1075. サンドバッグ
再開直後。愛莉のロングシュートが外れたところで、市原臨海が前半のタイムアウト。失点シーンも含め守備ブロックの確認を行うのだろう。
マーガレットがビブスを着てベンチへ退いていた。流石に懲罰交代ではないと思うが、本来のゲームプランを遂行出来なかった以上、見過ごすわけにもいかないか。となると前半の間は……。
「やるこた変わらん。人もボールも能動的に動いて、ブロックをズラすことに集中しろ。あのゴレイロも含めてさね」
「ガラッと変えてくる可能性は?」
「ゼロとは言わんが、まぁ無いだろう。本業でも似たような戦い方をしているみたいだからな」
敵軍ベンチを一瞥し、峯岸は戦術ボードにマーカーを走らせた。
市原臨海の監督は中年の女性顧問。競技こそ違えど、エカチェリーナに依存するスタイルは同じ。短期間の付け焼刃では致し方ないところか。
「兎も角、前半のうちに追い付けたのは本当に良かった。下級生も気を落とす必要は無い。失点シーン以外はやれていたからな」
「……ゴメンナサイ、ミンナ」
「ああっ? だから気にすんなっつってんだろ! おい廣瀬、ケツでもシバいとけ! 一瞬たりとも暗い顔させんな!」
「¡Que!?」
「いや人前人前」
一人落ち込んだままのシルヴィアである。
マーガレットに撃たせてしまい、結果的に失点へ繋がったのは事実。でもアレは仕方ない。あんなの誰が予測出来る。
「起こったことはしゃーないわ、ルビルビ。ウチも9番を捕まえられへんかったしな。借りはゴールで返せばええねん」
「ノノの華麗なアシストにご期待ください!」
「……ん。Gracias」
まずはファーストセットの間に逆転して、せめて残りは気持ち良くプレーして貰おう。
言っちゃなんだが、総合的なレベルは町田南と比較にならない。守備は強固だが、決して難しい相手ではない筈。
先のゴールでみんなも硬さが取れた印象だ。このタイムアウトで出来ることは多くない。
シルヴィアもそう。やることをしっかりやって、俺たちらしくいつも通りに……。
【in/out 市原臨海
内山龍馬→立石智香
マーガレット→佐藤由子
エカチェリーナ→牧星名】
相手のゴールクリアランスで再開。ゴレイロからのロングボールに構えるため、比奈とポジションを入れ替えフィクソに入る。すると。
「ん……交代か」
「下がっちゃったね?」
比奈も意外そうに呟く。唯一の男性選手である内山、更にエカチェリーナもベンチへ退いたのだ。12番のゴレイロ、8番と13番のフィールドプレーヤーが加わった。漏れなく女性選手。
フルタイム出れない内山はどこかで休ませる必要があるとしても、エカチェリーナを下げる理由が無い。別に疲れている様子も無かったし。
両者の卓越したセービング、決定力は市原臨海の生命線。一人でも欠けると強度は極端に下がる。
しかもこっちがファーストセットで構える時間帯に変えて来るなんて。言うまでも無く、戦力的にも大きな開きだ。
「なにか作戦があるのかな?」
「どうだろうな……様子を見るか」
ロングレンジから一発のあるマーガレットまで交代してしまっては、いよいよ攻め手が無くなるのでは。相手の心配をしている場合ではないが、ちょっと不自然な交代策だ。っと、再開か。
「愛莉チェック! 瑞希!」
「はいはいはいっ!」
「っし、やったりますかぁ!」
これも意外な選択。後ろから丁寧に繋いで来た。ならばと俺も合わせて三人で敵陣へ飛び込み、ハイプレスを展開。
強豪女子サッカー部の一員とあって、それぞれ最低限のスキルは拵えている。のだが、誤解を恐れず言えば窮屈な繋ぎ。そもそもフットサルのプレースピードに慣れていないようにも感じる。
「取れるよ長瀬っ!」
右サイド、コーナーアーク付近。
8番佐藤を捕まえた愛莉が一気に詰め寄る。
無理に左脚を振りクリアするが、愛莉の股下をスルっと抜け、フォローに向かっていた俺の元へ転がった。おいおい、随分と安易だな。
「撃てるよハル!」
「そのつもり……っと」
