1059. 乗ってやる
分け目も降らぬ大胆な攻め上がり。
このゲームへ懸ける決意、勝利への執念がそのまま現れたようだ。
これが大いに効いた。ミドルシュートを警戒したか、兵藤と13番が一歩引いたのだ。スペースが生まれている。
砂川の後追いを弾き飛ばし、斜め左へ前進。振り被った左脚はフェイク、足裏でちょこんとバックパス。フォローに入ったのはノノ。
「リベンジですッ、シルヴィアちゃん!!」
急転直下のサイドチェンジ。
コートを横断するグラウンダーの鋭いパスが、シルヴィアの足元へズバリ。
対峙する13番は重心がゴール方向へ傾いており、すぐには反応出来ない。右斜め四十五度、決定機!
「ハイヤァァァァ!!」
「っと……!」
ファーを狙ったコントロールショット。一度は兵藤のブロックに遭うも、セカンドボールは攻め残っていた真琴へ。13番との激しい競り合い。
目まぐるしい展開に翻弄され、13番は地に足が着いていない。その隙を見事に突いた。真琴の鋭い出足が、男女の体格差をも上回る。
「兄さんッ!!」
振り抜いた右脚が13番と交錯。
零れ球は俺の元へ。
ペナルティーエリア僅かに外。思えばこれほどの至近距離で自由を得たのは、今日初めてだったかもしれない。
すべてはリスクを捨てポジションを上げたおかげ。真琴の勇気ある持ち出しと、腹を括った皆の覚悟がもたらしたもの。
砂川の猛烈なチャージ相手にも、驚くほど冷静だった。足裏で一歩引き展開、これで振り抜くスペースを創り出す。
「飛び込むなッ!!」
ベンチの相模が血相を変え叫び散らすが、時すでに遅し。兵藤はブロックに入ってしまった。至近距離で撃たれるのを嫌ったのだろう。
バランスを崩した13番がまだ目の前にいたので、兵藤の分と合わせてコース自体は塞がっている。
だがこれは同時に、ゴレイロ横村の視界も奪う形になった。混戦の最中生まれた、一瞬の隙。
舞洲で何千何万と揺らして来たゴールが、脳裏を過ぎるようだった。
エゴの塊だったあの時の俺よ。
今だけで良い、力を貸してくれ。
その溢れんばかりの反骨心と、他の追随を許さぬ結果への執念。そして狂気が。
俺たちの未来に必要だ――。
「――――飼い慣らしたか」
足裏でひと舐め、ブロックを回避。
腰を強く捻り、左脚を振り切る。
対角線の弾丸ライナーが横村の肩口を擦り抜け、ゴールマウスを射抜いた。色味の無い彼女の呟きも、歓声で掻き消される。
【後半05分34秒 廣瀬陽翔
山嵜高校5-5町田南高校】
「よし、よしッ、ぃよぉぉぉぉーーし!! ナイス兄さん! マジ最高っ!!」
「まだやッ! 勝ち越すぞ!!」
零れて来たボールをすぐさま拾い、駆け寄る真琴らの背中を押し自陣へ撤収。再開を待つ。
考え得る限り最高の展開だが、この流れを切らしてはいけない。振り出しに戻っただけだ。勢いを持続させなければ。
(そう来なくっちゃな……!)
堪え兼ねた町田南もここで選手交代。兵藤と13番が下がり、鳥居塚、ジュリーを投入。
こちらも応戦。ノノとシルヴィアを下げ、瑞希とミクルが加わった。守備の強度はガン無視ってか。悪くないな。
「ミクル! 気張ってけよ!」
「フンッ。言われるまでもない……!」
構成は変わらず1-1-2。瑞希とミクルをサイドに張らせ、俺が中央で上下動。徹底した『個』で殴りに掛かるのなら、これが一番良い。
だがあくまでも盤面上のデータ。
なりふり構うな、どこからでも仕掛けろ。
そんな峯岸からのメッセージ。
「捕まえろ瑞希ッ!」
「あいあいよっと!」
ゲーム再開。
早速ジュリーに預け、サイドからの打開を窺う町田南。軽やかなステップとボール裁きにも、瑞希はしっかり着いていく。
俺と真琴でゴール前を固め、簡単にはシュートを狙えない。逆サイドの栗宮へ展開し一息。さあ、やってやれミクル!
「っ……」
「温いッ!!」
鋭いカットインにも丁寧に対応。縦パスこそ入れられるが、砂川を真琴と二人掛かりで潰す。よし、取り切った!
「瑞希先輩!」
「ハルっ!」
真琴の縦パスでスイッチオン。ダイレクトの落としが俺へ繋がり、ジュリーを置き去りにする。またもカウンター発動。邪魔だ、鳥居塚!
「クッ……!!」
「嗚呼ッ!! クソが!!」
抜き切る前に左脚を振る。グラウンダーのショットは鳥居塚の股下を抜けるが、横村の好セーブに遭う。今度は町田南のカウンター。
「Puta!
「Ha ha!
