1091. 生涯、忘れることの無い


「だりぃ。絶対口内炎できるわ」

「自業自得だっつーの!」


 全員コートに整列し一礼。の筈が、真っ赤に腫れた左頬を抑えているせいで、なんとも締まらない。


 みんな大喜びで飛び込んで来たのかと思ったが、我先にと俺へ殴り掛かった。

 あんな大事な時間にバカやってんじゃねえ、という具合である。そりゃそうだ。調子乗り過ぎた。


 でも嬉しいは嬉しい筈。そうじゃなかったら愛莉も、あんな満面の笑顔で殴って来ない。興奮していただけだ、そうに違いない……多分。



「あの、貴方………」

「っしゃあハル! もっかい行こうぜ!」


 おおはしゃぎしている瑞希に手を引かれ、もう一度スタンドのもとへ。エカチェリーナが声を掛けて来たような気もするが、まぁ良いや。


 晴れて全国出場が決まったわけだが、そうは言っても三位決定戦。特に表彰は無く、この後行われる決勝でしかその手の催しは行われないそうだ。


 なのでまずは、彼らに祝って貰う。

 嗚呼、良い景色だな……。



「廣瀬ええぇぇーーッ!」

「先輩、みんな! おめでとうございますっ!」

「わぁぁ~い名古屋旅行だ~!」

「ちょっ、旅行って。いや行くけどさ!」

「長瀬さああああああああん!!」

「比奈ちゃーんおめでとぉぉーー!!」


 順にオミ、克真、テツ、谷口。そして生徒会の二人だ。サッカー部が応援に加わり、予選の間ずっと良い雰囲気を作ってくれた。


 これだけの大所帯が名古屋まで着いて来てくれるとは。もしかしたら、参加校のなかで一番のサポーター数になるかもな。



「美味しいトコ持ってきやがってこの野郎ッ!! 全国ではちょっとぁ手加減してやれよォォ!?」

「ヒロ、ルビー、アイリ! オメデト……ムグゥゥ!?」

「廣瀬きゅううううううううぅぅぅぅううううん!!!! わたしの応援届いてましたかああああァァ嗚呼ああああ!!!!」


 相も変わらず暑苦しい慧ちゃんパパ。

 そして川原女史に押し潰されるファビアン。


 あれ、あの三人って交流あったっけ。大会中に仲良くなったのかな……まぁええけど。苦しそうだから放してやれ。



「凄いねえ、こんなにいっぱい!」

「比奈、あそこにご両親が」

「わあっ、本当だ! あ、琴音ちゃんのお母さん! ほらほら、手振ってるよ! 」

「……まったく、仕方ないですねっ」


 大会前から精力的にサポートしてくれた保護者会。そしてファビアンが音頭を取ってくれた子ども組と、交流センターの利用者たち。老若男女、人種も多様な人々が同じスタンドで笑っている。


 なんだか海外クラブのウルトラスと、日本特有の家族連れサポーターが合わさっているみたいで、妙にカオスな雰囲気だ。

 これも総じて山嵜らしさってやつなのかもしれない。この街で繋いだ沢山の絆を実感するようで、心も温かくなる。



「こーゆーときに来ねえんだからなーアイツ。絶対ケイのパピーに誘われてたクセにさっ」

「でもこれで、言い訳出来なくなったんじゃない? 名古屋に来なかったら、私がケツ蹴りに行ってあげるからさ」

「……へへっ。じゃあ頼むわ!」


 愛莉に手を握られ、瑞希はホッとしたように笑顔を転がした。俺も一緒に蹴り飛ばしに行こう。まぁでも、それより先に名古屋で会えるだろ。



「なんや有希、そんなとこおって」

「えへへへっ……ちょっと恥ずかしくて」


 予選リーグや限られた時間を除き、ほとんどプレータイムの無い彼女だ。もしかして負い目もあるのだろうか。


 馬鹿を言え。辿ればお前から始まったようなものだぞ、フットサル部は。

 お前に『戻って欲しい』と言われなければ、同好会のままで終わっていた。元気にしてっかな、林と……あの坊主頭の名前なんだっけ。忘れた。



「有希っ、廣瀬くん! おめでとう!!」

「有希~~!」

「ほら、行ってやれよ」

「わわわっ!? もっ、もうっ! 廣瀬さんったら……えへへ、ママ、パパ!!」


 更に元を辿れば、あのお二人が繋いでくれた縁だ。この街で最初に親身になってくれたあの人たちのおかげで、俺は今、ここに居られる。


 ……ヤバいなぁ。まだ関東予選なのに。

 優勝すら出来なかったってのに。


 もう泣けて来そうだ。

 この光景を見るだけで……。



「おっ。男泣きかぁ?」

「うるせ。茶化すなアホ」

「へーへー。まっ、最後のアレはあとでたーっぷり説教するとして……なんと山嵜高校史上、初の全国大会さね。いやぁ誇らしいねぇ~?」

「黙れ死ね殺す」

「声上擦ってる~~怖くもなんともない~!!」


 馬鹿にご機嫌な峯岸だ。さぞ嬉しかろう、ご期待通りの廣瀬陽翔を間近で拝められて。

 最高の監督だなんて、絶対言ってやんねえ。一生機会の無い結婚式のスピーチまで待ってろ。


 すると。試合中バスドラムを叩いていたサッカー部の誰かが、ドンドンドンと短いで感覚でスティックを振り始めた。


 それに合わせるよう皆が『オォォ~~!!』と声を揃える。これは……まさかアレか。

 試合に勝った後、みんなで腕を上げる、ありがちな。そう言えば予選の間やったこと無かったな。



「ほらみんな、手ェ繋げ! やっぞ!」

「ううぉっ!? なんスかなんスか!?」

「ど、どうすればええんじゃ……?」

「喜べばいいんだよ、トニカク!!」


 不慣れな聖来と慧ちゃんを真琴がリードし、みんな手を繋いで一歩下がる。そして、次第に短くなる間隔に合わせ……。



『『『……ぉっしゃああああああ!!!!』』』


 この日一番の大歓声が、アリーナ中へ響き渡った。こういうの、セレゾン時代は恥ずかしくて真面目にやらなかったんだよな。勝つのが当たり前過ぎて、サポーター共がサボっていた節はあるが。


 今度はドラムの音色がリズミカルになり、何やらチャントが始まるようだ。オミがトラメガを持って前に出て来た。



「廣瀬! ラインダンス!!」

「アァ?」

「湘南とか清水のアレだよ! 分かんだろっ! っしゃあ、行くぞおおおお!! ヤ~~~~マサキ一番~~~~!!」


 聞き覚えのあるメロディー。確か、かなり昔のアニメ主題歌だ。小さい頃、文香の家でちょっとだけ見た記憶がある。


 チャントって原曲の歌詞をチーム名でもじったりするけど、これなら『ざ』と『さ』の違いだけで、ほぼ原詩通りに歌えるってわけか。曲のチョイスは絶妙にダサいが。



「うわ懐っつ!! はーくん、学級王!」

「分かった分かった、覚えとるって!」


 肩を組み馬鹿デカい声で歌い始めた文香に釣られ、みんな並んで横にぴょんぴょん飛び跳ねる。


 どうしよう。楽しくなって来ちゃった。あんなにダサいチャントなのに、カッコよく聞こえる。


 いやもう、凄い。大合唱だ。

 スタンドが。アリーナが揺れている……!



「やばいハルトっ! これ楽しいっ!!」

「くははっ……! それな!」


 愛莉もすっかり有頂天だ。

 おいおい、泣きそうだったの俺だけかよ。


 列を外れ、ノノがシルヴィアを前に連れ出した。ヒロインは目立ってナンボだ、好きなだけ踊ると良い。こればっかりは性に合わん。



「おいミクルッ! ちゃんと踊れや!!」

「見て分からぬか!? 腕が届かないのだ!!」


 隣が慧ちゃんか。そりゃ踊りにくいわ。

 気取るな気取るな。

 こんなときくらい聖堕天使はやめとけ。


 それにな。誰でも見れるわけじゃないんだぞ、この絶景。そういう意味では俺もみんなも、ある種の恵まれた人間と言えるのかも。


 でも、特別とは思わない。

 特別には、したくない。



「廣瀬、一言くれ!!」


 チャントが鳴り止む。トラメガを放り投げられ華麗にキャッチ。こういうのは俺じゃなくて瑞希の仕事だろ。やるけど。



「……これで満足か、お前らッ!!」


 その場に相応しからぬ怒声と反響に、一同ピリッと背筋を正した。違うって、怒ってないって。嬉し過ぎて声量バグってんだよ。察しろ。



「ええか! 全国は一回戦から決勝まで、多ければ四試合や! それがどういう意味か、勿論分かっとるな!!」


 足りないよ。全然。

 ぶっちゃけあと百万試合はやりたい。


 でもそれしか無いから。

 負けたら、そこで終わりだから。


 俺たちだけじゃない。スタンドのみんなも。

 一回一回、悔いの残らないようにな。


 そして気付いたら、四回になっていれば。

 こんなに幸せなこと、他に無い。



「あと四回ッ!! 次は名古屋で、四回踊って歌うからな!! 首洗って待ってろごらァァアアアアァァァァアア!!!!」


 恐らく人生で、こんなに絶叫したことは無かった。そしたらもっとデカい声で返してくれるんだから、そりゃもう笑えて来て。


 またチャントが始まって、ノノとシルヴィアが駆け寄って来て。もっとスタンドに近い場所で、みんな狂ったように歌い踊り出した。


 終わらない勝利の歌と、溢れ返る笑顔。


 まだ途中だけど、でも大事な一歩。

 きっと生涯、忘れることの無い光景だ。


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