1066. 腑抜け揃いの負け犬
豪勢なビュッフェを楽しむのも程々に、峯岸の部屋に集まって反省回が始まる。話し合いは深夜まで及んだ。
聖来がベンチから撮ってくれた映像を振り返りながら、主に守備の問題点について振り返る。が、やがて全員が気付いた。意味が無いと。
「パスワークで崩されたシーンはほとんど無いのよね……全部77番と、栗宮胡桃の個人技からやられてるわ」
「いや、正確には……個人技で勝負される場面まで持ち込まれたのが、すべての原因や。しかもこっちは前掛かりになっていた場面がほとんど」
「じゃあ次に戦うときは……?」
「ああ。割り切ってブロックを作れば、失点は間違いなく減らせる。チャンスの数も変わらへん筈や。こっちも大半はカウンターで刺しとるしな」
同調してくれたことが嬉しいのか、愛莉も安心した様子で深々と頷く。
組織に穴があったわけでも、誰か一人に大きな責任があるわけでもない。改めて大枠で振り返ってみると、当時は気付けなかった点も浮き彫りになって来る。
まったく戦えなかったなんてことは無く、むしろ互角以上に渡り合えた時間帯の方が多いくらいだ。ハイライトの観戦に乗り気でなかった面々も、この指摘を受け大いに元気を取り戻した。
今日まで取り組んで来たモノが決して間違っていないと、みんな自信を持てたのだ。明日に引き摺ることも無いだろう。
そう。ただ、明日。これはこれで問題。
生きるか死ぬの勝負が待っている。
「枠の多い関東予選で助かったな……一度敗れたとはいえ、予選最多の校数が参加するこのブロックで三位なら、十分自信を持って良い」
自前のタブレットにトーナメント表を映し出し、峯岸は静かに語る。準決勝で敗れた同士が戦い、残るひと枠を争う最後の戦い。三位決定戦。
厳密に言えば、ここで敗れても『全国プレーオフ』なる敗者復活戦があり、各地域から集まった八校のトーナメントを勝ち進めば切符は手に入る。が、このプレーオフ。日程が凄まじい。
なんせ計三試合を二日間で行うそうだ。しかも明日の三位決定戦から一日しか空いていない。極めつけは会場。まさかの福岡である。遠過ぎ。
「関東より北めっちゃ不利じゃないっスか!?」
「仕方ないさね。元々決まっていたことだ」
「わっは~……いくらなんでも、流石に強行軍すぎてヤバイっスねえ……」
慧ちゃんも冷や汗を垂らす。というわけで、プレーオフは出来るだけ避けたい。
ただでさえ今日の一戦でみんな疲労困憊。敗戦のショックも完全に癒えたわけではないし、あまりにも苦しい戦いを強いられてしまう。
三位決定戦の勝利は絶対条件。
そして肝心の対戦相手だが。
「実際どんなモンなんすかね? 市原臨海」
「傾向としては東雲学園とよく似たチームだ。エースはこの女……市川なら知ってるだろう? インフルエンサー気取ってんだから」
「気取ってません事実ですッ!? あー、 いやまぁ、そりゃ知名度は敵わないですけどぉ~……!」
準々決勝のハイライトが流される。
殊勝の2ゴールを挙げたのが彼女。
エカチェリーナ・アリエフ。
通称カーチャ。二年女子。
あまり詳しくないが、少し前に『美人過ぎるサッカー選手』としてニュースに取り上げられ、一躍全国区になった選手。アジアのどこかから留学していると聞いた。
確かにお綺麗なご尊顔。透き通ったシルバーの長髪をポニーテールで纏め靡かせる様は、実にスター性で溢れている。
これほど有名であるにも関わらず部内で話題に挙がったことが無かったのは、単に関わりが無かったから。そもそもサッカー畑であり、フットサルの大会に出て来るとは当初予想されていなかった。
というか市原臨海高校、フットサル部が無い。つまりこの混合大会に照準を合わせ、即席チームを組んで来たということ。
「ゴレイロは男子。小谷松調べによると、冬の高校選手権に出ていたサッカー部でもバリバリのレギュラーだ。手強いぞ」
「でもなんか、太いね」
少し眠そうに目を擦る瑞希。
みんな敢えて言わなかったのに。
一見隙のありそうな選手だが、横幅の広いゴレイロを中心に堅い守備網を敷きエースのエカチェリーナにボールを集める、抜け目ないカウンター型のチームというわけか。
準決勝では弘毅と白石姉妹率いる川崎英稜に敗れたのだが、得点を奪ったのはこのゴレイロがプレータイム制限で出場していない間。と言うか、彼が出ている時間帯は一点も取られていない。
山嵜の攻撃力を持ってすれば、決して攻略不可能な相手ではないだろうが……一筋縄ではいかなさそうだ。なるべく早い時間に先制点を挙げ、優位にゲームを進めるのが理想的だろう。
