1064. もっと大切なモノ
緊迫したタイスコアから一転、あまりに呆気ない追加点。
後が無い山嵜はミクルがビブスを纏い、今大会初のパワープレーへ移行。最後尾の真琴と頻りにポジションを入れ替え組み立てを図る。
だが兵藤を中心とした守りは強固。ゴール前には欠片のスペースも無い。
限られたエリアからの無理な攻略に終始し、放ったシュートはすべて枠を逸れて行った。
「……どうしてこうなったと思う?」
「さあね。勝負は時の運。一方が好機を逃せば、もう一方にも同じだけ転がって来る。チャンスを掴んだのが町田南だった。そーいうことじゃない」
まだ十分に残っていたカップの飲料を手早く片付け、堀は席を立った。後ろ髪を引かれつつ、藤村も彼の後に続く。
「明日どうする? 三決」
「ねー。流石に土日どっちもサボるのは監督に殺されるかも。まー、勝つんじゃない? あんなチームがあちこちにいたら堪んないっしょ」
「……なんか、急に冷めたな。省吾」
「んなこと無いって……違うよ、全然違う。これでも満足しているんだ。アニキのあんなプレーを見たかったんだから。大満足さ」
「ならその達観した顔はなんだよ」
強引に縦へ仕掛けたミクルがシュートを放つが、横村にキャッチされる。無人となったゴールへパントキック。
真琴が必死に追い縋るも、来栖に繋がってしまい万事休す。流し込まれ、ささやかな歓声と拍手がスタンドに充満した。6-9。
残り20秒。せめて一点だけでもと、愛莉と瑞希を投入し最後の攻勢。しかし、敵陣でパスを回すだけで、それ以上は進めない。
「見たくないんだよ。町田南は強い。強いけど……でも、僕は認めたくない。僕たちが目指すべき強さは、アレじゃない」
「……省吾?」
「今年の夏、町田南と栗宮胡桃の名前は全国へ轟く。間違いなくね……だからこそアニキに。山嵜に勝って欲しかった。それだけだよ。僕はただ、肯定して欲しかったんだ……それが全国の舞台で叶うことを、願うしか無いね」
曖昧な物言いに終始する堀の後ろ姿を、藤村は黙って追い掛けるしかなかった。試合終了を告げるブザーが、彼らの背中を後押ししている。
熱狂で埋め尽くされていたスタンドに、少しずつ空席が目立ち始めていた。まるで彼らの心にポッカリと空いた穴、そのままのように。
【準決勝:試合終了】
廣瀬陽翔×2 栗宮胡桃×2
長瀬愛莉 ジュリアーノ・カトウ×2
金澤瑞希 砂川明海×2
世良文香 来栖まゆ×2
栗宮未来(PK) 鳥居塚仁
【山嵜高校(神奈川)6-9町田南高校(東京)】
(あっ……危なかったぁぁ~~……!!)
真琴が遠方から放った最後のシュートが外れ、アリーナは悲喜こもごもの歓声と拍手に包まれた。
町田南のゴレイロ、横村佳菜子はまるで敗れた山嵜の選手みたいに、膝からガックリと崩れ落ちる。
苦戦は予想の範疇。
しかし、ここまでの撃ち合いになるとは。
今大会無失点を継続して来た佳菜子は、試合後にロッカールームで落とされるであろう相模の雷を脳裏に予感し、涙目でテーピングを外した。
(でもっ、監督もギャンブルし過ぎですから!? トリ先輩をあんなに引っ張って、最後はシンタロー先輩と重光先輩の二人で守らせるなんてリスキーにも程が……あっ)
なけなしの反論を心中に認めていると、コートに突っ伏したまま泣き崩れる愛莉が目に留まった。
陽翔と瑞希が傍へ歩み寄り、無理やり身体を起こしている。優しく愛莉の頭を撫でる彼の姿に、佳菜子は目を細める。
(可哀そうに……三位決定戦が残っているとは言え、残酷な結末です。せめて決勝で当たっていれば、傷も浅くて済んだでしょうに……うぅっ、辛すぎて見てられません……っ!)
