1077. お誂え向き
「わわわっ!?」
「やった、ラッキー……!」
小競り合いの末、比奈はボールを失ってしまう。長い時間に渡り敵陣でパスを出し続け、ポジションを修正して……所謂、攻め疲れをしてしまった。
フィクソに必要なパス精度と視野の確保を徹底して鍛えて来た比奈。俺がアラに移ってからも、全面の信頼を置けるレベルにまで到達している。
ただ、連戦による疲労も蓄積し、今日のプレーは決して安泰とは言えなかった。そんな彼女を『信用し過ぎた』が故の、致命的なイージーミス。
と、思わせたい。
なにが演技派だ。あの大根役者め。
(ひいいぃぃ~怖っわ~~!!)
「くすみ~~ん!!」
全力ダッシュで帰陣する俺と瑞希。文字通り自ら招いた非決定機ではあるが、普通に琴音と13番が一対一だ。超ピンチ。
そう。これはブラフ。
比奈はわざと失敗した。
『――押して駄目なら引いてみる、ってわけさね。要はスペースを作れば良い。あとはお前らでどうにでもなんだろ?』
『酒でも飲んだのか……?』
『大会始まってから禁酒中だが何か』
『ならもっと怖いっす先生……ッッ!』
タイムアウト中、峯岸から授けられた立派な作戦である。相手にカウンターの機会を与え、引き籠ったブロックを一度崩そうというもの。
その為、能動的に仕掛けるのを一旦止め、敢えて隙を見せよう。峯岸は自信満々に語った。
確かに13番をはじめ、他の選手もラインを上げているが……いやでも、ここまでギャンブルする必要あったか!?
「ちょっ、ハルト遅いってば!?」
「アホ言うなッ! ほぼコート横断やぞ!! 止めろ琴音ええええェェ!!」
予定では比奈と13番が入れ替わったタイミングで、俺が後方からチャージし止めるつもりだった。最悪ファールになっても、ベタ引きしている相手のラインを少しでも上げられれば成功。
だったのに、比奈が想定より低い位置で『やらかした』せいで、帰陣する時間がほとんど無かったのだ。駄目だ間に合わん! 撃たれるッ!
「――――あっ!?」
「ハッ!!」
はい来た守護神!!
これやからお前って奴は!!
「ナーーーーイスくすみんっ!!」
「前空いてます!」
「任せんしゃああい!」
インサイドで巻いた、ファーを狙ったシュート。これを琴音、勇気を持って飛び出すと完璧に読み切り、横っ飛びでファインセーブ。
零れ球は逆サイドから帰陣していた瑞希の足元へ。絶好の決定機を逸した13番の焦り顔が、すべてを物語っていた。枚数が……揃っていない!
「瑞希、縦ッ!」
「それしか無いっしょ!」
左サイドから一気に突き進む。
愛莉は外へ膨らむ動きで3番を釣り出した。
堪らず6番と8番が二人掛かりで瑞希に着くが、出足が間に合っていない。
さっきまでチャレンジ&カバーの原則をしっかり守れていたのに、どっちが先に出るか決め切れず、ポジショニングは曖昧。
突如生まれた大き過ぎる穴。
格好の餌と言わんばかりに、山嵜の誇るドリブルクイーンは不敵に微笑む。
「えっ!?」
「うそ!?」
右脚つま先で突き、間を通す。当の本人はタッチラインのスレスレを通過し、更にスピードアップ。二人纏めて振り払う裏街道が決まった。
今度はこっちがゴレイロと一対一。自分で撃っても良かったが、瑞希は冷静だった。遅れて戻ったのが逆に功を奏するとは。
「決めちゃって~!」
「受け取った!」
ゴレイロに詰められる寸前でグラウンダーの折り返し。中へ侵入した愛莉は、3番を引き連れたまま巧みにスルー。
逆サイドには俺一人。
流し込むだけの簡単な作業。
比奈の演技から僅か10秒。
一世一代の大ギャンブルが――決まった!