「んっ。時間も時間だな。対策はこれくらいにして、風呂でも入って来い。つうか私が行きたい。はい解散」
適当に切り上げられ、研究会はお開きとなる。
気付けば日付が変わってしまいそうだ。三位決定戦は午前のキックオフだし、早めに寝て準備しないとな。町田南のことは暫く忘れ、打倒・市原臨海へ全力を注がなければ。
……ホンマに、さっさと忘れたいんやけどな。
未だにこびり付いてやがる。
さっさとどっか行け、宇宙人め。
ホテルには大浴場があり、せっかくの機会と恩恵に肖ることとする。
女風呂がすぐ隣で、主にノノと文香の騒がしい声が丸聞こえだった。元気な奴らだ。ある意味では頼もしいところだが。
風呂から出ると峯岸が周知が入っていた。今日はもうおしまい、さっさと寝ろ。とのことだ。
映像ばっかり見ていても仕方ないしな。今は可能な限り、身体を休めることに集中した方が良い。
スマホをしまい通路を進む。
すると、一足先に女風呂から出て来たガウン姿のシルヴィアと遭遇した。珍しく浮かない顔だ。
『なんや、まだ引き摺っとるのか? みんな楽しんどるし気にせんでもええやん』
『それは良いんだけどね……』
何やら話したそうな雰囲気だったので、自販機で飲み物を買いベンチで話を聞いてみる。
どうやら今日の試合に限らず、少々引っ掛かるところがあるそうで。
『活躍出来てない? そうか?』
『だってわたし、まだ三点しか決めてないのよ? それも予選のなかで、比較的イージーだった二試合だけ……足を引っ張っているんじゃないかって、どうしても思っちゃって』
『んなこと無いと思うけどな』
特に決勝トーナメントに入ってから、今一つ存在感を発揮出来ず思い悩んでいるらしい。まぁ確かに、中々スコアが着いて来ない部分もあるっちゃあるが、あくまで結果だけ見ればの話。
常にポジティブなマインドで勝負を仕掛けてくれるシルヴィアのプレーは、間違いなく山嵜の大きな武器となっている。
失点に繋がるミスもあったが、それは彼女の責任でなくチームマネジメントの問題だ。
『今日だって、もっと貴方やファーストセットを助けることも出来たのに……自分でも分かってるわ。どこかで委縮していたって』
『みんな同じや。俺もどこかで、苦しい展開になっても仕方ないって、ネガティブな気持ちは少なからずあった。シルヴィアが悪いんじゃない』
『でもっ、もっと出来るって思ってた……』
ううむ……想像以上に思い詰めている。
いやでも、本当に十分よくやっていると思うけどな。或いはチェコの娘という周囲の期待も、不要な重しになっているのかも。
『ならシルヴィア。明日はお前のゴールで、山嵜を全国へ導いてくれよ。俺が期待しとるのはチェコの遺伝子を受け継いだ娘やなくて、今ここにいるシルヴィアなんやからな。なっ?』
『……うん、ありがと。ごめんなさい、大事な試合の前にこんな話しちゃって』
『ええって、気にすんな。それに明日の試合が終わったら、本大会まで二週間は空くし……気晴らしにどっか出掛けるか?』
『良いのっ?』
『ちょうどデートの続きをしたかったところや。まっ、アレの続きはもうちょっと我慢やけどな。禁止令出とるし』
『その話アイリから聞いたけど、流石にそこまで監視し合うってどうなの……?』
『俺に聞くな。比奈に言え』
余計なオチが付いてしまったが、一先ず元気は取り戻してくれたようだ。
明日の今頃はきっと『わたしがホテルを取ったおかげねっ!』とドヤ顔でみんなに自慢するいつもの彼女に戻っているだろう。
さて。そろそろ部屋に戻って寝るとするか。
ええと、フロアに戻る道は……。
「あらっ、本当に泊まっていたのね! 腑抜け揃いの負け犬には相応しくない場所ではないこと?」
その時。
俺たち二人の前に、誰かが立ち塞がった。
馬鹿に挑発的なコメントと共に。
「お嬢様。夜も遅いので、あまり大きな声は」
「なあにマーガレット! お付きの分際でわたくしに意見するつもり?」
「一般常識を説いています」
「固いわねえ。まっ、見てなさい。わたくしが勝者の振る舞いというものを教えてあげるわっ! 勝負はもう始まって……いえ、既に決着は着いているのよ! 見なさいこの不細工な面を! わたくしに恐れを為している証拠ね!」
艶やかなロングシルバーの髪の毛を振り払い、高らかに微笑む。
後ろに控えるジャージ姿の小柄な少女はため息を溢し、鉄仮面のまま申し訳なさそうに頭を下げた。
間違っても知り合いではない。
が、ついさっき見た顔。
エカチェリーナ・アリエフ。
市原臨海の絶対的エース……!
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