1067. 小柄で可愛らしい女性を好まれます


「にしても、貴女がミスター・トラショーラスの……ブッサイクねえ!」

『¡Que!?』

「余裕の無さが顔に現れているのよ。まさにわたくしとは対照的な……いえ、同じ土俵に立つのも烏滸がましいレベル差ですもの。ごめんあそばせ、大人げないことを言ってしまったわ♪」

『なんですってェェ……っ!?』


 真正面から悪口をブッ叩かれ、シルヴィアは青筋を立て憤慨する。

 出会い頭の一言からして最悪だったが、こんなに性格のネジ曲がった奴だったのか。誰だよ美しすぎる選手とか言い出した奴。内面は無視か。



(まさか同じ場所とは……)


 市原臨海はスポーツ強豪では珍しい市立高だが、各部が優れた実績と長い伝統を誇り、校外やOBOGからの手厚い支援に事欠かせないと聞く。


 会場から最も近く、尚且つ大きなアッパーミドルのホテルだから、彼女らがここに滞在していても不思議ではない。


 まぁ出逢ってしまったものは仕方ないとして。それより気になるのが、耳に付く喧しい笑い声と不遜な態度。


 単なる性悪と切り捨てるには惜しい気がした。この女、シルヴィアがチェコの娘であることを知っている。

 確かに彼女もネット記事に取り上げられたり、ノノのチャンネルに名前入りで出演したりで、中々の知名度を誇る有名人ではあるのだが。


 いくら性格が悪いからって、ここまで敵意剥き出しで突っ掛かる必要があるのだろうか。

 もしかしなくても皆見と同じパターンだ。意図しないところで余計な反感を買っているな……。



「そして、貴方が廣瀬陽翔ね。準決勝、拝見させて貰ったわ。流石は日本サッカー界の時期エースと呼ばれていただけはあるようね」

「ど、どうも……」

「まあ? その威光も今の私には到底及ばないモノだと、しっかり自覚して欲しいところですけれども? おほほほほほっ!!」


 嫌味な金持ちお嬢様みたいなお手本通りの高笑いに、反論する元気も無くしてしまう。

 顔が良いからどうしても様になる。なんだその無駄に高級素材なガウンは。白なのにテカテカしてやがる。



「日本語、上手いんやな」

「当然! ヤポーニャは大事な取引先ですもの。国家の威信を掛けて乗り込んで来ているのですから、それくらいは覚えて差し上げましたわ!」

「取引先……?」


 彼女の背後で押し黙っていた、色素の薄いボブヘアの少女が無言のまま胸元を指差した。

 エカチェリーナと比べるのはあまりに……いや、そうじゃない。恐らくジャージに連なっているロゴのことだ。



「エカチェリーナ様はカザフスタン共和国有数の天然ガス事業を営む、半国営企業のご令嬢であらせられます」

「……超金持ちってこと?」

「簡潔に言えば。お初にお目にかかります。お嬢様の付き人を務めております、マーガレットと申します」


 付き人って。

 スケール感どうなっとんねん。


 マーガレットと名乗る少女。この子もチームの一員の筈だ。先ほど見た映像のなかに彼女がいた。


 つまり、なんだ。まったく詳しくないが。エカチェリーナはカザフスタンという国の、ノノやシルヴィアが霞むほどの物凄いお嬢様で。

 ジャージに企業の名前が入っているということは、一介の市立高に過ぎない市原臨海へスポンサードまでしていると。


 いや、だから何だという話ではある。

 喧嘩腰で絡んで来た説明が付かない。


 カザフスタンって確か中央アジアの国だろ。シルヴィアの母国であるスペインとはなんら因縁も無い筈だが……。



「まったく、勉強不足ねえ。わたくしがどうして遠方遥々、こんななにも無い国にやって来たのか、その小さな脳ミソを使って考えてみなさいな」

「……サッパリやな。俺の悪口なら幾らでも受け入れるが、さっきのシルヴィアへの発言は撤回しろ。お前よりコイツの方が百倍べっぴんや」

「ヒロ……っ」


 場外戦か、或いは先制攻撃のつもりなのかもしれないが。許容出来ないモノはある。内面だって彼女の圧勝だ。財力も関係ない。

 俺が惚れ込んだのは名将セルヒオ・トラショーラスの娘ではない。等身大のシルヴィアなのだから。


 すっかり勢いを削がれ、汐らしく俺の後ろに隠れるシルヴィア。そんな態度が癇に障ったのか、エカチェリーナは更に声を荒げた。



「クッ……! やっぱり貴女、わたくしの邪魔をするつもりなのでしょう!? そうやって可愛い子ぶって、メディアの関心を惹きたいのね!?」

「はっ?」

「ちょっと考えれば分かるでしょうっ! 我々の事業、延いてはカザフスタンという国家のプロモーションに決まっているじゃない! この女が目立つと、わたくしの存在が薄れるのよっ!?」



