1070. 勝ち方
「――良いですかっ! 例え冗談でも、そんな賭けに乗っちゃぜーったいダメです!! 自分を大切にしなきゃダメです! 大事なノノさんを賭けの対象にされた、廣瀬さんやみんなの気持ちにもなってくださいっ!」
「さーせぇぇん……」
「シルヴィアさんもっ! スポーツの試合であれくらいの挑発は当たり前だと思います! 怒ったら相手の思うツボですっ! めっ!!」
「うぅ……ハラキリイヤァ……!」
「有希を怒らせるんだから大したもんだよネ」
「俺を見ながら言うな」
「ふーん……だから昨日の夜……」
「こっちはダル絡みされた側なんだよ……ッ」
長瀬姉妹のハイライトが一向に点かない。靴紐を上手く結べない。至近距離でずっと睨まれてる。怖い。やめて。
説教役は有希が買って出てくれた。大事にするほどでもないし、この上ない適任だとは思う。が、全国の懸かった負けられない決戦を前に、なんとも締まりの無いロッカールームである。
審判団、市原臨海との話し合いを終え峯岸が帰って来た。ユニフォームはホーム側、ライトグリーンのままで良いらしい。これで少しは会場の空気も、山嵜もとい俺の味方へ傾けば良いが。
「ったく、いつもの放課後じゃねえんだから……まっ、変に緊張するよりはマシか。なあ?」
「ねえ俺が悪いみたいな風潮なに?」
皆のジットリとした視線に貫かれる。勝ってもエカチェリーナをどうこうする気は無い。あんなんノノの戯言だから。真に受けんな。
兎も角、余計な因縁はさっさと忘れるとして。試合開始十五分前、最後のミーティングが始まった。
「昨日と変わるのは順番だけ。スターターはセカンドセット、五分区切りで楠美以外オールチェンジ。後半はファーストセットから。怪我人含めアクシデントが起こらない限り手は加えない。良いな」
「あのお二人は本当に大丈夫なんですか……?」
「そこを纏めるのがキャプテンさね」
「荷が重いです……っ」
準決勝の疲労を顧みて、スタートは二年生と真琴で構成されるセカンドセット。キャプテンマークは琴音が巻く。頑張れ。仲裁役。
単なるローテーションではなく、エカチェリーナの存在を考慮しての選択だ。前線で起点となる奴を潰すには、真琴がマンマーク気味に付くのが一番。前の三枚が絶えずプレスを掛け、まずパスを出させない。
エカチェリーナの運動量が落ちて来たところで、後半はファーストセットでポゼッションを完全に支配し、決め切る。ベターな戦い方と言えるか。
「……ん。おい、我の出番は!?」
「あっても精々パワープレー要員さね。無いことを祈って必死に応援しろ」
「わぁ~見もしないで言う~」
「栗宮さん、今日は我慢じゃよ……っ」
聖来に慰められるミクル。彼女には申し訳ないが、一番怖いのは攻めあぐねている状況でカウンターを喰らうこと。
ただでさえ守備難で軽量級の彼女では、一歩目の防波堤として最低限の役目を果たせない。仕方のないことだ。
恐らく峯岸も、昨日の失敗が脳裏に残っているのだろう。奴らの圧力に屈し、中途半端に俺をコートへ残してしまったことで……最後の最後に反発力を失ってしまった。
「マジで頼むぜ。これでも一丁前に緊張してんだわ……もし今言ったことと違うアプローチをしようとしたら、お前らが止めてくれ」
「どーすればいいの? 殴るっ?」
「最悪許可」
「え゛。ジョーダンだったのに」
茶化した筈の瑞希が珍しく引いていた。よほど引き摺っているのか、彼女なりに皆を引き締めているのか……後者と信じたいところ。
先の一件で忘れてしまえば良かったが、まぁ簡単ではない。イケイケ押せ押せでここまで来た山嵜フットサル部史上、実質初めての敗北。力づくで制された忌々しい記憶も新しい。
いつも通り、と峯岸がわざわざ口にしたのも、つまりそういうことだ。いつもとは違う空気、プレッシャーのなかで戦わなければならないと、皆言わずとも分かっている。
「……すぐに切り替えるのは、難しいけどね?」
ぱんっと掌を叩き、比奈が沈黙を破った。
まったく、こんなときは頼りになるな。
「でも、それが全部じゃない。喜劇の中にも一つくらい、悲しいお話はあるもの」
「比奈……」
「開幕戦で瑞希ちゃんが言ってたこと、思い出そうよ。ここまでわたしたち、笑いっぱなしで来たんだから……泣いてるままじゃ絶対にNG! わたしたちの夏はハッピーエンドで終わらなきゃ! まだその途中だよっ!」