同情を寄せているようだが、自分たちが負けたら……という発想には欠片も至らない彼女である。
無論、それは勝ち慣れた王者の奢りでない。同じジュニアユースの出身である佳菜子にとって、単にいつも通りの光景というだけ。
手を貸したとも、力になったとも思っていない。彼女の後に続くということは、すなわち勝利が約束されているも同然だからだ。
「なにをボサッとしている」
「あっ……すっ、すいません! 整列します!」
ベンチからテクテクと歩いて来た胡桃は、今日だけで解れが幾つも増えた佳菜子のテーピングをジッと睨み、不満げに目を逸らす。
完璧主義者である彼女ことだ。自身のゴールなど欠片も興味は無く、トータル6失点を喫した守備陣への怒りの方が強いのだろう。
(凄いなあ……あの廣瀬陽翔まで出し抜いて、もっと喜んで良い筈なのに。ちっとも顔色が変わらない……流石は先輩)
中学時代より培われた圧倒的な上下関係が祟り、この手のごますりや美辞麗句は佳菜子の十八番である。不機嫌な胡桃を宥めるのは彼女の仕事だ。
いつもなら、躊躇いなく思ったままの言葉を慌ただしく口にしていた。ところが佳菜子は、不思議とソレを思い留まる。
(……勝っちゃった、なあ)
試合を最後尾から見守るゴレイロの特性だ。ゲームの展開やコートを巡る空気には人一倍敏感な佳菜子。
それ故、この試合には腑に落ちない部分が幾つかある。それは胡桃をはじめ、町田南の選手。そして恐らく、指揮官の相模でさえ気付いていないモノ。
客観的に見れば、町田南の貫禄勝ちと言えるゲームだった。
不条理な展開から3つのゴールを許し、逆転されたまま突入したハーフタイム。
空気は悪かったが、相模の的確かつ情熱的な指導によって、見事に蘇った。
ジュリーの加入以降、今一つプレーに伸びが無かった明海やまゆがキレを取り戻し、チームも一つに纏まっている。
手放しで勝利を喜んでいる彼女らや、珍しく笑顔を見せる鳥居塚の姿が何よりの証拠と言えよう。
しかし、それでも。
たった一つの懸念が拭えない。
「ん~~~~……順調すぎる……」
佳菜子自身、その明確な答えまでは見えていない。ただ、どうしても思う。この試合、本当に勝って良かったのか。
如何せん、町田南は常勝である。
女子サッカー部から転籍して以来、佳菜子はこのチームでたった一度も負けたことが無かった。混合チームから結成されてからは、守備の機会さえほとんど無いほど。
自分たちが初めて土を付けられる相手は、山嵜を置いて他に無いと考えていた。
町田南とは対極に位置するチームが、自分たちに無いモノを教えてくれるのでないか。試合中、彼女はそんなことさえ思っていて。
(いや、負けないに越したことは無いんですけどね? こう、なんて言うか……って、私は誰に言い訳をしているんでしょう……)
心配性でネガティブ思考なところは、常勝チームの門番を任せれようとそう簡単には変わらない。
だが、果たしてこれを『必要無いモノ』と一笑に付し切り捨てるべきか。佳菜子は悩んでいた。
(栗宮先輩……)
史上最高の女子フットボーラー。どこまでも頼り甲斐のある存在だ。一方で佳菜子は知っていた。
彼女もまた、無数の敗北と屍の上に立つ勝者であること。良くも悪くも、勝利に囚われ過ぎた存在であることを。
今日の勝利は、町田南が目指すべき道と未来を決定付けるものとなった。
だからこそ佳菜子は、今一度チームへ。指揮官へ。そして何より、彼女へ問いたい。
大事な試合に勝った。
討つべきライバルを倒した。
でもその為に自分たちは、何かもっと大切なモノを犠牲にしてしまったのではないか。
目には見えない危うさの上に、私たちは立っているのではないだろうか。言語化出来ない漠然とした不安が、佳菜子の心のなかで渦巻いていた。
「……また会えますよね。山嵜さん。リベンジしに、来てくれますよね?」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、佳菜子は呟く。主審が整列を促している。
喧騒の飛び交うコートをひた進む彼女の表情は、一向に冴えないままだった。
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