 ……………………。



(えぇ~~……ッ)


 な、なんてしょうもない理由。

 シルヴィアに嫉妬しているだけかよ……。



「カザフスタンは世界でも有数のフットサル大国なのです。先の男子ワールドカップでもベスト4に進出しました」

「そ、そうなのか……」

「まさに僥倖。カザフスタンは今、大きな変革の時を迎えています。豊富な地下資源と金銭的アドバンテージに匹敵する、国家の新たなアイコンを模索している真っ最中です」


 マーガレットは語る。確かにカザフスタンって、人によってはどこにあるのかも分からないようなマイナー国だよな。

 俺もサッカーの知識が無かったらピンと来なかった。数十年前にアジアからヨーロッパへ転籍したことで、結構話題になったんだっけ。



「お嬢様は幼少より、卓越したフットボールの実力をお持ちでいらっしゃいました。既に女子A代表にも名を連ねる、世界水準に達した正真正銘のトッププレーヤーです」

「まぁ、市原臨海でエースを張るくらいやしな」

「日本には容姿に恵まれたアスリートを贔屓する傾向と伝統があります。我々はそこに目を付けました。お嬢様はカザフスタンという国家そのもののアイコンとして、本国から送り込まれたのです」

「……ええように使われてないか?」

「お嬢様自ら望まれたことです。一時の勢いこそ失えど、日本は国際社会において、特にカルチャーにかけては大きな影響力を持つ先進国。お嬢様が懸け橋となることで、カザフスタンは新たな経済的基盤を手に入れます」


 なるほど。一高校のスポンサードまでしているのも、カザフスタンという国や企業の名前を日本で売るためか。

 にしても、まだ高校生の彼女へそこまで責任を負わせるとは、先走りし過ぎな感も否めないが。



「お嬢様の成功はそのまま、カザフスタンの国威発揚へ繋がります。これほど美しく、聡明な若い女性を抱えていれば、どの企業も悪い顔はしません」

「ふんっ!」


 国公認のマスコットってわけか。若く美しいのは認めるが、聡明かどうかは一考の余地があるのでは。今のところワガママお嬢様にしか見えん。



「まさか日本に、あんなにも人気のあるフットサル選手がいるだなんて! クルミ・クリミヤ、必ず全国の舞台で叩き潰してみせるわ……!」

「この方は良いのですか。お嬢様」

「当たり前でしょッ! あのセルヒオ・トラショーラスの娘だなんて、反則も良いところじゃないっ! こっちは知名度のある有名アスリートなんて一人もいないのよ!?」


 だいたい分かって来た。

 偶に他の競技で『美人過ぎる〇〇』みたいな扱いを受ける選手がメディアに取り上げられるから、エカチェリーナはその枠を狙っていたんだ。


 フットサル=エカチェリーナ=カザフスタンという固定観念を日本国民に植え付け、その人気と知名度を利用し企業へ貢献するつもりだった。


 ところが、サッカーとの兼業を続ける栗宮胡桃。そして大会が始まってから急激に知名度を伸ばしたシルヴィアが、その足枷になっていると……逆恨みだ。そりゃもう綺麗な逆恨みだ……。



「まぁ良いわ……わたくしは清く美しい心の持ち主なの。外から圧力を掛けたりなんてことはしませんわ。正々堂々と勝負して差し上げます。明日わたくしは貴方たちを叩き潰し、この界隈のトップアイコンになるのよ……ッ!!」

「と、いうことです。ご理解ください」

「ちょっとマーガレット、貴女どうしてそんなに畏まっているのよ!? カザフスタンの敵なのよコイツらは!!」

「そうは仰いますが……」


 国家の敵て。

 言い掛かりでそんな大罪を押し付けるな。


 しかし付き人と言うだけあって、エカチェリーナはマーガレットのことを対等に扱っていない。

 にしてもこの温度差はなんだろう。単に彼女の性格と言動を諦めているだけなのか。



「それと廣瀬陽翔ッ! ネット記事の写真を見ましたわよ! その汚らわしい手で彼女たちの可愛らしい腕を掴んで、失礼だと思わないの!?」

「……はっ?」

「もし明日の三位決定戦、わたくしたちが勝ったら……貴方とこの女を除く、山嵜の全選手を市原臨海へ移籍させなさいっ! あっ、あと9番と4番もいらないわ! わたくしより背が大きいから! 良いこと!? これは決定事項よ!!」



 はい?



「なにも無い国、とは仰いますが、お嬢様は日本を気に入っておられます。特に十代を中心とした、日本特有のアイドル文化へ強い関心を持たれています」

「……だから?」

「中でも小柄で可愛らしい女性を好まれます」

「……それで?」

「お嬢様はレズビアンなのです」


 理由になってねえ。


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