【前半09分07秒 廣瀬陽翔
山嵜高校2-1市原臨海高校】
「ったく、ヒヤヒヤさせんなっつーの!」
「俺に言うなッ! 決めたやろが!!」
口は悪いが嬉しそうな愛莉である。背中に飛び乗って来た彼女を連れて、喜ぶ守備者二人の元へ駆け寄った。なんと言っても主役は彼女たち。
「ホンマよう止めた琴音っ! マジ愛しとる!! 終わったらいっぱいナデナデしたるからな! なっ!!」
「もうしてるじゃないですか……っ」
「わたしも褒めて褒めてえ~♪」
演技力はともかく、地味にカウンター時も素早いトランジションで13番を引き付けてくれた。だから俺がフリーになれたのだ。攻め疲れ? とんでもない、頭も身体もキレッキレのまま。
何より琴音のセービング。13番も決して下手ではないが、ファーへ流し込むと決め打ちしていたようにも思える。
そこを冷静に見抜き止めてみせた。意図的でないにしろ、キャッチせず瑞希の足元に溢したのも隠れた好プレー。
リスクのデカい賭けではあったが、すべてが上手く進み結果へ繋がった。全員の連動したプレーと峯岸の信念が生み出した、痛快な逆転劇。大きな一点となった。
「んっ。戻して来たわよ」
「今更焦ってもね~~」
愛莉と瑞希もしたり顔で相手ベンチを覗く。セットを丸々入れ替えエカチェリーナとマーガレット、内山も出て来た。
恐らく想定外の交代。女子オンリーのドン引きで守り切れるとは向こうも思っていなかっただろうが……結果的に『約束事』を守り切れず、失点してしまったわけだからな。調整は必須か。
「前半、俺らの出番は残り一分……分かっとるなみんな。仕留めるなら今や。比奈、琴音。ガンガン縦に付けろ。休む暇なんて与えねえぞ!」
「は~い、頑張りま~す」
「比奈、靴紐が解けていますよ」
「おっとっと!」
正攻法とは呼べない、姑息とも言える作戦だ。でも一点は一点。それもただのゴールではない、市原臨海に重く圧し掛かるビハインド。彼女らは数少ない武器と拠り処を、一つ失ってしまった。
負ければ地獄の三位決定戦。美しい崩しや見る者を魅了するテクニックなど、今は不要なのかもしれない。戦前、川崎英稜の弥々が言っていた『勝ち方』とは、つもりこういうことだろう。
尤も、それだけで片が付くとは思えない。
妙にスッキリした顔だな、マーガレット。
* * * *
「フハハハハッ!! どーだ、見たかクソレズ〇ッチめ!! センパイ跪く準備は出来ましたかアアァァァァーー!?」
「煽んなアホ。しゃしゃんな」
会心の逆転ゴールに狂喜乱舞のノノを、呆れ顔の文香が窘める。
ダーティーなプレーを好む彼女のことだ、この手のゴールはむしろお誂え向きなのだろう。ああは言ったが、内心笑いが止まらない文香も同様である。
(まっ、性格悪いんはウチらも一緒やしな〜)
真打・エカチェリーナの登場に失点のショックも忘れ盛り上がりを見せるアリーナだが、流れは依然として山嵜にあった。
内山にしてもゴレイロで、そもそもフィールドに女性選手しかいない市原臨海。精度・強度ともに大きく下回る。
フィクソに入ったマーガレットを中心とする、重心の低い構えに変わりは無い。しかし先の守備偏重スカッドと比べると、明らかに綻びが見えた。
「うん、こっちの方が回せる」
「せやな。食い付いて来る分、姉御も動きやすくなる。デカい9番はコース切るだけやし、あれなら幾らでもギャップ作れるわ」
「そうすればアラの二人が……よしっ!」
真琴も身を乗り出す。右サイドを猛然と駆け上がる比奈、それを囮に使い陽翔が仕掛けた。シンプルなタッチとボディーフェイントで翻弄、7番山岸はバランスを崩し転倒してしまう。
距離にして15メートル弱。
弾丸ミドルが市原臨海ゴールを襲った。
内山が横っ飛びで食らい付きコースを変えると、ポストへ命中。触れなければ間違いなく得点になっていただろう。スタンドからは拍手が飛び交う。
「にゃああっ、惜っしい! ……しっかしあのゴレイロ、ホンマ厄介やなぁ」
「立ってるだけでゴールマウス埋まっちゃうからネ。いくら兄さんでも、ミドルはノーチャンスかな……」
「一点目みたいにズラせばええねんけどな。言うて向こうも警戒しとるし、ウチらの時間帯も同じことやらへんと」
セカンドセットで最もスキルフルなのはノノ。ただ局面の打開に関して言えばシルヴィアが先を行く。
少なからず因縁もあるわけで、可能なら自分たちの力で。あわよくばシルヴィアのゴールで、彼女らを打ち破りたい。
(元気無いなあ、ルビルビ)
いつもはノノと一緒にテクニカルエリアまで飛び出し、煩過ぎるくらいコートに檄を飛ばしているのに。この日は随分と静かだった。
ベンチに座ったままの彼女を一瞥し、文香は慣れない思案に暮れる。そう言えばウォーミングアップのとき、あの女に絡まれる前……。
(……ったく、こんなときばっか頭ン固いやっちゃ。ウチらに足りひんモンがあったとしたら、そらアンタ自身やっちゅうに)
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