1016. 見ってるぅ~~?
各校の選手による合同会見まで暫しの休憩。峯岸は対戦の決まった常葉長崎の顧問に挨拶へ向かった。同じ年頃の若い女性監督のようだ。
他の面々も似たようなことをしているので、必然的に俺たちもそうなる。やらなきゃそれで済む話なんだけど、声掛けられちゃったし……。
「やあ倉畑さん、いや比奈っ! まさか一回戦で当たるとはね。これはもはや運命と言っても過言でんゴゥッフ゛!?」
「記者いんだぞ静かにしとけ」
我先にとやって来た羽瀬川を、上條さんが肘打ちで牽制。会うのまだ二回目なのにこの既視感。夫婦漫才みたいだ、とは口にしない。上條さん怒らせたら怖そう。ピアス付けてるし。偏見。
「まー、あれっす。お手柔らかに、みたいな。ウチらコイツとゴレイロ以外みんな女なんで」
「奇遇やな。こっちも女子がほとんどや」
「ん、知ってる。凄いっすね」
(んな湿気た面で言われても)
正直、常葉長崎やこの上條ナギに関してはまったく知らない。ただ、男性選手の力だけでは勝ち抜けない厳しい予選を上がって来たのだから、彼女もそれなりの実力者と見て良いだろう。
しかしこの子も、見てくれがちっともアスリートっぽくないんだよな……制服の着こなしと言い恵まれた女性らしさと言い。
ウチの女性陣より垢抜けた都会っ子に見える。羽瀬川とはどんな関係なのかな。
「おい、会見始まるって。元気出せよ」
「誰のせいでこうなっ……ぐおォォ……ッ゛!?」
肘が鳩尾に入ったらしい。上條さんは彼を放置し、壇上へ登って行った。サッカー界期待の有望株だというのに、まるでその片鱗が見えないな……。
そんなこんなで合同の会見が始まった。まぁ記者からの質問は限られていて、俺たちはコメントするだけだから大した仕事でもない。横長のステージで一列に並び、出番を待つ。
MCに促され、一人の男性がステージに現れた。元サッカー日本代表の
小学生の頃、テレビの取材でインタビューされたっけな……面識があるってわけじゃないけど、こんなところで再会するとは。
「おぉっ、本物だ……!」
「なんであの人おんの?」
「ばっか、フットサル協会の名誉理事だからに決まってんだろ。大会の発起人もあの人なんだぜ」
隣に立つ弘毅が教えてくれる。へえ、そんなことやってるんだ……っと、もう出番か。さっさと終わらせるとしよう。
「では続いて、ご登壇いただいた各校の皆さんから一言ずついただきたいと思います! まずは山嵜高校の廣瀬選手、お願いします!」
「一試合でも多くプレー出来るように、全力で頑張ります。よろしくお願いします」
「……あ、はいっ、ありがとうございます!」
もっと長いコメントでも期待していたのか、微妙な反応のMC男性。二度と英語で返すなんて馬鹿な真似はせん。俺は成長したんだ。
続いて比奈の番。
マイクを手渡すと、一つ深呼吸……。
「――――おっっ待たせいたしましたわああああアアアアーーーーッッ!!」
いざ話始めようとしたその時。
会場の扉が勢いよく開き、エカチェリーナとカディア、そして内山の三名が現れた。驚きのあまり比奈はマイクを落とし掛ける。
エカチェリーナは両名を引き連れ、そのままステージへ上がって来た。不味い。コイツ遅れて来たから、段取りを把握していないんだ……!
