1017. 思春期丸出し
「で、誰がインタビュー慣れしてるってェ……?」
「ちゃうッ! 俺のせいちゃうぞ絶対に!!」
「うぅ~~お膝痛いよぉ~……!」
結局収拾が付かないまま、会見は運営スタッフの判断で早々に打ち切られた。
各所に謝り倒し、逃げるよう学校へ帰って来た俺たち三人。西沢さんにご挨拶したかったのに。
そして、前例を見ない峯岸の大説教が始まった。何故か談話スペースのテーブルに正座させられている。みんなも何事かと練習を止め集合。
「うわー。派手にやりましたねぇ~……」
「しおりん……ッ」
早速ネットニュースになっていた。スマホを開き顔を引き攣らせているノノ。
文香もSNSに投稿された動画を見て、かつてのチームメイトがはしゃぎ倒す姿にげんなりしている。
エカチェリーナが俺との関係を少なからず明かしたせいで、メディアや一般人問わず山嵜高校のアカウントにDMが届きまくっているようだ。
軽く覗いただけでも『廣瀬殺す』『あれどういう意味?』『俺のカーチャ返せ』等々、罵詈雑言のオンパレード。労っているつもりか、肩を叩き半笑いでスマホの電源を落とした瑞希であった。
「はぁ……もう良いわ。どうせ何もしなくたってウチは注目の的さね。但し廣瀬、大会中の取材はお前が責任持って受けろよ」
「だから俺のせいちゃうってぇ……」
「ほら、さっさと着替えて来い! 日が暮れちまうぞ! お前らも散った散った!」
ようやく解放され練習に合流することが出来た。と言っても今日は軽くボールを蹴るだけの調整メニューがほとんどだが……はあ。
「お疲れ、ハルト」
「聞いてくれよ愛莉ぃ……」
「うん、聞くけどさ。えっと、この後大会の運営が来るみたい。なんか、試合前に流す煽りV? 撮るんだってさ」
「もう勝手にやってくれ……ッ」
これ以上余計なことに頭を回したくない。軽めのメニューのつもりだったが、やめよう。坂道ランだ。俺は走る、すべてを忘却するまで。
陽が落ち掛けるまでランニングに勤しみ、汗だくで新館裏コートへ帰還。ちょうど見知らぬ大人たちがコートから出て行くところだった。
鉢合わせないよう彼らが帰るのを待って談話スペースに戻る。琴音がタオルを持って駆け寄って来た。はあ可愛い。癒し。
「お疲れ様です」
「さっきの誰? 運営?」
「練習風景を撮影されていました。それと最後に、全員で集合して……貴方を呼ぼうと思ったのですが、あまり時間が無いとのことだったので」
「アレやろ。えいえいおー、みたいな。嫌いやねんアレ。ガキん頃に選抜クラスで全国行くときも撮らされたわ。俺ほとんど出えへんのに」
「そう気を立てずに……よ、よしよしっ」
「うぅ琴音しゅきぃぃ……」
元々来るとは聞いていなかったのに、突然顔を出して勝手に撮って。見世物ちゃうねんぞ。
まぁ山嵜に限った話でもなかろうが……全国大会も楽じゃないな。そりゃもう色んな意味で。
その後、談話スペースのソファーに集まりミーティング。音頭を取るのは宿担当のノノ。今後のスケジュールについて周知が行われた。
「というわけで、明後日に名古屋へ出発します。本当は三日前に現地入りの予定だったんですけど、その前のお客さんがキャンセルになったとか。早めに着いて準備する分には構いませんよね?」
「まぁな。ええんちゃうの」
「滞在期間が伸びるので準備済ませた方には申し訳ないんですが、お着替えとかちょっと足しといてください。まぁノノには必要ありませんが」
俺ん家泊まるんじゃねえんだぞ絶対に着ろ。
滞在場所は会場からバスで二十分ほど。すぐ近くに室内コートがあり、そちらも使用出来るよう交渉してくれたそうだ。有難い。
まずは世間の目を離れ、結束を深めることに集中すべき。外野の声も各チームとの因縁も早々に忘れよう。静かに過ごしたい。
「楽しみだねえ」
「なにを暢気な顔で」
「も~。まだ怒ってるの?」
ミーティングも終わりこの日は解散。さっさと有料バスの停留所へ向かうと、比奈が慌てて追い掛けて来た。まるで反省の色が見えぬ。
バスが動き出す。暇潰しに開いたSNSはすぐ消した。トレンドにエカチェリーナと羽瀬川の名前が載っていて、比奈と三人で睨み合う写真が流れて来たからだ。良かったな。これでお前も有名人だ。
「見て見て~。眼鏡の子可愛いだって~♪」
「嬉しいか。俺以外の人間に褒められて」
「ん~? 陽翔くんほどじゃないけど~。女の子はいつだって可愛いって言われたい生き物なんだよ?」
「よくも女子代表を名乗れるなお前」
