1015. 言ってる傍から
程なく運営スタッフがやって来て、案内されるがまま会見場へ。
まずは本番を模したリハーサルを行う。と言っても順番通りくじのボールを引いて、最後は登壇し一言ずつコメント。それだけ。
まぁ羽瀬川を筆頭に、リハーサルと同じお行儀の良いコメントをするとは思えない問題児も何人かいるが……例えばこの女。
「緊張して来ました。まさか皆さん、私がノーブラで会見に挑んでいるとは思いも……」
「黙って」
忘れていた。
関西予選を制した大会随一の曲者、大阪・青学館高校の日比野栞である。
ちゃっかり隣に座られてしまった。失態。
「まったくヒロくんったら、せっかくメッセージを送ったのにあんな他人行儀な返信を……女の子の好意を無碍にしちゃいけないんだぞっ☆」
「会話を拒否します」
あぁ確かに来てたな。お祝いのメッセージ。鏡越しに撮った卑猥な写真を添付してなければ素直に返信したのにな。そういうところだよ。
諸々の段取りも終え、遂に本番が始まった。
司会を務める男女が登壇し最初の挨拶。
「あの方ご存じですか? AromaTVのプロリーグ配信でいつも実況をされているんですよ。配信中に流れて来るコメント全部拾ってくれるんです」
日比野が楽しそうに語る。メインスポンサーは普段、フットサルのプロリーグを独占中継しているストリーミングサイト。
その誼で今大会も、プロさながらの様々なバックアップを基に配信が行われるらしい。
前に比奈が『アニメの一挙放送とかよくやってるよ~』と教えてくれただけで、その程度の知識しか無かった。通りで後ろにマスコミ関係者だけでなく、カメラが何台もあると思ったら。
しかし挨拶が長い。あのMCやってる女の人、確かアイドルなんだっけ。
可愛くない……みんなの方がよっぽど綺麗だ。エカチェリーナにも劣るのではないか、と人の容姿をアレコレ言える立場でもない。大人しく聞こう。
「では早速、抽選の方へと移っていきましょう! 一校ずつお呼びしますので、呼ばれた代表の選手はこちらにご登壇ください」
いよいよ組み合わせが決まる。この手の催しは俺も初めてとあって、流石にちょっと緊張して来た。初戦の相手はどこになるのだろう。
抽選順は事前に決められており、山嵜は三番目。まずは開催地・名古屋に構える瀬谷北高校がくじを引く。
キャプテンの小椋とは少しだけ話をした。共に強豪として知られる男女フットサル部の融合も進み、順調に予選を勝ち抜いたようだ。
「同じ地域の高校とは対戦しないんだよね?」
「早くても町田南と川崎英稜は準決勝以降やな。市原臨海はプレーオフ枠やから分からんけど……」
比奈と話している間に、小椋がくじを引き終えた。11番のボール……地元開催だし開幕戦にでも割り振られるかと思ったが。
オープニングゲームは出来れば避けたい。開会式のあとに行われ、その日は一試合だけで終わるので、必然的に注目が集まってしまう。
まぁ勝ち進めば一日分スケジュールが空くし、一長一短ではあるのだが……こうも外野の声が大きい大会とは思っていなかったなぁ。
「いってらっしゃい」
「んっ」
「下手なとこ引くんじゃねえぞ」
山嵜の名が呼ばれる。
比奈と峯岸に見送られステージ上へ登壇。
って、背中向けていたから分からなかったけど、マスコミも結構多いな。
良いからオリンピックの取材でもしてろって。写真撮んな。カメラを回すな。今日肌の調子悪いんだよ。見ないで。
「ではっ、お願いします!」
女性MCに促され、ボックスに手を突っ込む。曰くワールドカップの抽選会ではボールが熱かったり冷たかったりして、簡単に抽選結果を操作できるという陰謀めいた話が……生暖かい。陰謀は無しと。
時間を掛けても意味は無い。さっさと引こう。
カプセルを開けてっと……え。
「1番、1番です!」
「廣瀬選手、ありがとうございました! 山嵜高校は1番、四日に行われるオープニングゲームに決定しました」
うわっ、言ってる傍から引いちまった。比奈も峯岸も苦笑いでこちらを見ている……やっべー。
「やりやがったな……何でもかんでも一番じゃねえと気が済まんのかお前は」
「こればっかりはホンマすまん……」
他の一回戦より一日だけ開幕が早まるから、その分コンディション調整も早めなければならない。まぁこれも後でみんなに謝るとして。
問題は対戦相手だ。次の手番は青学館高校。
日比野が登壇しくじを引く……3番か。
「んふふっ。お隣さんですね」
「運が悪かったな」
「それはお宅も同じでしょう?」
煩悩丸出しだった先程とは一転、挑発的な笑みと共に席へ戻って来る。どちらも勝ち上がったら準々決勝で当たるわけだ。
過去二回の対戦ではいずれも勝利しているが、手の内を知っているのはお互い様……難しい相手になりそうだな。
抽選が進んでいく。
八番目に登壇したのは町田南の鳥居塚。
背後のマスコミ各位は微妙な雰囲気だ。栗宮胡桃じゃないのかよ、という具合。
露骨な反応しやがって、可哀そうだろ鳥居塚が。あれでもフットサルのA代表なんだぞ。カメラ下ろすなちゃんと撮れ。
「さぁーて、どこに入るか……」
峯岸も緊張気味。実際のところ、参加校では一歩も二歩も抜けている存在だ。願わくば決勝で決着を付けたいところだが。
「……5番、5番です!」
女性アイドルが読み上げると、壇上の鳥居塚と視線が重なる……同じ山。
なんてこった。勝ち進んでも、また準決勝でやり合うことになってしまった。
ということはこちら側、関東王者の町田南と関西王者の青学館が同居するのか。バランス悪いな……激戦区じゃないか。
「決まらないですねえ、対戦相手」
「おいおい、ちょっと待てって……常盤森学園も、常葉長崎も残ってるじゃねえか」
落ち着いて抽選表を眺める比奈とは対象に、段々と渋い表情になって来た峯岸。そう、肝心の俺たちの相手が中々決まらない。
彼女が挙げた東北・九州の予選王者に加え、エカチェリーナとカディア擁する市原臨海もまだ呼ばれていない。まさか下馬評の高いチームが全部こちら側に集結するなんて……そんなこと無いよな?
(ふう……反対ブロックか)
常盤森学園の選手は参加していないので、代わりに運営スタッフがくじを引く。番号は9番。どうにか死の組は免れた。
中高一貫のスポーツ校で、愛莉も中学の頃に通っていたところだ。修学旅行で偶々顔を合わせたんだっけ。
予選の戦いぶりは見ていないが、彼女らはプレーヤーとして如何ほどのものだろうか。この因縁も晴らさないとな……。
「さあ、残るはあと二校。九州王者の常葉長崎、そしてプレーオフを勝ち抜いた市原臨海です!」
「続いて市原臨海のくじ順です。代表選手の方が参加予定でしたが、昨日プレーオフを終えたばかりで到着が遅れているとのことで……代わりにスタッフが抽選を行わさせていただきます」
そう言えばエカチェリーナらの姿が見えない。今朝は新幹線に遅れが出ているらしく、どうやら福岡から直で向かっているようだ。
……って、あと二校!?
じゃあどっちかが相手じゃねえか!
「10番、10番です! プレーオフ勝者の市原臨海、いきなり東北王者の常盤森学園と対戦します!」
「ありがとうございました。では最後に、常葉長崎の羽瀬川選手! 既に結果は決まっていますが、ご登壇をお願いします!」
会場中の注目を集めるよう、小さな歩幅でゆっくりと壇上へ登る羽瀬川。すっかり主役気分だ。
ま、まさか本当に一回戦で当たるとは……。
「……2番だ!」
「ありがとうございます! 常葉長崎は、四日のオープニングゲームで山嵜との対戦となります!」
「廣瀬選手を擁する山嵜高校との対決! 早速の大一番となりましたね~!」
囃し立てるMC二人を余所に、それはもう自信に満ちた目付きで俺を見下ろす羽瀬川。クソ、さっきまで上條さんにシバかれていた癖に。
「あはははっ……本当にそうなっちゃったねえ」
「大会前にお祓い行かな……ッ」
【全国フットサル高校選手権ミックスディビジョン
一回戦組み合わせ
Aブロック
山嵜(神奈川)×常葉長崎(長崎)
青学館(大阪)×愛敬(静岡)
町田南(東京)×松岡(熊本)
京都学院大学付属(京都)×共恵(新潟)
Bブロック
常盤森学園(宮城)×市原臨海(千葉)
瀬谷北(愛知)×八幡総合(広島)
星条札幌(北海道)×芦屋国際(兵庫)
川崎英稜(神奈川)×いわき東(福島)】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます