1060. ここが分かれ目
「あぁ~もう! せっかく同点だったのに!」
「……いや、分かりません。流れはまだ山嵜にある筈です……ッ!」
陽翔の2ゴールも束の間、またもや勝ち越しを許した山嵜。しょぼくれる生徒会役員、奥野をはじめ落胆に包まれるアウェースタンドだったが。
一度は消え掛けていた闘志が、再び芽吹いている。彼は気付いていた。克真は柵へ乗り出し声を張り上げる。
「真琴ッ、気落ちしてる暇無いよ! 守備の借りはオフェンスで返すんだ! それもフィクソの仕事だろ!」
熱い問い掛けに応えるよう一瞥。
再開のホイッスル、敵陣へ果敢に持ち上がる。
瑞希とのコンビネーションこそ失敗するも、キックインから逆サイドへ大きく展開。受け取った陽翔はトラップから一閃、瞬く間に左脚を振り抜いた。
「あぁっ! 惜しい!」
もはや数えるのも億劫になった、横村佳菜子のファインセーブ。スタンドからは橘田の悲鳴が響き渡る。
零れ球は鳥居塚がクリア。
ミクルが素早くリスタートし、敵陣へ押し込んでのポゼッションが始まった。
「大丈夫、勢いは途切れていない……! オープンな展開に持ち込んだのはこっちですから」
「……どういうこと?」
「真琴のポジショニングが分かりますか? 敵陣にギリギリ入ってますよね。あんなに高い位置、前半は取れなかった」
サイドに瑞希とミクル。中央に陽翔。目まぐるしく動き回り、供給役の真琴からパスを引き出している。半ばパワープレーのような構図。
これにはさしもの栗宮胡桃も守勢に回らざるを得ず、ミクルにぴったりマークしている。ジュリーも同様で、瑞希の動き出しに苦心していた。
「これですっ。廣瀬先輩が前に出たことで、中盤の構成力は失われても……一発通ればゴールになる状況を作ったんです」
「でもそれって、奪われたら……?」
すっかり自分事のように心配する橘田へ、克真は自信に満ちた瞳で頷いた。
「勿論カウンターを喰らいます。でも簡単には奪えない。先輩が決めた二つのゴール、これが町田南の重心を下げている」
「重心?」
「一本でも通れば決められる、そのマイナスな思考が町田南を釘づけにしているんです。これから五分間、ボディーブローのように効いて来る筈ですよ……!」
元よりパスワークには絶対の自信を持つ山嵜。それを遺憾なく発揮するに、町田南の守備強度を可能な限り落とす必要がある。
結果論ではあるが、ボールが陣地を行き来するオープンな展開になったことで、両者の決定力、延いてはフィニッシャーの質が浮き彫りになった。
「ここもですっ!」
「栗宮さんだ!」
右サイドからの鋭利なカットイン。
陽翔のワンタッチからダイレクトで振り抜く。
枠を捉えた一撃は鳥居塚の腹部へ着弾。衝撃で唾を飛ばした彼と似たような悲鳴が、頭を抱える谷口を筆頭に飛び交った。
混戦の末、山嵜のコーナーキック。
克真は更なる手応えを掴む。
「オープンな展開のなかで、より多く点を取ったのは山嵜……町田南の選手は感じている筈です。こっちのペースに付き合ったら、チャンスを作り出す回数も、決め切る確率も山嵜の方が高い……!」
「だから、前に出れない?」
「引かざるを得ないんです。廣瀬先輩に撃たれるのが怖いんですよ……! でもそれは、カウンターへの反発力を失うことにもなる。押し込めます、ここが分かれ目です!」
興奮から立ちっぱなしの克真は、息を整えるため一旦席に座る。すると、山嵜ベンチが慌ただしく動いているのが目に入った。
「長瀬先輩……!」
「ここで倉畑ちゃんか……」
「三年組だね。徹底してボールを握るつもりだろーけど……妹ちゃんが下がって、カウンターへの備えがどーなるか」
武臣、哲哉は口々に語る。この試合は今一つ存在感の無い愛莉と、強度の高さ故ゲームに入り切れていない比奈。不安も募るところだが……。
「長瀬さん、頑張って……!」
両手を握って祈りを捧げる橘田。
そんな彼女を横目に、克真はハーフタイムに語った展望の行く末を案じる。
(ミクルに真琴、シルヴィア先輩、ノノ先輩も。金澤先輩も……でも、このゲームに風穴を開ける矢があるとしたら、それは貴方の筈です……ッ!)