「むっ。それは悪口かもっ?」
「悪口やで。ド真ん中ストレートの」
「ひど~~い!」
昼に予感していたソレは現実となってしまった。まぁなんと言うか、比奈の悪い癖だ。その気が無くとも事を大きくしてしまう、みたいな。
悪いことではないにしても、あの二人に張り合う必要は無かったと思う。勿論比奈は飛び切りの可愛い女の子だが、生まれ持ったスター性という点ではどうしても敵わない。
部でも似たような悩みを抱えていた筈だ。存在感の強い周囲の人間に対し、少なからずコンプレックスを感じていた。
そもそも土俵が違うのに、わざわざ同じ土俵に上がって落ち込んでしまう。そして必要も無いのに悩む悪循環。
そんなことしなくたって比奈は俺だけの比奈で、俺たちにとって大切な存在だ。
なのに今回の事件のせいで、不要な重しを背負って良くないスパイラルに陥ってしまうかもと、それが心配だった。
時折おバカさんにはなってしまうが、基本的には聡明な彼女。まさか理解していないわけは無いと思うけれど。
「百歩譲って『負けません』で終わらせとけよ。なんで俺は譲らないとか言うねん」
「……むー。だって、思っちゃったんだもん」
流石に強く言い過ぎたか。
唇を尖らせそっぽを向いてしまう。
とすると、比奈らしくない言動だと躍起になって咎めるのは違うような、そんな気もしてきた。
いつもの彼女なら『思っちゃった』だけで実際に口にはしない。つまり、どうしても言いたかった理由がある。
「あー……ごめん。言い過ぎた。マスコミがおるからって、俺も普段みたいに強く出れんかったし……そういう意味では感謝してんねんで」
「……そうなのっ?」
「たりめえやろ。人の目無かったら蹴り飛ばしとるところや。カディアも上條さんも肝心なときに仕事せえへんし……なあ?」
「もうっ、ダメだよ悪口っ」
「せやな。うん。ちょっと嬉しかったかもしれん。だって比奈、あんまり『わたしのモノだ』とか、みんなにも言わへんしな」
こうして言葉にしてみると、実はそこまで不貞腐れていなかったことに気付く。
そうだ。アイツらや大会の運営に思うところこそあれど、比奈に怒る理由がまったく無い。
脇役思考の彼女と、実はヒロインになりたい彼女。上手いこと折り合いを付けているとは言え、完璧にコントロール出来るわけではない。
偶々その一つが溢れ出てしまった、それだけのことじゃないか。
欲をひた隠しにして苦しむより、むしろ健全と言えるかもしれない。そういう意味では、比奈も成長したってことなのかも。
だって、二人に負けないくらいのエネルギーで『わたしのモノ』って言ってくれたんだ。控えめで目立つのが苦手な、あの倉畑比奈が。
「……もう、怒ってない?」
「怒ってへんかったわ。最初から」
「……良かった。でも、ごめんね?」
「んにゃ。俺もごめん」
「んーん。良いよっ」
喧嘩にも満たない喧嘩は数秒で終わった。なんとなく見つめ合って、互いに微笑が零れる。繋がれた手と手がすべてを証明していた。
もう一度スマホを取って、トレンドを調べてみる。エカチェリーナ、羽瀬川。そして比奈。知名度は敵わずとも、その存在感はまったく見劣りしない。
ボンクラな男だ。偶々ネットニュースを見ただけの奴に、彼女の成長と真の可愛さを先に見抜かれてしまうとは。
最初から分かっていたじゃないか。その気が無くても主役になってしまう、生まれながらのお姫様なのだと。
「すっごい強いみたいだね。常葉長崎」
「勝てるよ。比奈が羽瀬川を完封するから」
「えぇ~? どうだろうなあ…………ふふっ。じゃあ陽翔くんと、琴音ちゃんと、みんなに協力して貰って……MVP、目指しちゃおっかな?」
「余裕余裕」
良いだろう。ならば倉畑比奈を大会の花形にするべく、身を粉にしてトコトン働こうではないか。カディア宜しく従者でも執事でもやってやる。
周囲にどう見られようと関係無い。彼女が俺のことを、たった一人の王子様だと思ってくれているのなら。それで十分だ。
「あのね。わたしも偶には、ヒロインになりたいの。良いでしょ?」
「偶にはな。偶には」
俺だけのヒロインを、世界中に自慢したい。こんなに可愛くて頼りになる子が俺だけのお姫様だって、声高らかに叫びたい気分。
思春期丸出しも、案外悪くないのかも。
きっと許してくれる。
この茹だるような熱気と、待ち切れない夏が。
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