1071. 伊達じゃない


「ホシナ! ハヤクハヤク! ハシレヤッ!!」

「だぁぁぁぁアア年寄りを急かすんじゃねえッ! だいたいなァ普通に昨日勝ってればよぉ……!」

「イイワケスンナ!」


 巨体を揺らし滝水のような汗を流す保科父。手招きをしつつ何度も振り返るファビアンを必死で追い掛け、ようやくアリーナの入場口へ辿り着いた。


 アットホームな応援団を結成する保護者会。主に陽翔とシルヴィアを目当てに訪れる交流センターの利用者ら。

 打ち解けるまで時間は掛からなかった。中核を担ったのが、性別以外まるで共通点の無いこの二人。


 ファビアン考案の海外クラブを真似て作ったチャントを、保科父がうろ覚えながら大声で歌い上げ、山嵜サッカー部が便乗。

 たかが部活チームの領域を遥かに凌駕した、心強いウルトラスが日に日に完成へ近付いている。


 そんなサポーターのリーダーでもある保科父だが、あろうことに開始時間を間違えてしまった。

 三位決定戦でなく、午後から始まる決勝に合わせ準備をしてしまい、大慌ての有希母に呼び出され現在へ至る。



「悪いな姉ちゃん! ほれチケット!」

「ど~ぞ~お楽しみくださ~い、って、あらぁ!? 慧ちゃんのお父さん!」

「ううぉッ!? 川原センセーじゃねえかよ! なにしてんだこんなところで!」


 チケットの受付をしていたのは、この日もボランティアで運営に携わっていた菫であった。

 娘の中学時代の恩師であり、フットサル部を介する前から顔見知りの二人。保科父は菫の腕を引っ張り会場内へと連れ出す。



「ちょちょちょっ、保科さん!?」

「なぁぁぁぁに暢気にボランティアやってんだよッ! 全国行けるかの瀬戸際だぞォ!?」

「それは分かってますけどぉ!! 今日は受付に回されちゃったからここ動けな……!」

「知るかああァァアアアア!!」

「ほわぁぁァァ゛ァァ゛ーーッッ!?」

「スッゲーホシナ! プロレスミテーダ!」


 階段を駆け上がる三人。七割方が埋まったアリーナの二階席からは、早くも雪崩のような轟音が立ち込めていた。


 盛り上がりから察するに、早速ゲームが動いたようだ。良いところを見逃してしまった、と渋い声を漏らす三人だが。


 内心ホッとしたというところ。準決勝、町田南戦の敗北は応援団から見ても非常にショッキングなものだった。持てるすべてのエネルギーを発揮し、それでも尚跳ね除けられた、言うならば力負け。


 僅か24時間のインターバルで、元の姿に立ち直れるか。三人とも不安で仕方がなかったのだ。

 だが恐らく、この盛り上がりは山嵜のゴールによるものだろう。次第に大きくなっていく軽やかなチャントに引き寄せられ、足取りも軽くなる。



「怒られんなら俺も謝ってやっからよぉ! 今日くらいは身内として、盛大に祝ってやろうぜ! 俺たちのフットサル部を!」

「……そ、そうですねっ! 全国出場を決めた歴史的なシーンを見逃すなんて、推しとしてこれ以上の不名誉はありません!」

『今日こそルビーが大活躍するんだっ! ヒロからのアシストでね! そうだなあ、予想は6-0ってところかな?』


 締め切られていたスタンドへ繋がる大扉を開け、三人は目下のコートを覗き込んだ。電光掲示板は開始から2分弱を指している。


 すると、得点表にも動きがあり……。



「「「―――って、負けてるゥゥゥゥ!?」」」



【前半01分57秒 エカチェリーナ・アリエフ

 山嵜高校0-1市原臨海高校】



(難しいなこれ……マジでスペース無いじゃん)


 遡ること一分前。


 スターターとして登場した、エカチェリーナへの大声援が未だ鳴り止まない中。自陣深くでボールをキープする真琴は、眉間に皺を寄せ敵陣を睨む。


 キックオフは市原臨海だったが、すぐにエカチェリーナへロングボールが入り、自身のクリアで事なきを得る。すぐさま山嵜が圧倒的なポゼッションを握った。



「ノノ先輩っ!」

「はいはいはいはいはい!」

「文香先輩もっと下がって! 受け直して!」

「ほいほいっ!」

「マコト! チャレンジチャレンジ!」


 フィクソの真琴を起点に、流暢なパスワークを披露する山嵜。二か月前にこの構成で固定されてから、徹底的に仕込んで来た代物だ。


 ところが、中々敵陣へ侵入出来ない。

 3-1の布陣でスタートした市原臨海は予想通り、エカチェリーナを一人残し両アラの位置を下げ、ゴール前にベタ引き状態。


 機を見て真琴が持ち上がろうとするが、エカチェリーナが素早く寄せスペースを埋めてしまう。結果、ノノとシルヴィア、琴音に預け組み立て直し。そんな調子の開始一分だった。



「カモンまーくん!」

「文香先輩ッ!」


 ならばと右脚を振り抜き、一気にロングフィード。斜めに抜け出す狡猾なフリーランで、14番戸島のマークを振り切った文香。


 しかし、歓声は一瞬でため息に。最後尾に構える、市原臨海唯一の男性選手。ゴレイロの内山にヘディングでクリアされてしまう。



「ふぅ~! ヒヤッとするなぁ~」

「むぐぐぐっ……」


 昨晩瑞希が何の気なしに触れていたが、パッと見は横幅が広く鈍重なイメージのゴレイロ内山。

 ところが先の飛び出しと言い、動きは見た目以上に鋭い。真琴のロングフィードを機敏に察知し、簡単に処理してみせた。



(準決勝の映像やと、パワープレーのときもこの兄ちゃんがそのまま攻め上がっとったな。足元にも自信があるっちゅうことか……)


 敵陣左サイドからのキックイン。横幅のせいでゴールマウスはいつもより狭く感じる。文香は左脚を振り、最後尾へボールを戻した。


 パスを受けたシルヴィアは右サイドに流れ、相手を誘き出すようドリブル。対面は7番の山岸と言う選手だ。内山の二分の一くらいしかない華奢な体格で、対人守備が得意そうには見えない。



「行けっ、シルヴィア!」

『……ッ! 任せなさいっ!』


 ベンチから見守る陽翔の声援に乗せられ、グッと腰を落とし縦へ仕掛ける。果敢な直球勝負にスタンドは再び沸き上がった。


 カットインと見せ掛け、更に縦へ。だが山岸も粘り強い。シュートだけは撃たせまいと、コースにしっかり蓋をしている。


 それでも強引に右脚を振り抜いたシルヴィアだったが、グラウンダー性のショットはディフレクション。零れ球をノノとマーガレットが争う。



「だらっしゃああああァァアアアア!!」

「っ!」


 腰の入った力強いキープでマーガレットを制するノノ。鋭く反転し、左脚で強引にシュート。すると今度は、逆サイドから14番戸島が飛び込みブロック。ラインを割り、またもキックインへ逃れられる。



「クッ……銀髪頼りで勝ち上がった守備力とだけあって、伊達じゃないっすね」

「ノノ! ナイスファイト!」

「おっと、あいあいよぅ!」


 シルヴィアとハイタッチを交わし、キックインに備えるノノ。これまで戦って来たどのチームとも違う毛色に、ノノは思案を巡らせた。



(東雲学園みたいな『一発噛ましてやる』っていう気概も無い分、攻めやすさはありますが……ワンチャンを活かされて、後手に回るのが一番最悪。ファーストセットに移る前に、割り切って一点取りに行った方が……)


 リトル陽翔こと皆見壮太を擁した東雲学園は、彼に守備のタスクが振られていない分、少なくとも一枚はフリーの選手を作れる状態にあった。


 対するエカチェリーナ。フル出力では向かって来ないが、パスコースを狭める制限守備はしっかりやって来る。

 人を見下す自信満々な振る舞いとは裏腹に、近代フットボールのイロハを兼ね備えた厭らしい立ち回りだ。



「マコちんリターン!」

「任せます!」


 飾りの無いダイレクトパスが返って来た。7番山岸が前に出て、代わりにエカチェリーナがノノと対峙する格好に。

 気後れはしていないが、先の出来事も含めやり易い相手ではない。シルバーのポニーテールを揺らし、不敵に微笑む背番号9番。



「んふふっ。お互い重りがあって大変ですわね♪」

「ヒィッ!?」


 下心満載の舐め回すような視線に、さしものノノも冷静さを失った。ともあれ、ここで時間を使うべきでないのは考えの通り。


 右脚インサイドで押し出しカットイン。同時が真琴が背後からオーバーラップ。そのまま縦に付けると……。



「嗚呼っ! アンタは邪魔よ!!」

「うるっさいな!?」


 エカチェリーナの圧を避けるよう、ヒールでちょこんと落とすお洒落なパス。

 生半可なシュートは内山に防がれる。ならばとノノは、枠目掛け右脚を力いっぱい振り抜いた。



「なぬぅぅゥゥ!?」

「っと!」


 これも得点ならず。渾身の一撃は、内山が両手で叩き落とすよう防がれる。よしんばコーナーにと思っていたが、最終的にキャッチされてしまった。



「よくやったわ下僕ッ!!」

「とんでもないことでございます、お嬢様!」

「マーガレットよ!」


 熱戦続くコートには到底相容れない、謎の掛け合いを見せるエカチェリーナと内山。好機を逸した悔しさも程々に、首を傾げたノノ。



「――フンッッ!!」

「ふぁぁっ!?」


 一閃。


 地を這う超高速ロングスローが、4番マーガレットの足元へ供給された。迅速なリスタートに、山嵜ファイブの初動は遅れる。



「やばっ!? シルヴィア先輩!」

「シルヴィアちゃ……!」


 真琴、ノノの焦燥に満ちた声が重なった。対応したシルヴィアの守備は、決して悪いものでは無かったが……。



「――ハッッ!!」

『ウソ!?』


 コート中央、右サイド。

 タッチラインギリギリ。

 ボール一個分の、ほんの僅かなスペース。


 マーガレットが、右脚を振り抜いた。


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