「寄越しなさいっ!」
「ひゃあっ!?」
あろうことに比奈からマイクを強奪。
短い制服を優雅に靡かせ、クルリと反転。
「嗚呼、逢いたかったですわヒロセハルト……! 貴方ともう一度戦うため、わたくし死に物狂いでプレーオフを勝ち上がりましたの!」
「おい馬鹿っ、カメラの前で……ッ!?」
「どうやらわたくしたちとは反対のブロックに入られたようですわね! 決勝で相まみえることも、最初から運命だったのですわ……!」
恍惚の笑みを浮かべ手を握られる。
あまりの力強さで離そうにも離せない。
すっかりエカチェリーナにペースを奪われ、MCの両者も慌てている。こうなっては段取りもなにも無かった。女性記者の一人が手も挙げず、マイクを向けステージへ問い掛ける。
「カーチャ選手! 廣瀬選手とはどのようなご関係なのですか? お話を聞く限り、中々に親密なご様子ですが!」
「んふふっ♪ わたくしたち、誓い合いましたの。二人手を取り力を合わせ大会を盛り上げ、日本フットサル界のメインキャストになろうと!」
「つまり、お二人は……!?」
「左様っ! わたくしと彼は一心同体! チームや国籍の垣根を超え、魂で繋がり合っ……きゃあっ!? なっ、なにをしますの貴方ッ!?」
寸前のところで助けが入った。誰かがエカチェリーナからマイクを取り上げたのだ。ただ、その人物はもっと最悪。羽瀬川だ……。
「聞き捨てならないねカーチャ! 決勝で対戦するのはこのボクだ! そして大会の主役もボク一人で十分! キミはボクのヒロインが相応しいっ!」
「まあ! なんですのこの小汚い雄は!」
「こっ、小汚い!? 貴様、ボクの完璧なビジュアルを侮辱したなっ! クソっ、イイ女だと思っていたのに……!」
悪い予感が当たってしまった。
そりゃそうだ。一変した俺への態度は兎も角、我の強いエカチェリーナと羽瀬川が相対したらこうなるに決まっている。
そして騒ぎが起こった以上、他の面々も……!
「あっ、ちょっと!?」
「なーーに勝手に盛り上がってんだよ俺も混ぜろッ! 聞け、マスコミ諸君! この大会の主役はコイツらでも、廣瀬陽翔でも、ましてや栗宮胡桃でもない! 川崎英稜の栗宮弘毅だっ! 弟より優れた姉など存在しな……っとぉ!?」
弘毅が女性MCからマイクを奪い、睨み合う二人を無視しマスコミ連中へ投げ掛ける。そのマイクを今度は日比野が掻っ攫い……。
「まったく皆さん、落ち着きがありませんね。どうも、大阪・青学館の日比野栞です。優勝は私たちが持って行きますので、その辺りご理解を……いえ~いお母さ~ん世良っち~~見ってるぅ~~?」
「俺にも貸して! あっ、瀬谷北の小椋っす! 今回は地元、名古屋での開催なので、絶対に負けられないんで! 俺らが優勝します!!」
た、大変だ。マイクが代わる代わる受け渡され、みんな好き勝手喋り出してしまった。
そして未だに続く、エカチェリーナと羽瀬川のトラッシュトーク……もう駄目だあ、収拾が付かないよぉ……!!
「栗宮胡桃は!? 栗宮胡桃はどこにいますの!?」
「あっ、あのぉ~、今日は不在で……」
「なんですってええええエエ!? クッ、今日という今日はあの女に一言言ってやろうと思っていましたのに!!」
「ひいいぃぃっ!?」
エカチェリーナの勢いに圧され、町田南の横村佳菜子は涙目で縮こまる。可哀そうに。アイツとジュリーが居ないのは幸か不幸か……って、あれ?
「……わっ、わたしも負けないっ!」
「比奈……?」
いつの間にかマイクが戻って来ていた。中々に大きな声で叫ぶので、みんな喋るのを止めて彼女に注目してしまう。
あっ、ヤバイ!
絶対に余計なこと言うぞコイツ!
「この大会が始まるって聞いてから、ずっと思ってました。わたしたちのために用意された大会みたいだなあって……だから、絶対に負けられませんっ! 羽瀬川くんにも負けません! こっちには陽翔くんと、みんながいるんだからっ!」
「……へえ。言うじゃないか!」
「カーチャさんも! 陽翔くんはわたしたちの陽翔くんなのっ! カーチャさんには譲らないもん!」
「まあっ……!」
三人がそれぞれマイクを握り、壇上で見つめ合う。そして、格好のシャッターチャンスと言わんばかりにカメラを向ける取材陣。
座席で峯岸が頭を抱えていた。間違いない。この様子は夜のネットニュースで拡散され、大層話題になることだろう……良くも悪くも。
(比奈、お前って奴は……ッ)
終わったら大説教だ。
そして騒ぎを止められなかった俺も。
いや、ホントに俺のせいか?
そんなことはなくない?
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