッコボコに勝って証明してやるよ! 正しいのはウチらだってな!」
ボールを華麗に蹴り上げ脇に抱えると、砂川は指先でソレをくるくると回し、背を向け河川敷を去るのであった。
……あ、ボール落とした。
嗚呼、どんどん転がって川の方へ。
水ポチャしてやがる。うわダセえ。
「締まらねえ奴め……」
「あはははっ……面白い子だね、明海ちゃん」
「比奈の長台詞ほどじゃねえけどな」
砂川明海。やはり彼女も、この大会に何かしらの懸ける想いがあるのだろう。それが一個人としての目標か、部の一員としてのモノかは分からないが。
……参ったな。栗宮だけでもキャパオーバーなのに、こうして顔を合わせると益々探りたくなってしまう。宇宙人とその仲間たちだからな、ある意味では興味が湧くのも当然と言えなくも無い。
それに……上手く言えないが、町田南との因縁は何もコートの上だけでなく、もっと大枠なところで繋がっているような。そんな気もして止まないのだ。
「あ、あのぉぉ~~……」
「……え。あぁ、すまん忘れてた。存在」
「エえェッッ!?」
では取りあえず、彼女にも聞いてみよう。
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