Who is the ’Chosen One’? 『統治せよ支配せよ』
1065. ムリしないで
それからの記憶は、少し曖昧だった。
泣きじゃくる愛莉とミクルを引き起こし整列して。確か、ジュリーと一言二言話したと思う。必ず全国でリベンジすると、だいたいそんなことを言ったような気はする。
静まり返るスタンドに挨拶をして、サッカー部やファビアンら子どもたちの声援と拍手を背に、ロッカールームへ引き下がって。気付いたら着替えと荷物の整理を済ませていた。
「はーくん。センセー話すって」
「……ん。あぁ」
意気消沈する俺の肩を、文香が優しく叩く。
皆の心配そうな視線が一身に集まっていた。
涙も枯れ尽くしてしまったのか、揃って目元は真っ赤に腫れている。いけない、俺がこんな調子でどうする。まだ大会は終わっていないんだ……。
「……強かったな。想像以上だった。だが、気を落とす必要は無い。最後に3点差が付いたのはパワープレーへ移ったからであって……」
「違う」
「……廣瀬?」
戸惑う峯岸を尻目に、深呼吸。特別言いたいことがあったわけではない。それでも、喋らずにはいられなかった。
「俺一人のせいだなんて、無責任なことは言わねえ。でも……俺は最後に、呑まれちまった」
「……呑まれた?」
「栗宮の放つ、こう、よく分かんねえけど……俺に足りない何かを突き付けられたような、そんな気がした。ジュリーを二度もフリーにしたのは、それが原因や」
不明瞭な物言いに、愛莉は不安そうに首を傾げた。俺もまだ、心の整理が着いていない。言語化は極めて難しい。
ただ、ここでハッキリと言っておかないと。俺はまた、同じ過ちを繰り返す。確信にこそ至らないが、そんな予感があった。
「でも、違うんだよ。足りないんやない。必要無いねんそもそも。俺はアイツと、同じ土俵に立っちゃいけないって……そうも思うねん」
「ハル。落ち着いて」
「町田南、栗宮が目指している場所やその動機は、俺たちと似て非なるモノ。それだけは勘違いしちゃいけないって……なのに、そうしないと勝てない気がして、オレ、自分が自分じゃなくなるみたいで、怖くって……ッ!」
「いいよ。もう。ムリしないで」
声を震わせ必死に言葉を紡ぐ俺を、瑞希は後ろから優しく抱き締めてくれた。そして代わりに、皆へこう投げ掛ける。
「あたしもなんとなくだけど、思ってた。同じ試合してるのに、なんか噛み合わないって。てゆーか町田南って、メチャクチャ強いじゃん? わざわざ混合の大会に出なくたって、そんなのみんな知ってる」
「……瑞希、どういうこと?」
「長瀬。あたしたちとは違うんだよ。この試合に懸けるなんかが。それが分かったらクローしないけどさっ……」
続けて琴音も立ち上がり、このように語る。
「しかしいずれにせよ、私たちは同じコートで戦わなければいけません。一方が勝ちもう一方は敗れる……それだけは、避けては通れません」
「琴音ちゃん……」
「なら勝つしかありません。今日は負けてしまいましたが……次があります。今度は全国で……っ」
幾度となく強烈なシュートに晒された小さな手は、痛々しいテーピングでいっぱいになっていた。だが琴音は拳を握り、力強く決意を露わにする。
「……そうだね。何が正しいかなんてわからないけど、でも、わたしたちにはわたしたちの、信じて来たモノがある。それを証明するには、やっぱり勝たなきゃいけないから……だから、陽翔くん。大丈夫だよっ!」
健気に相槌を打つ比奈。彼女だけではない。みんなそれぞれ、山嵜と町田南の間にある、決定的な何かを。違いを機敏に感じ取っていた。
その正体が何なのか、まだふんわりしている。けれど、それは決して『正解』では無い筈だ。全国の舞台が終わるまで、誰にも分からない。
いや、一つとして正しい答えなど、はじめから無いのだと思う。ただこの大会にはおいては、勝敗という明確な根拠を持って、それが定められる。
ならやることは一つ。
俺たちにしか出せない答えを探し、それが正しいと証明するために……その瞬間まで走り続けるだけだ。立ち止まっている暇は無い。
「ハルト、切り替えましょう。どうせアイツら、全国も決勝まで行くんだから……そしたら決勝で、今度は私たちが勝つのよ!」
「……おうっ」
最後は愛莉が締め、俺も幾らか元気を取り戻した。敗れたのは勿論悔しいし、受け入れ難い。でもたった一度の敗北だ。それがフットサルであり、スポーツというものなのだから。
ロッカールームに明るさが戻って来た。この調子ならきっと、引き摺らずに明日へ挑める筈だ。さて、そうなると次の対戦相手は……。
「市原臨海やったな」
「うむ。ハッキリ言うが、町田南と比べれば一段、いや二段は落ちる。西ヶ丘にも劣るだろう。くじ運でここまで来たようなものだ。川崎英稜にも負けているからな。勝機は十分にある」
発破を掛けるつもりか、峯岸も楽観的に語る。
市原臨海……詳しくないが、確か外国人の女性エースがいるんだったな。大会前に克真も注目校として上げていた。
男子のサッカー部は全国クラスだが、フットサル部門では目立った実績が無い。恐らくその女性エースが奮闘し、ここまで勝ち上がって来たのだろう。
まだ分析も進んでいないし、今日はさっさと帰って反省回、そして対策を練るとするか。やることは山積みだ。
「うしっ! じゃ、荷物纏めて学校戻るか。あぁ、疲れてる奴はこのまま直帰でも構わんぞ。痛めた奴は保科んとこにでも……」
「Verás……センセー?」
すると、シルヴィアが恐縮げに手を挙げる。何やら随分と気まずそうな顔をしているが、はて。
「ホテル、トッタ」
「あ?」
「シュクショーカイ、ヤリタクテ……」
なんて?
* * * *
『いやまぁ、有難いけどよ』
『ううっ、ごめんなさい……』
会場から徒歩二十分ほどのビジネスホテル。すぐ目の前には野球場があり、ユニフォーム姿のファンが何人も歩いていた。
これからナイターの試合があるそうだ。微妙なリアクションのまま歩いて来た我らがジャージ集団とはちっとも相容れない。
どうやらシルヴィア。全国出場決定を盛大に祝いたかったらしく、チョコこと父セルヒオ氏の手を借り、ホテルを予約してしまったそうだ。確かここ、結構良い値段するぞ。凄いな。
「まー明日も同じ会場ですし、朝から電車乗って移動しないで済むんですから、大目に見ましょうよ。ねっ、センパイ?」
「それはその通りやけど……はぁ。チェコにどんな顔して会えばええんや……」
贅沢出来るなら甘えときましょう、と早々に切り替えたノノはともかくとして、俺の今後が心配だ。ただでさえ朝帰り現場で遭遇して以降、ロクに連絡取ってないのに……。
……まぁでも、キャンセルしたらしたで逆に心証悪いよな。それにシルヴィアだって、善意でここまでやってくれたわけだ。無碍にしたくはない。
気後れしていたみんなも、セレブ感溢れるフロントにすっかり心を奪われ、敗戦のショックも余所に部屋取りじゃんけんを始めてしまった。まったく暢気な連中だ。頼もしいったら無いよ。
「しゃあな。ご褒美の前借りってことで、シルヴィアに免じて納得しておくか……琴音、俺の部屋は?」
「……どうぞ。鍵です」
「良かったな。頭シャキッとして」
「比奈が参加しろと言うので……っ」
俺と同部屋を望んでいた面子が頭を抱えていた。峯岸にチョップを喰らったらしい。ホンマ逞しいなお前ら。
という具合で、女子は二人一部屋。俺と峯岸には個室が与えられた。
流石に今日は弁えて欲しいところだ。誰かしら抱き枕にしたいところではあるが、我慢我慢。
「えーっと、205、205……」
フロアへ移動し自分の部屋を探す。道中、自分と同じくらいの若い男女とすれ違った。アレか。ナイターを観にビジターチームのファンが遠征しに来ているのだろうか。球場の真ん前だしな。
「
「はっ?」
背後から聞き慣れない言語。
振り返ったが、そこには誰もいない。
……空耳か?
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