アイソレーション擬きで一気に仕掛けるジュリー。訳すにも憚れる汚いスラングを交え、瑞希も必死の応戦。
プレータイムに余裕のあるジュリーはまだまだ元気だ。リズミカルなステップとボディーフェイクで幾度となく翻弄。少しずつ瑞希の冷静さを奪う。
「なっ、なんじゃありゃあ……!?」
「踊ってるみたいっス……ッ」
一見大袈裟にも見えるこの大胆さこそジュリーの本懐。一つひとつのフェイクが鋭く、どれが本命か区別が付かない。
内海のドリブルが目にも止まらぬ抜刀なら、彼の場合はナイフを振り回しているようなもの。一つでも当てれば致命傷……!
「――そこダ!!」
「……っ!?」
恐ろしく速いエラシコ。
見事に逆を突かれ、瑞希は縦のスペースを開放してしまう。クソ、間に合うか……!?
「クルミ!」
中への折り返しを選択。間一髪シュートコースだけは塞ぐが、栗宮胡桃も馬鹿ではない。足裏でクルリと反転し距離を保つ。
軽やかな身のこなしに、スタンドからは今日何度目かのどよめき。守備時はコートに居ないも同然だが、一度ボールを持てば……。
「陽翔さんっ!」
「ッ!!」
右脚で持ち出しシュート、と見せ掛けてダブルタッチ。そこから足裏で止め、今度は反転。速い、速過ぎる! 俺でなきゃ見逃すところだ!
「目を切らすな眷属ッ!」
堪らずミクルもフォローへ入るが、華麗な脚裁きで追撃を躱しまくる。これだけ狭いスペースで、まったくボールを失う気配が無い。
狭いエリアでキープし続ければ、当然視界も狭まり周囲も見えなくなって来る。
だが栗宮胡桃には関係無い。抜きん出たテクニックと、絶対にロストしないという確固たる自信。
決してミスを恐れない不動のメンタリティーこそ、優れた技術以上に光る彼女の本質だ。クソ、これだけ自由に持たれたら……!
「アカン! 5番やはーくん!」
ミクルの猛追に遭いついぞコントロールミス、かと思ったら、フォローへ回った鳥居塚へのバックヒールだ。これも上手い!
「突っ込め真琴ォォ!!」
ハーフウェーラインをやや超えた、狙うには遠過ぎる距離。だが鳥居塚にとっては射程圏内。火の噴くようなパワーショットがゴールを襲う。
ミリ単位で制御された、地を這うライナー性の一発。凄まじいノビで俺の膝先、真琴の投げ出した身体の上を擦り抜けていく。しかし。
「琴音ちゃんっ!」
「流石ですっ琴音さん!」
キャッチこそ出来なかったが、飛び付いた琴音が胸で弾き返す。セカンドボールはタッチを割っ……いや、瑞希が回収した!
「ハル、ワンツー!」
「任せた!」
当てて出すシンプルな動きで右サイドを突破。やはり守備へのトランジションが不得意なジュリー、着いて来れない。
(これや、これを待っとった!)
前半とは打って変わったオープンな展開。
敢えて守備の強度を下げることで、町田南に自由を与える代わり……カウンターのキレを生み出す。
守備度外視、タイスコアのこの時間帯だからこそ生きて来る戦略だ。ここで仕留めれば、流れを完全にひっくり返せる!
「瑞希?!」
「ギャうッ!?」
ところが瑞希。対峙する鳥居塚を抜き去ろうとカットインを仕掛けたものの、巧みに阻まれてしまう。残っていた右脚に引っ掛かったのだ。
ホイッスルは鳴らない。流石はフットサルA代表、この状況でも逃げ腰にならずどっしりと構え、ピンチを摘み取ってみせた……!
「来るぞ妹ッ!!」
俺が潰しに掛かる前に展開された。
自陣にはまだ栗宮と砂川が残っている。
右サイドで受けた栗宮。ミクルと対峙するまでもなく、浮き球の難しいボールを右脚アウトでちょこん。敵ながら惚れ惚れするワンタッチ。
いち早く反応した砂川。
真琴の激しい寄せに遭うが……。
「――――ぉらああああ嗚呼ァァッッ!!」
「なっ!?」
背後からガッシリ捕まえていた筈が、それを弾き飛ばす。足裏を駆使し力技でターンを決めると、真琴は勢いのままなぎ倒された。
琴音の寄せも間に合わず、右脚は宙を舞う。
豪快な一撃が、ゴールネットを貫いた。
「ぃぃぃぃよっしゃああアアーーーーッッ!! どうだっ、見たかオラァァ!!」
剥き出しの八重歯を光らせ、ウルフカットを振り回しベンチへ飛び込んでいく砂川。ファールは無い。町田南、またも勝ち越し。
流れの悪さも関係無い。ずば抜けた決定力を、ここぞという場面で活かしてみせた。砂川明海も完全復活か。
(ハッ。簡単に勝てるとは思ってねえよ……ッ!)
気落ちするどころか、ますます闘志に火が付くようだった。面白い。一番目立った奴が一番強いってか。最高じゃねえか。
やっと楽しくなって来た。
お堅いゲームにはもううんざり。
頭の狂った奴らの、馬鹿みたいな意地の張り合い。上等だ。乗ってやる――!
【後半06分11秒 砂川明海
山嵜高校5-6町田南高校】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます