1089. モノホン


「――――Vamoooooooooooos‼」

「わあああホンマ決めよったああああァァ!!」

「だらっしゃああああアアああああああ!!」


 さしもの可憐なヒロインもここばかりは冷静でいられない。豪快にネットへ突き刺した勢いそのまま、山嵜側のスタンドに飛び込んでいく。


 文香とノノ、そしてベンチの面々も後に続き、辺り一帯は大混乱に陥った。

 ホームとは呼び難かったアリーナが、ようやく自分たちの城になった。いや、帰って来たって感じ。



『おいファビアン! 離れろッ!』

「ヒロ! ナイスアシスト!」

『ええから離れろ言うとるがボケッ!!』


 さっき見たときは応援席から離れたアリーナの上段にいたファビアンも、立ち見客の壁を突破しこちらへ合流したようだ。

 って、なにシルヴィアと抱き合ってんだよお前。殺すぞガキが。


 揉みくちゃになったシルヴィアを引き離しコートへ戻る。すると主審が待っており、彼女にイエローカードが提示された。


 あぁそっか、スタンド飛び込んじゃったからな。まぁユニフォーム脱いで羞恥プレイ始まるよりマシだろ。



「っと! タイムアウトか」


 俺たちが喜んでいる間にさっさと申告したようだ。これじゃこっちが話し合う時間が無いじゃないか。姑息な真似を。


 残り30秒ほど。峯岸はベンチから戦術ボードを引っ張り出し、交代策と守備のポジションに関し指示を加えようとするが……取り止める。



「そうか。忘れてた」

「えっ?」

「内山のプレータイムがもう無い」


 峯岸が呟く。本当だ、テーピングを外しベンチへ引き下がっている。そう言えば後半は頭から出ずっぱりか。


 本来ならラスト五分に彼が攻め上がって、五人掛かりのパワープレーでゴールを狙う算段だった筈……同点後に交代をしなかったんだよな。貴重なタイムアウトを使ってまで、コートで何を話していたんだろう。


 尤も、単なる和解と侮るなかれ。あのゴールをきっかけに、市原臨海の空気は更に良くなったように思う。


 疲労の色こそ濃くなってはいるが、むしろ内山の力を借りず女子だけで結束した方が、火事場の馬鹿力とやらが発揮されるかも。



「監督っ、4番さんがビブス着てますよ」

「まぁやらないわけにはいかないか……よし、廣瀬はそのままだ。ダメ押しは無理に狙わなくて良い。隙があったら程度」

「よぉーし! 陽翔くん、あとちょっと!」


 比奈は拳を握り、力強い瞳で訴える。


 そう。パワープレー封じが成功すれば、俺たち山嵜の勝利。そして……念願の全国出場が決まる。


 このゲームだけで色々な要素があり過ぎて、試合中はすっかり忘れていた。一度意識してしまえば、きっと永遠のように長く感じるのだろう。


 でも大丈夫だ。エカチェリーナやマーガレットに、大層な野望があるのと同じように……俺にも、俺たちにも譲れないものはある。


 忘れ物があった。

 それは全国の舞台でしか取り返せない。


 悪く思うな市原臨海。俺はみんなのためなら、どこまでも無慈悲になれる。悪役だって厭わない。それが俺の、たった一つのプライド。



「ヒロ……ガンバッテ!」

「ああ、任せろ!」


 安心して見ておけ。シルヴィア、お前のゴールを必ず決勝点にしてやる。このチームで一分一秒でも、長くプレーするために。


 お前が、みんながコートで輝く様を。

 もっともっと見ていたい――。




【in/out 山嵜

     世良文香→長瀬愛莉

     シルヴィア→金澤瑞希

     市川ノノ→倉畑比奈


     市原臨海

     内山龍馬→茨田奈都姫

     山岸紗南→水野真帆

     戸島芽衣→牧星名】



「来るわよっ!」

「ヘイヘイヘイッ! ビビってんじゃねーのー!」

「ミドル警戒だよっ! クリアは相手陣地に!」

「最後です、集中しましょうっ!」


 相手キックオフで再開。代わって投入されたのは3番、6番、13番の女性陣で、カザフスタン人二人はコートへ留まった。


 ビブスを纏い左サイドに開いたのはマーガレット。一応ゴレイロの扱いなので、ボールを奪われない限り彼女が自陣へ戻ることは無い。恐らくカットインからのミドルを狙った配置だろう。


 五角形でパスを回す市原臨海に対し、愛莉を頂点に基本はダイヤモンド型でブロックを構築。コーナー付近へボールが出るとボックス型に変形し、ラストパスのコースを徹底的に塞ぐ。



「ごめんカーチャ……!」

「構いませんわ! たった一本、それだけで十分よ! PK戦に持ち込めばこっちのものですわ!」


 出し処に苦心する3番茨田へ、エカチェリーナは健気に声を掛けつつポジションを修正する。まだまだ心は折れていない。


 大会の規定上、同点のまま前後半が終了すると即PK戦。プレータイムを使い切った男子の投入が認められているので、その場合は内山がまた出て来る。


 前半の第二PKこそ止めてみせた琴音だが、それより更に近い距離のPK合戦ともなると、男子のゴレイロを要する相手では流石に分が悪い。

 守り切ると覚悟を決めた以上、同点だけは絶対に阻止しなければ。



「……ッ!」

「っしゃ!!」


 やはり内山抜きだと拙さはあるが、それでも数的優位だ。簡単には奪えない。マーガレットが一歩踏み出てミドルを狙う。


 ここは愛莉のナイスブロック。零れ球はコートの外に飛んで行った。にしても凄まじい威力。インパクトの音が『バァン!』って。いったいどんな鍛え方をしているんだアイツは……。



「カディア、こっちよ!」

「……カディア?」


 流れのなかでエカチェリーナを見ることになる。聞き慣れない呼び名に首を傾げていると、彼女は息を切らしつつも語り始めた。



「あの子の本名よ……四歳の時、わたくしが取り上げてしまったの。紛らわしいからって、そんな馬鹿な理由で……!」

「カーチャとカディア、か」

「カチューシャと、よ。親しい間柄にはそう呼ばれているの。尤も許すのはあの子だけ……礼は言っておきますわ。今日を境に、わたくしたちは親友に戻ることが出来ました。でもそれとこれとは、まったく別の話ですわっ!」


 マーガレット改めカディアから、意思の籠ったラインをなぞる縦パス。力強い一歩から後ろ向きに受け取ると、強引に右脚を振り抜く。


 しかし、枠には飛ばせない。


 コートを横断、逆サイドでのキックインとなった。彼女も愛莉に劣らず、女性にしては望外なパワーの持ち主だ。きっとカディアもこのシュートに憧れて、キックを磨いたんだろうな。



「あと一歩やったな。自称大会のスター」

「戯言をっ! まだ終わっていませんわ!」


 俺の軽口を振り切り、どうにかパスを受けようと必死に走り回る。だがぴったり追走。決してフリーにはさせない。


 お世辞でもなんでもなく、彼女の決定力を恐れているからだ。終始不利な展開を強いられ、一度は完全に自信を喪失した筈だったのに。再び立ち直り、またもネットを揺らされたのだから。


 こうやって茶々でも入れておかないと、どんな驚愕プレーが飛び出すか分かったものではない。

 ここを乗り切るためなら、勝つためならなんでもやってやる。それこそコイツに恨まれたって……。



「クッ……! どうして貴方ほどのプレーヤーが、新設の混合大会に出場していますの!? まったく理不尽この上ありませんわ……!」

「なんでやろな、ホンマ」

「雄の注目株は貴方で構いませんわ! だからせめて、女性枠くらいわたくしに譲りなさいっ!」

「あっ?」


 なんだ、この期に及んで性差を語るのか。

 随分と安っぽい志だな。



「アホ言え。同じコートに立つ以上、男も女も関係ねえよ。今もアンタをリスペクトした上で、こうやってマークに付いとる」

「っ……あ、貴方?」

「はあ。ちっとは見直してやろう思った俺が馬鹿やったわ……あーあ。お前のせいやでホンマ。リスク掛けへんとこのまま終わらせるつもりやったんに。みんなに怒られたら代わりに頭下げろよ」

「……な、なに?」

「若しくはアレやな。例の賭け、マジで守れ」


 瑞希が3番からボールを奪うが、すぐさま激しい守備に遭った。キックインは……また市原臨海か。まぁ良い。もう少し喋りたい気分だ。



「そう、アンタの言う通り。この試合はまだ終わってねえ。……たかが一点のリードじゃ、こっちも安心出来ねえんだよ」

「……ッ!」

「教えたる。これがモノホンのや」


 すまんシルヴィア。気が変わった。

 やっぱ俺のゴールで〆るわ。


 悪役も厭わないとは言ったが。

 コートに立つ以上、いつでも主役を目指さないと。



【後半13分02秒

 山嵜高校3-2市原臨海高校】


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