1068. たかがひと夏


 衝撃のカミングアウト直後。運悪くノノ、文香、聖来が大浴場から出て来てしまい、身の危険を察した俺たちは三人を連れ自室へ逃げ込んだ。


 もう一言くらい返してやろうと思った矢先のアレなので、消化不良は否めない。だが最も優先すべきは皆の安全だ。戦略的撤退を許して欲しい。



「じゃあ、ネットに出回っている噂はホントだったんですね。女子サッカー部が色んな意味で、丸々あの人の所有物みたいになってるっていう」

「したら負けたらウチ、千葉に転校せな……!?」

「んははっ。流石にタヌキはノーマークでしょ」

「にゃんやとおおぉぉオオオオ!?」


 自分たちの部屋に帰らず、俺のベッドでグダグダじゃれ合っている。このまま朝まで居座る気満々だ。なんのための部屋分けだよ。


 文香に〆られていたノノがスマホをポロッと手放す。渦中の人物、エカチェリーナ・アリエフの予選プレー集が再生されていた。関連動画ではマスコミからインタビューを受けている様子も。


 畑違いだから詳しくないが、やはり相当な有名人らしい。町田南の来栖まゆと言い、この世代の選手はどうも自称インフルエンサーが目立つな……自称はノノだけか。卵ってことにしとこう。よし、これなら悪口じゃないぞ。



「言うだけあって、結果は残しとるわけやな」

「長瀬先輩に次いで、女子の得点ランク二位じゃ。背が高くてスピードがあって、後ろからのボールも簡単に収めてしまう……生粋のピヴォって感じじゃ」


 結局夜更かしして対策を講じることに。


 もう一方の準決勝を観戦した聖来曰く、両脚をソツなく使いこなしコートのどこからでも狙って来る、一人でなんでもやれるタイプの選手とか。


 愛莉と文香を足して二で割ったプレーヤーと考えると、明確な弱点や狙い処が無く対応は非常に難しい。他の選手と比較しても、その実力は頭一つ抜きん出ていると言って良いだろう。



「これがグループリーグで決めたゴールじゃ」

「ハイボールを足でトラップして、そのままボレーか……ズラタンみたいなことやってんな」


 得点感覚はさることながら、身体の使い方が非常に上手い。後ろ姿だけならパワーシューターの愛莉とよく似ているが、足元の細々とした技術にも長け、小技が効きボールを失わない。


 少々細身ではあるが、同じ女子相手なら高さだけでも圧倒してしまうわけだ。となると準決勝で無得点だったのは……。



「マンマークか」

「白石さんと二人掛かりで、ほとんど仕事をさせとらんじゃった。逆に言やあ、この人を抑えりゃあ……」


 栗宮一門の黒一点、弘毅。そして白石シスターズの姉、摩耶。この二人で徹底マークを敷き、一試合通じてエカチェリーナを封じたようだ。パスが繋がらず苛立っている姿が確認出来る。


 聖来の言う通り、市原臨海は電柱役と得点のほとんどをエカチェリーナに依存している。

 彼女が自由を失えば、そのまま攻撃不全へ陥る構造だ。同じようにやれば脅威は半減出来る、が。



「センパイが出場している間は良いとして、それ以外の時間帯ですよね……こっちも愛莉センパイ下げて、姉妹でガッツリ潰すとか?」

「あーりん守備ド下手くそやしな~。点取り合戦ならともかく」

「ですよねぇ~。マコちんも高さでは勝てないし、かと言って経験の浅い慧ちゃんをぶつけるのも……ふむう」


 準々決勝では高さのある外木場相手に奮闘してくれた慧ちゃんだが、流石にエカチェリーナとはスキルの差があり過ぎる。

 そして恐らく峯岸も、愛莉のポジションを下げることは考えていないだろう。


 俺と真琴が交互にマークして、カウンターの芽を摘み続ける。これが現実的な落とし処か。

 守備に定評のある相手なだけに、ロースコアな展開には持ち込みたくないな……リスクを負って攻めなければ。



『シルヴィア。あんなアホみたいな挑発で落ち込んでどうすんねん、元気出せよ。さっきも言うたやろ、お前の方が百億倍べっぴんやっちゅうに』

「ふんっ。そうやってバカにして』

『……さてはお前、べっぴんの意味分かってへんな? 悪口やなくて、綺麗とか可愛いって意味やで』

『えっ……そうなの!?』

『だからそんないじけてたのかよ……』


 暫くしょぼくれていたシルヴィアだったが、無駄過ぎる勘違いに気付いたようでホッとしたように肩を撫で下ろす。だから日本語をもっと勉強しろと。



『ホンマ頼むで。ファーストセットは今日の試合で相当疲弊しとるし、シルヴィアはじめ下級生の頑張りは絶対条件や。これまでの結果に満足出来ないなら、明日こそ活躍しないとな』

『……ええ。もちろんっ』


 エカチェリーナが好き勝手ほざいているだけで、そもそも自信家の彼女だ。怒りはすれど過度に気を病むことも無いだろう。


 無論、シルヴィアだけでなく全員の奮起が必要。ただ、なんとなく予感もある。

 或いは経験則と言うやつだ。少なからず因縁が生まれた今、最後に命運を分けるのは何かと当事者だったりするもの。



「その通りっ! あんな顔だけの女に美少女枠を譲るわけにはいきません! 所詮はシルバーの髪色に違わず、我々ゴールデンコンビの前では永遠の二番手であるということを証明してみましょうッ!」

「……ノノ、Gracias‼」

「ぁぁ~ん風呂上がりぷるぷるお肌尊し~~♪」

「暑苦しいわぁ……てゆうか市川、今の話理解できとんの?」

「もちろん1ミリも分かっていません!」

「アホくさ」


 幼馴染が締め、関西人がオチを付け、二年組の結束は固くなる一方だ。もしかしなくても、明日はこの三人が主役かもしれないな。


 いや、そんな甘いことを言っている場合でもない。主役にしなければならないのだ。彼女たちの頑張りは、から左胸をチクチクと刺し続ける見えない棘を、きっと取り払ってくれる。


 それは諦めや怠惰でなく、自身の手ではどうにもならないこと。言い切っても良かった。今、俺は俺以上に、みんなの輝きを見たいのだ。


 意固地と言われたって構わない。エゴが足りないと、ある者は糾弾するだろう。でもこれだけは譲りたくなかった。


 要するに、俺は証明したい。

 この夏を制する答えは、一つしかないと。


 少なくとも、今日のコートには無かった。

 だから明日こそ。

 そして、全国の舞台で……。



「……にぃに?」

「ちょっと出て来る。聖来ももう寝な。ありがとう、遅くまで付き合ってくれて。お前らもさっさと部屋帰れよ」


 四人の返事を待たず、外へ出て階のラウンジを目指した。ラウンジと言っても自販機の前にソファーとガラス窓があるだけだが。


 部屋からは目の前にある野球場や、夜遅くまで明るさを経つ高層ビル群が一望でき中々の絶景。しかし、目的はそちらではない。ここなら会場のアリーナが見えるのだ。



「んっ……ハルト」

「夜更かしさんやな」

「瑞希もう寝ちゃったし。つまんない」

「寝ろや。お前も」


 先客がいた。相変わらず似たような思考回路で、妙に安心してしまう。風呂上がりの艶やかな髪を弄り、愛莉は横目で俺の様子を窺う。



「柄じゃねえな。愛莉の癖に」

「癖に、ってなによ」

「ごめんごめん……あぁ、ここ来る前に銀髪の変な女に絡まれなかったか?」

「……また浮気?」

「違げえって」


 背の高い愛莉や慧ちゃんには興味が無いと言っていたな。余計な心配だったか。まぁ、そんなこと今はどうでも良くて。


 暫く俺たちは言葉を手放し、遠くアリーナを眺めていた。工事が終わったばかりの大きな施設で、見つけるのはとても簡単。

 ただ、この時間は明かりも付いていなくて、反対の豪華な景色とは比べ物にならない。


 でも俺たちのステージは。

 皆が輝く場所は、あそこだけ。



「……明日は、勝って帰らないとね。せっかく地元で全国出場を決められるんだもの、嫌な思い出にはしたくないわ」

「デートで来れなくなっちまうもんな」

「もうっ、ばか……そういうのは、全部終わってから。勝ってから考えましょ」

「まったくやな」

「アンタが言い出したんでしょーが」

「分かってるって」


 そう。分かってないよ。

 アイツも、エカチェリーナも。

 スターになったところで、なんだと言うのだ。


 その先にどんな未来を望もうと、たかがひと夏の戦い。今年の夏はたった一度で終わる。そのたった一度に、俺たちは懸けて来た。


 紛うことなき、今を戦っているんだ。

 余計な茶々入れんな。しゃらくせえ。


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