【in/out 長瀬真琴→長瀬愛莉
栗宮未来→倉畑比奈】
「遅せえよアホ、待ち草臥れたわ!」
「……悪かったわね!」
後半は7分と少し。
ようやく愛莉がコートへ現れた。
少し緊張しているのか、表情は強張ったまま。だが先のタイムアウト時と比べれば、だいぶマシになった。これ以上言う必要も無いだろう。
「瑞希、キッカー頼む」
「あぇっ? あたし?」
「だいたい分かんだろ! やれ!」
「……なーるほどねっ!」
ボールをセットしエリア内の喧騒へ。すれ違いざま、頼りがいのあるニヒルな笑みが横切って行った。察してくれたようだ。
さてコーナーキック。通常なら俺がキッカーで、愛莉をファーに張らせボレーを狙うか、後方の比奈に戻して組み立て直し。
ここに来て変化を加えたことで、町田南ファイブも口数が増える。マークの受け渡し、ブロッカーの確認で大忙しだ。
「引き締めろ横村! 来るぞ!」
「分かってますよぉぉ~~! あと何回止めれば良いんですかぁぁ~~っ!?」
再三のピンチにすっかり涙目の横村。怒号を飛ばす相模も、この局面の重要さは重々承知の筈。故に神経質にもなる。
「撃たせやしないぞ……!」
エリア内でポジションの奪い合い。珍しく鳥居塚も余計な口を開き、少しでも集中を削ごうと躍起だ。自身の十八番でもあるわけで、その脅威と実効性は痛いほど染みているのだろう。
(ああ、普通に考えればな……)
俺と愛莉、どちらかがファーに開き、ミドルレンジからのダイレクトボレー。これを警戒している。そして、俺たちも狙っている。
前半何度かトライし、その多くは鳥居塚は横村にブロックされた。だからこそ意味があるのだ。
「再開しますッ! 四、三、二……」
主審が指を折りカウントダウン。四秒以内に蹴らなければファール。相手ボールになってしまう。だが瑞希はまだ動かない。
「瑞希ッ、俺や!」
「こっちよ瑞希!!」
「ファールだヨファール!!」
「邪魔だ……!」
カウントの間も再三動き直し。ユニフォームを引っ張られたと訴えるジュリーに細目で凄む鳥居塚。エリア内は実に慌ただしい。
一瞬だ。一瞬で決まる。
目を凝らせ。イメージを共有しろ。
コートに立つ五人だけじゃない。
山嵜フットサル部、スタンドのみんな。
想いを集結させ、この瞬間に込めるんだ――!
「――――ひーにゃん!」
「任せてっ!」
「ううぉっと!?」
カウントゼロ、コンマ直前。
瑞希が選んだのは、比奈へのバックパス。
ラインを沿うようボールが走っていく。
「ははぁぁ~ん! ビビったわねアイツ!!」
ベンチの来栖から暢気な声が聞こえて来る。中央を固められ、ファーからのボレーも可能性が低いと踏んだ、ネガティブな選択に映ったのだろう。
本当にそう思うか?
「寄越せ比奈ァァ!!」
「陽翔くんッ!!」
一閃、アーリークロス。
ダイレクトで巻き上げる。
守備の先鋒を担っていた砂川は、これに反応し切れない。俺と愛莉、二人掛かりでパスを呼び込んだからだ。少なからず意識はゴール前へ向いていた。
バックパスと同時にジュリーを押し退け、エリアの外へ後退。左サイド、ライン寄りで立ち止まる。
誰が直接、コーナーから狙うと言った。
これも立派なボレーだよ!!
「寄せろジュリーッ!!」
相模の鋭い咆哮。ようやく事態を察したジュリーは大慌てで距離を詰める。だが遅い。すぐクロスが上がらないで、露骨に安心したな。
逃すものか。
僅かな隙も、限られたコースさえも。
必ず通す。通してみせる。
それが俺、廣瀬陽翔というプレーヤー。
この狂乱の宴を制する、たった一つの証明だ。
「――――愛莉ッッ!!!!」
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