稀代の演出家が軽やかに纏め上げ、ロッカールームは威勢の良い発破で埋まり始めた。してやったりなウインクを飛ばされ、つい笑みも零れる。
そうだ。大丈夫。絶対に勝てる。
俺たちの夏が、ここで終わる筈がない。
もう一度。いや、今度こそ。奴らに突き付けるんだ。俺たちの信じて来た、紡いで来たモノこそが――。
東雲学園戦前、中途半端に切ってしまった髪が少し気になって、ギリギリのタイミングで手洗いへ駆け込んだ。ダサいことこの上ない髪型だが、試合中に気が散るよりはマシ。
待機場所へ向かう道中。この後に決勝戦を戦う、川崎英稜の面々が会場入りするところと遭遇した。背の高い男が近付く。弘毅だ。
「なーーーーに負けてんだよチ〇毛野郎!!」
「アァ!? セットしたばっかやボケッ!!」
久々だってのにご挨拶な奴め。
が、今日ばかりはデカい口も叩けない。関東予選の成績に限っては上回られてしまった。ぞろぞろと白石姉妹、10番の土居聖也も寄って来る。
「うぃ~~す……」
「ふんっ。あんな雑魚を使ってるから負けるのよ!」
「弥々、余計なことを言うな……昨日は残念だったな。まったく、決勝で戦えないのは果たして幸か不幸か」
妹の弥々を窘めているだけでなく、煽りも忘れない姉の摩耶であった。変わらず癖の強い軟派な連中だ。逆に安心するわ。
昨日はエカチェリーナを見事に封じてみせた川崎英稜。あまり時間は無いが、少しくらい話を聞いておこう。
「どうやった? あのカザフスタン人」
「どうもなんも、パスが入らなきゃ空気みたいなもんよ。おかげで終盤ギリギリまでスコアレスだったけどな」
「例のゴレイロのプレータイムが無くなったからな。女性選手に変わったタイミングで、ようやく二点取れたんだ」
弘毅と摩耶が口々に語る。やはりエースのエカチェリーナ、そして男子サッカー部からの助っ人だというゴレイロ。両者への依存度が高いのは研究通り。二人がラインを組んで奴を潰しまくったとか。
「カウンターの目さえ摘めば……あとは勝手に自滅するよ。お世辞にも組み立てが上手いチームじゃなかったね……」
「失点シーンはどうやられたんだ?」
「あ~……それはねぇ……」
「アイツよ、アイツ。あの地味子」
喋りの遅い土居に代わって、弥々が腹立たしそうに呟いた。誰のことを言っているのだろう。地味子?
「もう一人のカザフスタン人……ここまでの試合を観る限り、そこまで警戒するような選手じゃないと思っていたが」
「パワープレーでやられたんじゃないのか?」
「その通りだが、崩されたわけじゃない。ハーフラインからズドンッと一発叩き込まれた。ゴレイロに聞いたら、相当ブレていたそうだ」
「他はそんな目立ってなかったけどね~」
そうだ。エカチェリーナの付き人をしている、ボブヘアの礼儀正しい少女。マーガレット。いや別に地味子ではないと思うが。
ただ弘毅の言う通り、予選グループや準々決勝でも大きな働きは見せていなかった。大半を占める女性選手の一人、こちらもその程度の認識だ。
しかし摩耶曰く、かの有名なブレ玉シュートの使い手であるという。これまでの試合では一度も見せていない筈だ……準決勝まで隠していたのか?
「ふーんだ。クールぶっちゃって、そんな調子だと痛い目見るわよ! 特にアイツと、あの金髪ウジ虫が足引っ張るに決まってるわ!」
「ウジ虫て」
弥々がけったくそ悪そうにぶち撒ける。ミクルとの因縁はともかく、練習時試合ではノノに徹底マークされて自滅していたっけ。
一方、感情的な物言いに過ぎないと無碍に扱うべきでない気もした。子どもは色々なことをよく見ている、とは流石に失礼だが。
思考回路が単純な奴ほど案外、目の前の事象を正確に捉えているものだ。弥々はビシッと指を差し、勝ち誇った面で声を荒げた。
「準決勝、酷いザマだったわね! 当然よっ、あんな大事な試合で勝ち方に拘ってるようじゃ、誰が相手でも負けるに決まってるっつーの!!」
【全国フットサル高校選手権ミックスディビジョン
関東予選 三位決定戦】
GK
No.1 楠美琴音 No.1 内山龍馬
FP
No.8 長瀬真琴 No.4 マーガレット
No.10 世良文香 No.7 山岸紗南
No.20 シルヴィア No.9 エカチェリーナ
No.99 市川ノノ No.14 戸島芽衣
【山嵜高校(神奈川)-市原臨海高校(千葉)】
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