13番がブロックに加わる。彼女も交代で入って来た選手だ。一発で飛び込まず、しっかりコースを切る良い守備。
考え無しで振ったら当たっていただろう。とは言えまだ余裕はある。足裏でひと舐め、壁があるならズラして撃てば……んっ。
「ナイスフォロー!」
「おっけーおっけー!」
「絶対に撃たせないよッ!」
今度は背後から6番が突っ込んで来る。無論見えてはいたのだが、想定より早い帰陣で左脚を振る時間が無くなってしまった。
それぞれ頻りに声を掛け合い、絶妙な距離感でシュートを警戒している。コート上で唯一の男といえ、四人掛かりでゴール前にビッシリ構えられては簡単ではない。一応ゴレイロもいるし。
まぁでも、あんま舐められてもな。
これも様子見のうちだ。
「……来るよッ!」
「コース切ってコース!」
「我慢してッ、飛び込まないで!!」
左へ向かい斜めに侵入。食い付いた3番を細かいタッチで往なしシュートモーションに入ると、すぐさま6番がフォロー。ふむ、これは……。
「おおっ! 廣瀬を止めたぞ!」
「女子相手にビビってんじゃねーよ!」
「チ〇コ付いてんのかァー!?」
勝負をやめ瑞希に戻した俺へ、あちこちから罵声と嘲笑が飛んで来る。さっきからカーチャカーチャ煩かった連中だ。うるせえ。
強引に振り抜いたり、もっと抉ってみても良かったけど。想像以上に蓋がされていた。
そうは言いますけどね。女性相手だからって、こうも引き籠って守られたら簡単じゃないって。
(マーガレットも一緒に下げたのは、この守備姿勢で意識を統一されるためか……にしても、やり過ぎちゃうかコレ?)
代わって瑞希が左サイドから切り込む。これも13番の良い対応。スピードに乗った彼女に対し、腰を深く落とし迂闊には飛び込まない。
撃たれても身体を投げ出せるし、切り返されても逆を取られない、素晴らしい距離感で守っている。13番だけでなく全員がそう。
しかしまぁ、とんでもないドン引きだ。ルールを知らない幼稚園児たちの団子サッカーを相手取っているような気分になる……。
「んあーダルイなぁ! 長瀬ッ!」
「おっけ!」
業を煮やした瑞希は愛莉とスイッチ。
左は囮、切り返して右でズドン。
これは8番のナイスブロック。胸から飛び込み弾丸シュートを防いでみせた。そのままラインを割り山嵜のキックインとなる。
「……ちょっと、嘘でしょ?」
「開き直りにしても凄まじいな……」
キッカーを務める比奈の前に13番が向かうだけで、あとはゴール前に固まっている。逆サイドの瑞希はガン無視。
これには愛莉も顔を引き攣らせた。まさかコイツら、主力二人のいない時間帯を完全に捨て、守備に徹するつもりか。
まるで山嵜のシュート練習だ。カウンターを一切狙わず、ブロックだけに専念するなんて。恐るべき執念、というか、正気の沙汰とは思えん……ッ。
「ま、マジですかアレ……っ?」
「ハハッ……やってくれるな」
ノノと峯岸も呆れていた。あまりに割り切ったブロック構成にスタンドも騒つく。
そりゃそうだ。だってこんなの『今からサンドバッグになります』と言っているようなもの。
エカチェリーナの個人技以外に活路が無いからって、こんなプライドも何も無い戦い方をしてくるとは。全国の懸かった三位決定戦だぞ。
今まで打ち破って来たチームが見たらどう思うか、ちょっとは考えろよ。
(これが自分たちなりのプライド……って?)
いや、でも、呆れている場合じゃない。俺が一旦は勝負を諦めたほどの優れた連携。考え無しにバスを置いているわけではないのだ。
なるほど。一本取られたかもしれない。アイツ一人に依存する戦い方など不健全の極みと、高を括っていたのは俺の方か。
生きるか死ぬかの戦い。
見た目だけ取り繕って何に役立つ。
少なくとも彼女たちは、この絶望的状況を切り抜けるための術を用意していた。
来たるべき瞬間に備え、すべてを捨て一瞬のチャンスに賭けている。
対して今の俺たちは……どうだ?
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