1074. 意志に反する


「――はぁぁッ!!」


 同じ背番号9番にお株を奪われ、彼女も黙っている場合ではない。左サイドからのコーナー、瑞希は後方に構える愛莉へのループパスを選択。


 インパクトは完璧。ストレート性の強烈なショットだ。ブロックに入ったマーガレットの肩口を擦り抜け、枠へ真っ直ぐ向かう。



「だはーーっ!? 惜しいっス~~!」

「うぅ……でーれー上手えなあ」


 が、ゴールインならず。ゴレイロ内山が身体を大きく広げ、膝で防いでみせた。少しでも俺がコースを変えられていれば……ったく愛莉の奴、シュート速過ぎて反応出来ねえんだよ。



「瑞希、シンプルに中でもええから!」

「そーしたかったけどさっ!」


 親指を突き立てポジションへ戻っていく。市原臨海はゴレイロ以外に男子が居ないので、空中戦はほぼ俺の独壇場。エリア内でドッシリ構えていたのだが、瑞希はこちらを選ばなかった。


 どうやらあのゴレイロと、エカチェリーナが相当邪魔に映ったようだな……あまり良くない流れだ。

 瑞希にしても意識はしていないだろうが、正攻法では崩し切れないという悪いイメージが、徐々に蔓延しつつある。



(間違いない、ここが仕掛け処……ビハインドのまま後半に入るのだけは避けへんと)


 問題はこの後、エカチェリーナがどう動いて来るか。セットプレーの直前、マーガレットの指示を受け露骨に面倒な顔をしていたのが気になる。


 市原臨海はそもそものゲームプランとして、彼女を守備組織の末端にしか組み込んでいない。前線で攻め残っていた方が脅威になるのは言うまでもないし、事実そのスタイルで勝ち上がって来たチーム。


 ただ先のコーナーみたいに、奴が守備ブロックに合流しベタ引きされると非常に困る。

 三人並んだら丸々コースが埋まってしまうような、小さいゴールマウスなのだ。なんとか連中を前におびき寄せなければ……。



(……いや、でも今のって)


 エカチェリーナ、遅れてエリア内に戻って来たよな? ってことは、彼女がセットプレーでブロックに入るのは……予め決められた役割ではない?


 そう言えばアイツ、準決勝の映像でもセットプレーでは攻め残りしていたような……でもマーガレットはさっき、戻って来るよう彼女に伝えていた。俺の高さを警戒したから、ってこと?


 にしては切羽詰まったような様子だった。エカチェリーナが役割を忘れていたというより、マーガレットが急遽指示した風にも見えたし。



(試してみるか……)

「お嬢様、チェックを!」

「はいはい! 分かってますわ!」


 比奈のキックインからボールは俺へ。女性にしては大柄だが、砂川明海のような迫力は無い。あくまでパスコースを制限するだけ。


 少し勿体つけてキープしてみる。スピードアップし距離を詰めて来るが、これくらいはなんてことない。逆サイドの瑞希へ繋ぎ、難なく回避。


 するとマーガレットが残る二人へ号令を飛ばし、サァーっと自陣へ引き返していく……ショートカウンターを狙ってラインを上げていたか。



(ふむ……)


 解せない。俺をはじめファーストセットが出場している今、市原臨海としては我慢の時間帯。無理に二点目を取りに行く必要が無い。


 守備に特徴のありそうな二人が投入されたことからも、スコアを動かさないまま俺のプレータイムを削ろうという意図は透けて見える。


 故にマーガレットが下した、エカチェリーナを守備に向かわせるような指示と今し方のアクション。そしてコーナーでの守備は……それと矛盾している。これでは自ら、良い流れと守備のバランスを手放し兼ねない。



「比奈っ、そっちは任せた」

「おっけー!」


 比奈に預け右サイドへ広がる。エカチェリーナを警戒するため俺が中央に留まる場合が多かったが、ちょっとやめてみよう。



「ライン上げてください! お嬢様、無理にとは言いませんがコースだけは……!」

「ああもうっ! 分かってるって言ってるでしょう!? まったく貴女ったら我が儘なんだから!」


 やっぱりだ。序盤は口数も少なく終始冷静にプレーしていたマーガレットが、比奈とポジションを入れ替えた途端にコレ。妙に焦っている。


 徹頭徹尾エゴ全開の主様よりかは、恐らく聡明な彼女だ。何かしらの意図を持っての言動なのだろうが。

 僅か一点のリードというシビアな状況で、流石にちょっと舐め過ぎじゃないか? もしかするとその代償、高く付くぜ。



「比奈、こっちです!」

「琴音ちゃんっ!」


 わざわざ伝えるまでも無い。ああも自陣に籠られては皆やり辛さもあっただろうが、これなら存分に良さが出る。


 最後尾の琴音に預けサイドへ広がる比奈。二度も下の人間に命じられるのは勘弁とでも言いたげに、エカチェリーナが早速食い付いて来た。



「陽翔さん!」

「持ってけ比奈っ!」

「任せて~!」


 スルっと中央に移ると、琴音は要求通りダイレクトで縦に付けてくれた。これもワンタッチで叩き、そのまま比奈へ。中途半端に追い掛けていたエカチェリーナは簡単にチェックを外されてしまう。


 完璧にデザインされた、流れるようなプレス回避。これには市原臨海もといエカチェリーナへ声援を飛ばしていた、大半の観衆からもどよめきが。


 さあ、テンポアップだ。どうするマーガレット。その半端に上げたラインで、俺たちの攻撃を止めるつもりか?



「バラダさん、遅らせっ……え!?」

「ナイスフォロー!」

「自分で行っちゃって!」


 斜め前方へ鋭いくさびのパス。愛莉はダイレクトで叩き、シンプルなワンツーで比奈が右サイドを抜け出した。目まぐるしいスピーディーな展開に、3番の女性選手は完全に足を止めてしまう。


 これで三対二の数的優位。堪らずマーガレットが愛莉のマークを捨て、比奈のチェックに向かうが……。



「陽翔くんっ!」

「ヤだ」

「ううぉっ!? 合図出せやアホ!」


 折り返しが来たが、6番の女性選手が詰めていた。

 下手に身体を張ってファールを取られたら最悪。


 なので、半身で受けるフリをしてスルー。

 奥にいた瑞希へ綺麗に繋がった。


 博打ではない。比奈らしい意志の籠った、強くて鋭いパスだったからな。絶対に逆サイドまで届くと思ったんだ。



「瑞希!」

「ったく、仕方ねーなぁ!」


 愛莉の掛け声に応え、彼女は不敵に微笑む。ゴレイロの内山が巨体を揺らし接近するが、まるで動じない。コーナーキックの時とはエライ違いだ。


 それもそう。さっきは俺に通る確率がゼロに等しかったから。が、1パーセントでも可能性があるのなら……金澤瑞希は決して迷わない!



「――そっちじゃないよ♪」

「ぬうっ!?」


 インサイドで巻くコントロールショット……と見せ掛け縦へ。シンプルだが鋭利な切り返しだ。これで内山は完全に体勢を崩した。


 つま先でちょこんっと浮かせ、内山の頭上を越えるクロス。デカくて視野が狭まるのなら、退かせば良いと言わんばかりのおちょくったラストパスだった。


 そして決めるのは、勿論この女。



「―――だりゃァァァァ!!」


 腰を落とし、低い姿勢から身体ごと突っ込む。何かと背の高さがクローズアップされる彼女だが、ヘディングシュートは結構珍しいかも。


 懸命にゴール前まで戻ったマーガレットだが、戻っただけ。コースを狙うだけの余裕もあった。見事に逆を突き――ネットが揺れる。


 嗚呼、完璧だ。

 あまりにも完璧過ぎる!



【前半06分19秒 長瀬愛莉

 山嵜高校1-1市原臨海高校】



「っしゃあ! ナイス長瀬!」

「さすが愛莉ちゃんっ!」

「早い時間に追い付けましたね……!」


 三人が駆け寄り歓呼の輪が広がる。静まり返ったスタンドの一部から、山嵜応援団の大歓声が木霊した。本当にアウェーみたいで気分下がるわ。


 まだまだ同点とあってベンチも控えめな印象。だがそう遠くないうちに、もっとしっかり喜べる筈だ。遅れて寄って来た俺へ満面の笑みを溢す愛莉を労わりつつ、市原臨海の状況を窺った。



「――無暗にラインを上げるからこうなるのですわ!! マーガレット、どうしてゲームプラン通りに進めなかったの!?」

「……申し訳ございません」

「おおおおお嬢様、落ち着いてくださいっ!? 俺が止め切れなかったのが悪いですからァァ!」


 激高するエカチェリーナをゴレイロ内山が必死に宥めている。とても聞き入れる様子は無い。そして、割と落ち込んでいるマーガレット。


 話を聞くに、やはりラインを上げたのはマーガレットの独断。僅かな隙ではあったが、しっかりと突くことが出来た。

 

 でも、どうして約束事を破ったのだろう。

 向こうはドン引きしたままでも良かったのに。


 まぁ、この調子でチグハグなまま居てくれるのなら、こちらは甘んじて享受するだけだし、別に良いけれど……。



「はぁぁ~~、良かった。こういう試合ってだいたい、中々ゴールが奪えなくて後半シンドくなりがちなのよね……」

「…………」

「……ハルト?」

「いや、なんでもね。ナイスゴール」


 殊勝のエースを褒め殺してやりたいのも山々だが、にしても釈然としない。だってマーガレットは、アイツのイエスマンだろう。主の意志に反するような行動など、普通あり得ない。


 勝負を焦っただけにしてはあまりにも呆気ない、軽率な判断。そうも思うのだ。彼女は何を目論んでいたのだろう……。


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